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両親が相次いで亡くなり、天涯孤独になった前田玉藻。飼い犬のサクラが道に飛び出したので助けようとして、トラックにはねられた。そこで神様に会う。九尾の狐が帝をたぶらかして国に災いを起こすのを防げば、再び現世に戻れるという。目が覚めると、九尾の狐に転生していた。これって楽勝じゃない。
「おお、目覚められたか。急に倒れられたので、心配しておりました」
部屋に入ってきたのは、この屋敷の主人――らしい人。
えらいさんって聞いてたから、正直「偉そうで脂ぎったオジサン」を想像してたんだけど……。
目の前に現れたのは――
……顔面偏差値バカ高いイケメン貴族だった。
すらりとした体躯、切れ長の瞳。雅やかな狩衣がよく似合ってる。
「あ、あの……ご心配をおかけしました」
九本の尻尾を必死に隠しながら、私はぺこりと頭を下げる。
心臓バクバク。いやいや、平安貴族ってこんなイケメン仕様だったの!?
サクラ(人間ver.)が隣でぼそっとつぶやいた。
「ご主人、鼻の下伸びてるっすよ」
「伸びてないからぁぁ!」
「玉藻様のおかげで、妻はすっかり元気になりました」
貴族イケメンが深々と頭を下げる。
その隣には、柔らかな笑みを浮かべる奥方様。頬にはもう病の影はなく、むしろ花のように華やいで見えた。
「あ、あの……私、そんな大したことは……」
九本の尻尾をなんとか着物で隠しつつ、必死にごまかす私。
「とんでもない。是非とも妻から直接お礼を申し上げたいと申しておりましてな」
奥方様は私の手を両手で包み込み、目を潤ませながら言った。
「玉藻様……命を救ってくださり、ありがとうございます」
……やばい。こういう真っ直ぐな感謝って、ずるい。
なんか胸がきゅっとなった。
サクラ(人間ver.)が後ろで腕を組んで得意げに言う。
「どうっすか、ご主人。これが“人徳”ってやつっすよ!」
「いやいやいや! 私、なんもしてないから!?」
「人間の姿のときは、妖しいほどの美しさであられた……」
イケメン貴族がうっとりと私を見つめる。
「しかし九尾のお姿は……なんと、可愛らしくいらっしゃる」
「へ?」
私はきょとんとした。
……ん?
――ふわん。
視線を落とすと、九本の尻尾が床をふぁさぁっと広げていた。
「あああああああ!!」
思わず叫んだ。
「人間に戻るの忘れてたぁぁぁぁぁぁ!!」
サクラ(人間ver.)は腹を抱えて大爆笑。
「ご主人、ドジっ子属性まで獲得っすか! 最強っす!」
「笑い事じゃないから! どうすんのこれ、バレたら狐妖怪認定じゃん!」
けれどイケメン貴族はただ目を細め、微笑を浮かべた。
「美しきもふもふ……これはこれで、実に雅やかな趣き」
……え? いいの??
奥方様は穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。
「……人間のお姿の時は、恥ずかしながらあなた様への嫉妬が抑えられませんでした」
「えっ?!」
「主人があなた様を称賛するたびに、嫉妬で身を焦がしておりました……。命の恩人と分かっていても、あさましいことです」
奥方様はしとやかに目を伏せる。
「けれど、あなた様は仰いましたね。『嫉妬がある間は、また同じ病に苦しむ』と……。だからこそ……」
彼女はしっとりとした声で続けた。
「私の嫉妬を無くすために、狐のお姿に戻られたのですね。なんと気高い心なのでしょう……」
「えぇぇぇぇぇ!?」
私はしっぽを逆立てて叫びそうになったが、とどまった。
サクラ(人間ver.)は横でニヤニヤしている。
「さっすがご主人。何もしてないのに勝手に徳が上がってくスタイルっすね」
「いやいやいや! ただ変身戻し忘れただけだから!」
けれど、奥方様と旦那様の瞳は尊敬と感謝に満ちていた。
なんか……勘違いが広がっていってない?
「玉藻殿、できればこの屋敷に留まってくれませんか」
イケメン貴族は真剣な眼差しでそう言った。
「私は立場上、敵も多いのです。だから度々、呪いをかけられることがある……。玉藻殿が居て下されば、どれほど安心できることか」
……え、そんな理由で狐妖怪に同居要請?
「えっと……」私は耳をぴくりと動かし、ちらっとサクラを見る。
サクラ(人間ver.)はにかっと笑って親指を立てた。
「ご主人、とりあえず行くとこないし、ここに住んどけばいいんじゃないっす? 屋根もご飯も確保できるっすよ!」
うーん……確かに。
帝に取り入らなければ九尾バッドエンドは回避できるんだし。
なら、イケメンの屋敷でちょっと厄介になるくらいアリかも?
「……わかりました。しばらくお世話になります」
九本のしっぽをふわっと揺らして答えると、イケメン貴族はほっとしたように微笑んだ。
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