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 満月の光に照らされ、玉藻は深く頭を下げた。


「皆さま……今まで、本当にありがとうございました」


 その声は震えてはいたが、澄んだ鈴の音のように響き渡る。言葉を終えるや、玉藻の姿は光に包まれ、次第に輪郭を失っていく。そしてそのまま、光へと吸い込まれるように消えていった。


 玉藻が光の中へと消えてからしばし、誰も言葉を発せられなかった。


 やがて康親が、かすれた声でつぶやく。

「……玉藻殿、行ってしまわれたか」


 その横顔は寂しさを隠しきれていなかった。

 頼光らもまた、胸に深い感慨を抱いていた。神を見た畏敬と、友を失った喪失。そのふたつが心を締めつけていた。


「ご主人、きっとまた会えるっす」

 サクラが明るく言って、涙をこらえるように笑う。


「さて……帝には、なんと申し上げればよいものか」

 康親が深く息を吐く。


 その隣でサクラは肩をすくめて、飄々と笑った。

「ほっときゃいいっすよ。なるようになるっす」


 あまりに気楽な物言いに、頼光は思わず吹き出しそうになった。

 だがその軽さが、重苦しい空気を少しだけ和らげてくれる。


「……そうかもしれんな」

 康親は小さくうなずき、空を仰いだ。

 満ちた月はまだ高く、玉藻の行く末を照らしているようだった。


 頼光は静かに仲間たちを見渡し、低く言い含めた。

「偽りの玉藻のことは……我らだけの秘密。決して外へ漏らすな」


 そのころ帝は御簾の内にあり、身代わりの玉藻と文を交わしていた。

 帝は文を広げ、そこに刻まれた歌を何度も読み返した。


「……今までの返事は、サクラ殿の代筆であったのか」

 かすかな苦笑を浮かべながらも、胸は震えていた。


「サクラ殿の筆も見事であった。だが……玉藻殿は、それよりもさらに――はるかに深い」

 帝はふと、玉藻の返した歌に潜む深意を思い返した。


「わが国の古典だけではない……殷や周の故事、天竺の経典までも引き合いに出すとは……」


 その博識、視野の広さに、帝は思わず息をのむ。


「学者に匹敵するどころか……いや、それ以上かもしれぬ。

 我が身ながら、気後れしてしまうほどだ」


 恋い慕うよりも先に、ひとりの人間としての「偉大さ」に圧倒される。


「これほどの教養を備えた御方であったのか……」

 帝は筆を置き、静かに天を仰いだ。


「おいそれと、寵姫に召し上げてよいはずがない。

 いや……わが手に縛りつけるなど、むしろ罪であろう」


 その言葉には、愛しさと同時に、深い敬意がにじんでいた。


 夜は更け、東雲が空を染めるころ、帝は満ち足りた顔で宮へと帰っていった。

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