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 徳子は手を合わせ、静かに何かを唱えた。

 すると、社務所の鍵がひとりでに「カチャリ」と音を立てて開いた。


「今は誰も使っていないお部屋です。神主さまも夜は帰られますから……」


 徳子は少し申し訳なさそうに笑った。


「お休みになるなら、ここがよろしいかと」


 康親はあたりを見渡す。

 畳の香りが心地よく、棚には神具やお守りの在庫が整然と並んでいた。


「ほう、これが現代の社務所か……随分と清らかな場所だな」


 徳子は、薄く光を帯びた指先をひらりと振った。

 すると、部屋の照明が柔らかく灯り、茶の香りが漂う。


「電気っていう術も、悪くないですね。……お茶、淹れましょうか?」


「よいのか?」


「もちろんです。康親様をお迎えできたのですから」


 徳子は湯呑を二つ用意し、湯気の立つ茶を注ぐ。


「この茶葉は、参拝者の方が奉納してくださったものなんですよ」


 康親は一口すすると、目を細めた。


「うむ……香り深く、まろやかだ。……まるで、時がゆるむようだ」


 徳子は微笑んだ。


「千年ぶりですもの。ゆっくりしていってください。

 この時代は、少し騒がしいですが……もう戦はありません」


 康親は静かに頷き、窓の外を見た。

 遠くの街の灯が、まるで星々のように瞬いていた。


 すぐにでも玉藻の居場所を探し出し、会いに行きたい。


 しかし――現在、康親は社務所の一室で、スマートフォンの扱いに四苦八苦していた。

 指先で画面を滑らせるたびに、妙な音や光が出て、徳子がくすくす笑う。


「康親様、それは“スクロール”といって……あ、いけません “広告”を押されました」

「こ、これは式神か? 勝手に喋るぞ……!」


 千年の時を越えても、彼の理知的な面影は変わらなかったが――

 現代の機械には完全に翻弄されていた。


 康親は小さく嘆息する。

「……玉藻殿に会いたい。だが、このままでは笑われよう。

 今の世の言葉も、風習もろくに知らぬ。千年前の男など、どう思われることか……」


「そんなこと……気になさらないで、よいのでは……」


「男の見栄だな……さぞかし滑稽であろう……」


「康親様……それは“想い人に良く見られたい”という、人として自然な心です」


 康親は照れくさそうに笑った。

「いや、……まったく、情けない話よ」


 千年前と変わらぬ――恋する男の、少し不器用で真っすぐな想いだった。


 それから一週間。

 康親は徳子の勧めで、社務所にある本や徳子が用意した“文明の巻物”(=タブレット端末)を使い、現代の知識を詰め込んでいた。


「電気」「自動車」「飛行機」「人工知能」――

 最初は呪文のように聞こえた言葉も、今ではある程度理解できるようになった。


 夜、境内のベンチで休んでいると、徳子が缶コーヒーを差し出す。

「よく頑張りましたね、康親様。今週だけで千年分の勉強ですよ」


 康親は缶をじっと見つめ、プルタブを開ける音に驚きながらも一口。

「熱くもないのに香ばしい……。しかし、これほど文明が発達するとは――

 まさに神の御業だな」


 徳子は小さく笑い、夜風に髪を揺らした。

「そうですね。でも……人の心は、昔とあまり変わってませんよ」


 康親は、夜の社の方角を見やった。

 参拝客の姿が絶えない神社。

 絵馬には「恋愛成就」「家内安全」「試験合格」と、無数の願いが書かれている。


 ――これほど豊かな時代で、人々はまだ祈り続けている。


 そう呟いた康親の胸に、言いようのない不安が広がっていった。


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