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 式神が戻ってきた。

 康親は胸の鼓動を抑えきれず、そっとその手を伸ばした。


 手の中には、見たことのない封筒。

 淡く光を帯びたような紙質。

 薄桃色に金の模様が流れ、触れると指先に柔らかく馴染む。


「なんと……このような上質な紙が、この世に……」


 平安の世では、ふみに使う紙ひとつにも意味があった。

 香を焚きしめ、色を染め、相手の身分や想いを映す。

 この封筒ほどの美しい紙――それは“まこと”の想いを伝えるときだけに使われる。


 康親は息をのんだ。

 封を切る前から、玉藻の本気が伝わってくる。

 ただのふみではない。

 本気のふみだ。


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 そして同時に、ほんの少しの恐れもあった。

 現代の玉藻は、どんな想いでこの文を書いたのだろうか。

 “恋”か“敬意”か、それとも――哀れみか。

 康親は封筒を手にしたまま、しばし息をするのを忘れた。

 指先が震える。胸が高鳴る。


 ――まるで恋文そのものが、命を持って脈打っているようだ。


 ゆっくりと封を切り、文を広げる。

 そこに並ぶのは、見慣れぬ文字。

 筆ではなく、何か機械で整えられたような、美しい印字。


 だが――内容はあまりにも生々しく、真っ直ぐで、眩しかった。


 手紙びっくりしました。まさか千年の時を越えて届くなんて。

 ちゃんと読んだよ。和歌って、めっちゃロマンチックですね。


 あの頃はいろいろあったけど、私は今、元気に高校生してます。

 サクラも一緒にいてくれるから安心してね。


 こっちの時代でも、また会えるといいな。

 その時は、ちゃんと目を見て話しましょう。


 追伸:次の手紙、LINEで送れたら最高なんですけど♡


 玉藻より


 康親は、文字を追うたびに心を撃ち抜かれるようだった。

 和歌ではない。比喩も隠喩もない。

 ただ素直に、心の奥の言葉が流れている。


「なんと……これは……」


 誰も書いたことのない文。

 飾りを捨て、心をそのまま差し出す――まさに天才の筆だ。


 康親は震える手で文を抱きしめた。


「この千年……この手紙ひとつで報われた……」


 静かな部屋の中、康親の胸は歓喜で満たされた。

 涙が頬を伝う。

 あの戦乱も、孤独も、玉藻を探し続けた年月も――

 すべて、この瞬間のためにあったのだと。


 康親は、玉藻からの手紙に同封されていた小さな紙を手に取った。

 そこには、見たことのない記号と文字が並んでいた。

「LINE」「ID」「QRコード」――。


「……これは何だ?」


 異国の呪符か、それとも新しい式神の符か?

 康親はしばし考え込み、やがて顔を上げた。


「そうだ。徳子なら知っておるかもしれぬ」


 神社の裏手。徳子は絵馬の整理をしていた。

 康親が例の紙を差し出すと、彼女は目を丸くした。


「これは“LINEライン”という現代の文通の術でございます!」


「文通の……術?」


「はい! 人々が手紙の代わりに“スマホ”という神器を使って交わすのです。

 離れた相手とも、瞬時に言葉を送れる。いわば“式神通信”のようなものです!」


 康親は目を見開いた。

「なんと……式神よりも速いというのか!?」


「はい、電波という力を使うのです!」

 徳子は得意げに胸を張る。


「電波……でん……は?」


 康親は感嘆の息をつき、うなずいた。

「さすが徳子よ。戦の時代を超え、封印を乗り越え、今や現代の知まで我がものにしておるとは……」


「恐縮です、康親様。ですが――」

 徳子は少し頬を赤らめた。

「もしその“LINE”で玉藻殿とやりとりをなされるなら、まずスマホを手に入れねばなりません」


「すまほ……?」


「はい、それが現代の神器です」


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