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 昼下がりの屋敷。

 几帳を透かして入る秋の光の中で、玉藻とサクラは文机に向かっていた。


 玉藻「……この恋文、返事に困るなあ。どう返せばいいの?」

 サクラは紙を差し出しながら、言った。


 サクラ「ご主人様、今日の返事は“定型恋文3”の形でいくっすよ。習字、随分上達されたっすね」


 玉藻「これだけ毎日、書いてたらね……上達しない方がおかしいわ」


 墨をすっと引き、最後にちょこんと狐の足型を押す。


 玉藻「はい、完成っと」


 サクラ「最近、玉藻様の返事を神棚に飾る家が増えてるらしいっすよ。ご利益があるって噂で」


 玉藻は、半ばあきれ顔で苦笑した。

 けれど積み上がった文の中には、大人の恋文だけでなく、子供からの拙い文字も混じっている。


 サクラ「……これ、完全にファンレターっすね」


 玉藻は封を開け、にじんだ文字を読み取る。

「玉藻さま、またおはなしきかせてください」


 胸の奥が、じんわりとあたたかくなるのだった。


 サクラ「ご主人様、やっぱり和歌のやり取りって難しいっすね。愛の言葉ばっかりだし」


 玉藻「うん……けど、これが都の人の楽しみなんだもんね。いい加減に返すわけにもいかないし」


「ご主人様……」

 サクラはもじもじと爪をいじりながら、目を伏せて言った。


「子供が……できたみたいっす」


 玉藻は茶を吹きそうになった。

「えっ!? ま、まさか……狼との間に!?」


 サクラは恥ずかしそうに笑い、でも誇らしげにお腹をさすった。

「うん……。あれは運命だったっす。これは、愛の結晶っす!」


 玉藻は頭を抱えた。

 玉藻は思わず問い詰めた。

「いつ生まれるの? この世界で産むの? それとも、もし私と一緒に元の世界に帰ったら……そっちで産むことになるの? 狼……彼氏はどう言ってるの?」


 サクラはケラケラと笑い、肩をすくめた。

「ご主人様、質問攻めすぎっすよ。案ずるより産むが易し、っすよ。なるようになるっす!」


「……簡単に言うわね」玉藻はあきれて眉をひそめる。


 サクラはお腹を撫でながら、サクラの横に寄りそう狼を見た。

「彼は言ったんすよ。『生まれる子が人でも狼でも、どっちでも俺の子だ』って。だから私も迷わないっす」


 玉藻はしばらく黙ってから、小さく笑った。

「……あなたは本当に強いわね。私の方がよっぽど迷ってばかりだわ」


 玉藻はため息をついた。

「サクラはいつも深く考えないで突っ走るんだから…………でも、おめでとう!」



 その晩、玉藻は夢を見た。白い光に包まれた社。その奥から、神が現れる。


 神様「玉藻よ、おまえの本当の願いは何だ?」


 玉藻「……元の世界に戻っても、私には誰もいない。家族もいない、天涯孤独。それなら、この世界の方が――」


 神様「ならば、家族がいる時代に戻ればよいではないか」


 玉藻「え……そんなこと、できるんですか?」


「どっちみち少し前に戻さんと、直前に戻したら……またトラックに轢かれてしまう」


「えっ……」玉藻は目を瞬かせた。

 神様はひらりと手を振る。


「だからのう、五分前に戻すのも、五年前に戻すのも、大差ないのじゃ」


 玉藻は首をかしげる。


「そ、そういうもんなんですか?」


「そういうもんじゃ」神様はにやりと笑った。


 玉藻「それじゃあ……お父さんが過労死しないように、過去を変えることはできるんですか?」


 神様「もちろんできる」


 玉藻「本当に……?」


 神様「本当にじゃ。お前がそう望むなら、父は過労で倒れることもなくなる」


 玉藻「じゃあ……私がトラックに轢かれることは?」


 神様「それもない。お前が望まぬ限り、そんな未来は訪れん」


「帰っても孤独」という前提が、いま揺らいでいる。

 玉藻はしばし黙り込み、やがてぽつりと問うた。


「……サクラは、どうなります?子供ができたみたいで……彼氏《狼⦆と一緒にいたいって、そう言ってたんです。私がいなくなったら、この時代に置いてけぼりに――」


 神様は、目を細めた。

「ふむ。あやつには、あやつの考えがある。おぬしが心配せずとも、己で道を選ぶじゃろう」


 玉藻は胸の奥にずしんと落ちる感覚を覚えた。

 ――サクラは、サクラで自分の未来を選ぶ。

 それは、寂しいけれど誇らしい答えだった。



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