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 恋文の束を両腕に抱えて、玉藻は奥方のもとへ駆け込んだ。


「お、奥方様ぁ! あの、ちょっとご相談が……!」

「まあ、玉藻様。どうなさいました?」

「こ、これ……全部恋文なんですけど!どこの誰かも分からない人ばっかりで、返事どうしたらいいのか……!」


 奥方は山のような文を見て、しばし目を丸くした。

 やがて、くすりと微笑む。


「……やはり、噂は本当なのですね。玉藻様は皆の心を惹きつけてしまう」


 奥方は扇で口元を隠し、思案顔を見せる。

「返事をするかどうかは、あなた様のお心次第です。

 ですが……下手に無視すると、余計に恋心を募らせてしまいますよ」


「えっ、じゃあ余計ややこしくなるやつじゃん……」

「ふふ。ここは無難に、感謝とお礼だけを和歌にしたためるのがよろしいかと」


 奥方様は恋文の束を一枚ずつ取り上げ、上品に扇であおぎながら目を通した。


「まあ……この方、前にも私に恋文をよこしたことがございます。やれやれ、また同じ文。全く進歩がございませんわ」

「え、奥方様にもラブレター送ってたの!?浮気常習犯じゃん!」


 次の文を手にすると、扇の陰から小さく笑みをこぼす。

「こちらのお方は……女好きで有名ですの。なるほど、文も情熱的でございますけれど……」

「え、ちょっと!そんな人からのラブレター受け取ってる私、大丈夫!?」

「ふふ。大丈夫ですわ、玉藻様。こういう方は誰にでも書きますから」


 奥方様は次の文を取り上げ、ふぅとため息をついた。

「まあ、この男も……かつて私に恋文を寄こしましたわ。こういう男は、いつも紙も内容も同じなのです」


「え、テンプレ恋文!?」

 玉藻が思わず突っ込む。


「顔も見ず、噂だけを頼りに同じ言葉を繰り返す。……そういう方は、恋そのものではなく“恋している自分”に酔っているのですわ」


「うわぁ……なんか急にリアルな話きた」

 玉藻は紙を胸に抱えて、ごろりと転がる。


「私、初めてのラブレターで舞い上がってたのに……そんな現実を突きつけないでくださいよ!」

「ふふ。ですが、玉藻様。こうして見極める目を養えば、いずれ本物の恋文を見抜ける日がまいります」


 玉藻はじっと奥方様の横顔を見つめた。

 その微笑みには、嫉妬に苦しんでいた面影はなかった。

 奥方様は何通か脇に除けながら、さらりと言った。

「こういうのは返事も適当でよろしいですわ。定型文のような恋文には、定型文で返すのが一番ですの」


「えっ、そんな雑でいいの!?初めてのラブレターでドキドキしてた私の純情が……」

 玉藻は畳の上で崩れ落ちる。


「ただし……身分の高い方は別ですわね」

 奥方様はふと真顔になり、一通を指先で摘まんだ。


「この中には殿上人てんじょうびとのお方からの文もございますし……こちらは、かの有名な公卿様から“甲踏み”の形で届いております」


「か、甲踏み?なにそれ必殺技??」

 玉藻はきょとんと首をかしげる。


 サクラが横から口を挟んだ。

「ご主人、“甲踏み”ってのは公卿様クラスが格下に文を送る時の、上から目線の決まり文句っす。『わざわざ書いてやったぞ、ありがたく思え』みたいなニュアンスっす」


「えっ……ラブレターなのにパワハラ混じってんの!?平安貴族の恋愛文化こわっ!」


「玉藻様、どうされます?」

 奥方様が扇を傾ける。

「旦那様は公卿。たいていの相手なら、立場で黙らせることもできますわ」


「え、それチートじゃん……でもそれに頼りすぎるのもどうかと……」

 玉藻が困り顔で唸っていると――


「ご主人っ!」

 サクラが障子をガラリと開けて庭へ飛び出した。

「庭に変なのいるっす!今すぐ捕まえっす!」


「へっ!?変なのって――」

 玉藻は慌てて縁側に駆け出した。


 月明かりの庭に、白い影がふらりと歩いていた。

 よく見ると……それは 人の形をした紙。


「ひ、人型の紙が歩いてる!?なにあれ!?妖怪?付喪神?!」

 サクラは素早く駆け寄り、その紙人形をぱしっと押さえ込む。


「どうやらこの屋敷を探りに来てたっすね……式神っす。誰かが放った間者に違いないっす」


 サクラは押さえつけた紙人形を片手に、地面に鼻をつけてくんくん嗅ぎ回った。

「うん、この匂い……追跡できるっす!」


 玉藻は青ざめて手を振る。

「ちょ、ちょっと待ってサクラ!ここ、貴族の屋敷の庭だよ!?人間の姿で四つん這いになって鼻で追跡とか、いろんなもの失うから!!」


「……失うって?」

「あなたの人としての尊厳とか!あと私の評判も!」


 サクラは鼻先に土をつけたまま振り返る。

「でも、ご主人の命の方が大事っすよ?」


 玉藻は畳の上に恋文を円形に並べ、人型をそっと中央へ置いた。

「この人型は、もし同じ手で書かれたものがあれば、勝手に動くはずよ」


 サクラが目を丸くする。

「へぇー!そんな便利な術があるんすね!私、鼻でしか追えないのに!」


 人型はしばらく動かずにいたが、やがてひとりでに震えだし、ぴょこんと立ち上がった。紙の足音が畳にぱたぱた響き、迷うことなく一通の恋文へ進んでいく。

「動いた!」

 紙人形がぴたりと一通の恋文に膝をついた。

 玉藻はそれを拾い上げ、達筆な筆跡を睨みつける。


 玉藻が小声で尋ねた。

「どなたのものでしょう?」


 奥方様は唇を歪めて笑う。

「安倍泰親。安倍晴明の孫、大陰陽師よ」


 サクラが耳を伏せて尻尾を下げる。

「えっ……よりによって、そんな大物が……」


「式紙でのぞき見なんて。普通の恋文ならまだしも、やりすぎよ。」


 玉藻は紙人形を睨みつけ、尻尾をぴんと立てる。

「のぞき見するなんて……最低!変態!女にもてない!生きてる価値なし!

 !カス!」


 式紙はふわりと震え、玉藻の言葉を吸収する。

「私の言葉を差出人に届けなさい」


 紙人形はひらりと舞い上がり、庭を抜けて都のどこかへ飛んでいった。

 サクラは目を見開く。

「おおっ……ご主人、送り返すなんて……攻撃魔法っすか!?」


 奥方も感心したように微笑む。

「さすが玉藻様。自分の立場を守るだけでなく、直接返答までお手の物ですわ」


 玉藻はくるりと振り返り、ふわりと尾を揺らした。


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