17
数日続いた九尾の狐との模擬戦で、兵たちは少しずつ腕を上げていた。だが――まだ何かが足りない。
そう感じたサクラが、にやりと笑って皆の前に立った。
「今日から、私がとっくんするからね」サクラはひょいと自分の腕毛をつまんで――ぷちん、と抜いた。
「いって……まあ、仕方ないっすね」
抜いた毛を掌に集め、ふっと息を吹きかける。
白い毛がふわりと舞い、瞬く間に犬の姿に変じた。
「わんっ!」
「きゃんっ!」
十匹、二十匹と、次々に生まれる犬の群れ。尾を振り、兵たちの周囲を走り回る。
「な、なんだこれは!」
「幻術か……いや、どう見ても本物の犬だ!」
サクラは胸を張って言った。
「この子たちで練習するっすよ! 犬追物、本番で失敗できないっすからね」
犬たちは機敏に駆け回り、兵の放つ矢をひらりひらりとかわす。
「すごい……まるで狐みたいだ!」
「これなら九尾の妖術にも対抗できるぞ!」
将軍たちも目を見張った。
「なるほど……犬を狐に見立てるとは。サクラ殿、まさに神の加護だ」
サクラは照れくさそうに笑いながらも、玉藻をチラリと見やる。
「……ま、私がすごいんじゃなくて、玉藻様と一緒だからできるんすけどね」
犬追物による訓練を繰り返すうち、兵たちの弓は格段に冴えを増していた。矢は正確に標的を射抜き、馬の手綱さばきも洗練されていく。
「見違えたな……これなら実戦でも通用する」
頼光が満足げに頷いたとき、サクラが不意に前に出た。
「でも、相手は九尾っすよ。犬相手の練習だけじゃ足りないっす。彼氏に協力してもらうっす」
そう言うなり、サクラは狼の毛を一房むしり取った。ふうっと息を吹きかける。
――瞬間。
大地が揺れたかと思うほどの衝撃。白銀の毛が光を帯び、次の瞬間、十匹、二十匹……やがて数えきれないほどの巨大な狼が現れた。琥珀色の眼が兵たちを射抜き、低く唸り声をあげる。
「な、なんだこれはっ!?」
「お、おそろしい……」
兵たちは思わず弓を取り落としそうになる。
サクラはにやりと笑った。
「安心するっす。ちゃんと手加減するっすよ。怖くて足がすくむなら、九尾とは戦えないっすよ?」
狼の群れが地を蹴り、兵に襲いかかる。牙が迫る。毛並みが逆立つ。手加減してるとは思えぬ迫真の勢いに、兵たちは必死で弓を構えた。
「くっ……放てぇっ!!」
矢が雨のように飛び、狼たちを貫いた。狼は光となって消えていくが、すぐに別の狼が迫ってくる。
「いくら倒しても、オオカミが襲ってくる!恐ろしい!!」
「これが九尾と戦うってことっすよ!」
サクラの声に、兵たちの表情から迷いが消えていった。恐怖と戦いながらも矢を放ち続け、馬を駆けさせ、狼を追い詰めていく。
数日続いた狼との模擬戦で、兵たちは確かに腕を上げていた。だが――まだ何かが足りない。
そう感じたサクラが、皆の前に立った。
「今日は、私がみずから特訓するからね」
その声に兵たちはざわめいた。
「さ、サクラ殿が……?」
「いやいや、幻の狼で十分きついのに……」
サクラは軽く肩を回すと、ぱん、と手を打った。瞬間、その姿がぐにゃりと揺らぎ、次の瞬間には――銀毛を逆立てた巨大な獣が立っていた。犬でも狼でもない。神獣の威をまとった白き守護の獣。
「ひっ……!」
兵たちは思わず後ずさる。
サクラの金色の瞳がぎらりと光った。
「遠慮しなくていいっすよ。全力でかかってくるっす。私に一矢報いられないようじゃ、九尾には一歩も近づけないっす」
頼光が低く笑う。
「ふっ、これは面白い。お前たち、命を賭けるつもりで挑め」
サクラの影が伸び、瞬く間に兵の背後に回る。
「遅いっす!」
「ぐわっ――!」
軽く尻尾で叩かれただけで、兵は馬ごと地に転がった。
それでも、必死に弓を引き絞る者がいる。サクラはひょいと跳び、矢を尾で弾き落とした。
「いい動きをしてるっす。その調子」
圧倒的な力の差を見せつけながらも、サクラは一人一人の動きを観察して声をかける。その眼差しは鬼教官そのものだった。
次第に兵たちの弓は鋭く、足取りは力強くなり――
「よし……今の一撃、合格っす!」
サクラの脇を掠めた矢が地に突き刺さる。兵がどっと歓声をあげた。
頼光はその光景を見て頷いた。
「……これなら、あの九尾を討てるかもしれん」
お読みいただきありがとうございました。☆押して頂けると励みになります。よろしくお願いいたします。




