39
康親は、文机の前に座り、筆を取った。
墨を磨る音だけが、静かな部屋に響く。
「覗くなど、下衆のすることだ……」
己を戒めるように呟きながら、千年の想いを筆先に込める。
そして、慎重に和歌をしたためた。
千年の 闇をくぐりて 君に逢ふ
光も闇も 君こそわが道
書き終えると、康親は小さく息をついた。
「……これで、伝わるだろうか」
式神の小さな紙鳥が、文をくわえてふわりと舞い上がる。
夜風に乗り、玉藻の住む現代の空へ――
夜更け。
明日の学校の支度も済み、玉藻はベッドの上でサクラとまったり雑談していた。
「明日の体育、持久走らしいっすよ」「……最悪ね」
そんな他愛もない会話の途中で――
サクラの耳がピクリと動いた。
「ん? なんか来たっす」
次の瞬間、サクラの体が白い光に包まれ、ふわりと犬の姿へと変わる。
「サクラ? どうしたの?」
「式神っす!」
言うが早いか、窓の外から小さな紙鳥がひらひらと舞い込んだ。
その紙鳥を、サクラがガブッと咥えて床に叩きつける。
「やっぱり! 式神っすね、現代でも飛ばせる人がいるとは!」
「ちょ、ちょっと待って、何か持ってる!」
玉藻が慌てて近づくと、紙鳥のくちばしに、小さな和紙の封筒が結ばれていた。
封を切ると、墨の香がふわりと漂う。
そこには、たった一首の和歌。
千年の 闇をくぐりて 君に逢ふ
光も闇も 君こそわが道
玉藻は一瞬、息を呑んだ。
「……まさか、康親?」
サクラは尻尾を振りながら鼻をひくつかせる。
「この匂い、間違いないっす。康親の式神っす」
玉藻は文を見つめながら、小さく笑った。
「……もう。千年経ってもロマンチストなんだから」
玉藻は文を何度も読み返しながら、ぽつりと呟いた。
「……これ、平安から届いたの? それとも、康親、もう現代に来てるの?」
サクラは犬耳をぴくりと動かしながら尻尾をふる。
「うーん、今どこにいるか、手紙で聞いてみるっす!」
「手紙で……って、やっぱり和歌で返すの?」
「さすがに現代では普通の手紙でいいと思うっすよ」
玉藻はペンを取りかけて、ふとスマホを見た。
「ねえサクラ、できればスマホにしてくれないかな。LINEとか送れたら楽なんだけど」
サクラは呆れ顔でため息をついた。
「ご主人、千年かけて恋文送ってるっすよ? 通信方式アップデートする前に、恋愛スキル更新した方がいいっす」
玉藻は頬をふくらませた。
「うるさい! 文明の進化に対応するのも立派な術よ!」
二人のやり取りを、部屋の隅に浮かぶ小さな式神が、ひっそりと見守っていた。
――康親はまた、見てしまっている。
康親さまへ
手紙びっくりしました。まさか千年の時を越えて届くなんて。
ちゃんと読んだよ。和歌って、めっちゃロマンチックですね。
あの頃はいろいろあったけど、私は今、元気に高校生してます。
サクラも一緒にいてくれるから安心してね。
こっちの時代でも、また会えるといいな。
その時は、ちゃんと目を見て話しましょう。
追伸:次の手紙、LINEで送れたら最高なんですけど♡
玉藻より
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