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 宴の最中、帝は盃を手にしながらも、ちらちらと玉藻へ視線を送っていた。


 玉藻は女官たちと笑い合い、時には頼光らと武勇を語り、またサクラや狼に囲まれて楽しげに過ごしている。その姿を目にするたび、帝の胸は締め付けられるようであった。


(美しい……だがそれだけではない。あの瞳の奥にある賢さ、あの笑顔ににじむ優しさ。そして、鬼や九尾を前にしても揺るがぬ勇気。余は……この国の帝でありながら、ひとりの男として、玉藻殿に心を奪われている)


 危険な任を下したことを、何度も後悔した。命を落としていたらと考えるだけで、夜も眠れぬほどだった。

――もし一つでも傷を負っていたら……想像するだけで、血の気が引く。


帝の心は、玉藻一人で占められていた。

ただ妖艶な姿に心を奪われたのではない。


少し首をかしげる愛らしい仕草。

人をからかうようにすました顔。

それでも時折、心から楽しそうに笑う顔。


そのすべてを、ずっと見ていたい。

いや――見ているだけでは足りぬ。

玉藻が何を考えているのか、何を好むのか。

すべてを知りたい。

どんな小さなことでも見逃したくない。


「玉藻殿……」


 帝は盃を置き、御簾を押し分けて歩み寄る。人々が息を呑む中、帝は玉藻の前に立った。


「玉藻殿……余は、そなたの美しさに魅かれたわけではない。そなたの知恵、勇気、そして優しさ……すべてに心を奪われておるのだ」


 唐突な告白に、玉藻は目を見開いた。

 恋愛の経験などない彼女の心臓は、大きな鼓動を打ち始める。


(だ、だめよ……帝を誑かすなんて……。)


 玉藻は思わず盃を強く握りしめた。

 玉藻が困惑してうつむいていると、すかさず頼光が割って入った。


「陛下。玉藻殿は我らにとって孫も同然。あまりからかわないで下さい」


 その横で四天王たちもうんうんと頷き、声をそろえる。


「そうそう、玉藻殿は我らの宝。寵姫などという陰謀まみれの立場にされては困りますな」


「そうですぞ! 玉藻殿はまだ若い、まずは遊びや学びを楽しむべきです」


 サクラはすかさず手を挙げた。


「ご主人は面と向かって告白されたことがないっす。いま頭がフリーズしてるっす。ちょっと休ませてあげてほしいっす」


 安倍泰親も腕を組み、ひときわ冷静な声で口を開いた。


「陛下。玉藻殿は神の使命を帯びたお方。心を惑わせるような事態は、国のためにも望ましくありませんぞ」


 四方からの“助け舟”に、玉藻はようやく小さく息をついた。頬が赤らんでいるのを見て、帝はふと微笑んだ。


「……なるほど、皆に守られておるのだな。玉藻殿は」


 帝は引き下がりながらも、その眼差しに揺るぎない想いを込めていた。

(たとえ誰に阻まれようとも、余は諦めぬ……)




 その夜。

 玉藻は深い眠りの中で、月光に照らされたような白い空間に立っていた。


「……ここは?」


 どこまでも澄んだ光の中から、荘厳な声が響いた。


『玉藻よ、ご苦労であった』


 姿を現したのは、白衣をまとい光背を負った神。天地を統べる威厳をまといながらも、その眼差しは優しく温かい。


『そなたは九尾の狐から、国を守った。その功績、しかと見届けた』


 玉藻は、深々と頭を下げた。


 神は微笑み、告げた。


『次の満月の夜、そなたを元の世界に戻そう。この世界での役割を終え、帰るときが来たのだ』


 玉藻の瞳が大きく見開かれる。


「……私、元の世界に帰れるのですね」


『うむ。残された日々を無駄にするでないぞ。世話になった者、心を寄せた者に別れを告げるのだ。後悔のないようにな』


 その声は徐々に遠ざかり、光も霧のように薄れていく。


 目を覚ました玉藻は、寝台の上でぼんやりと天井を見つめていた。

 胸の奥に神の言葉がまだ響いている。


(次の満月で……私は帰る……)


 けれど、戻った先の自分を思い浮かべると、胸に冷たい風が吹いたように感じた。


(元の世界に帰っても、私は天涯孤独……家族はいない、待ってくれる人もいない。戻ったところで、一人きりの生活が待っているだけ……)


 その一方で、目を閉じれば浮かんでくる。

 頼光の頼もしい背中、無骨だが温かな四天王たち、居候先の奥方、屋敷のみんな、康親、そして……帝。


 この平安の世に来て、初めて「誰かに必要とされる」ことを知った。

 ここには笑い合える仲間も、心を寄せてくれる人もいる。


(もし選べるなら……私は、この時代に留まりたい……)


 しかし神の言葉は絶対だ。残されたのは、別れの準備をするわずかな日々だけだった。

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