23
満月の光に照らされ、玉藻は深く頭を下げた。
「皆さま……今まで、本当にありがとうございました」
その声は震えてはいたが、澄んだ鈴の音のように響き渡る。言葉を終えるや、玉藻の姿は光に包まれ、次第に輪郭を失っていく。そしてそのまま、光へと吸い込まれるように消えていった。
玉藻が光の中へと消えてからしばし、誰も言葉を発せられなかった。
やがて康親が、かすれた声でつぶやく。
「……玉藻殿、行ってしまわれたか」
その横顔は寂しさを隠しきれていなかった。
頼光らもまた、胸に深い感慨を抱いていた。神を見た畏敬と、友を失った喪失。そのふたつが心を締めつけていた。
「ご主人、きっとまた会えるっす」
サクラが明るく言って、涙をこらえるように笑う。
「さて……帝には、なんと申し上げればよいものか」
康親が深く息を吐く。
その隣でサクラは肩をすくめて、飄々と笑った。
「ほっときゃいいっすよ。なるようになるっす」
あまりに気楽な物言いに、頼光は思わず吹き出しそうになった。
だがその軽さが、重苦しい空気を少しだけ和らげてくれる。
「……そうかもしれんな」
康親は小さくうなずき、空を仰いだ。
満ちた月はまだ高く、玉藻の行く末を照らしているようだった。
頼光は静かに仲間たちを見渡し、低く言い含めた。
「偽りの玉藻のことは……我らだけの秘密。決して外へ漏らすな」
そのころ帝は御簾の内にあり、身代わりの玉藻と文を交わしていた。
帝は文を広げ、そこに刻まれた歌を何度も読み返した。
「……今までの返事は、サクラ殿の代筆であったのか」
かすかな苦笑を浮かべながらも、胸は震えていた。
「サクラ殿の筆も見事であった。だが……玉藻殿は、それよりもさらに――はるかに深い」
帝はふと、玉藻の返した歌に潜む深意を思い返した。
「わが国の古典だけではない……殷や周の故事、天竺の経典までも引き合いに出すとは……」
その博識、視野の広さに、帝は思わず息をのむ。
「学者に匹敵するどころか……いや、それ以上かもしれぬ。
我が身ながら、気後れしてしまうほどだ」
恋い慕うよりも先に、ひとりの人間としての「偉大さ」に圧倒される。
「これほどの教養を備えた御方であったのか……」
帝は筆を置き、静かに天を仰いだ。
「おいそれと、寵姫に召し上げてよいはずがない。
いや……わが手に縛りつけるなど、むしろ罪であろう」
その言葉には、愛しさと同時に、深い敬意がにじんでいた。
夜は更け、東雲が空を染めるころ、帝は満ち足りた顔で宮へと帰っていった。
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