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清明は祈祷を終え、深く息を吐いた。

「やはりのう……玉藻殿は神より遣わされた御使い。この国を救うため、邪悪なる狐を退ける宿命を負っておられる」


玉藻は言葉を失い、ただ膝の上で手を握りしめた。


清明は続ける。

「だが案ずることはない。わしも、孫の泰親も、頼光殿らも共にある。ひとりで背負うことではない」


泰親はすぐに膝を進め、玉藻の前で頭を下げた。

「帝に奏上し、九尾退治の軍を整えましょう。これは国家を揺るがす災い、帝も必ずお許しになるはず」


サクラはぱっと尾を振る。

「ご主人、いよいよクライマックスっすね! でも安心するっすよ、みんな味方だし」


玉藻は頭の中で、神の声を思い返していた。

「……転生の折に告げられた言葉。あれは……この九尾の狐のことだったのね。異国から来て、この国を乱す存在……」


肩を震わせる玉藻に、サクラがすぐさま横から顔をのぞかせる。

「ご主人、心配しすぎっす。源頼光殿と四天王。清明様も泰親殿もいる。武術の一流と妖術の一流が揃ってる。相手はただの性悪キツネっすよ」


玉藻は弱々しく首を振る。

「でも……同じ九尾同士なら、妖力は互角。それにむこうの方が経験があって、言いたくないけど、頭もキレるし」


サクラは胸を張った。

「違うっす! ご主人は神獣に近い存在。生まれからして相手とは格が違うっすよ。あちらは悪さしか考えてないキツネ。そもそも勝負にならないっす!」


玉藻は小さく笑みを浮かべる。

「……ありがと、サクラ。」



一か月後

那須野ヶ原にて、討伐軍は九尾の狐と対峙した。

 源頼光と四天王を先頭に、千余の兵が矢を放ち、剣を抜き、鬨の声を上げる。


 しかし、相手はただの妖ではなかった。九つの尾が夜空を裂き、ひと振りで数十の兵が薙ぎ倒される。火炎、幻惑、雷撃……次々と放たれる妖術に、兵たちはなすすべもなく倒れてゆく。


「なっ……なんだこれは!」

「ぐああああ!」


 戦場は一瞬で血の海と化した。累々と横たわる死体。頼光たちの眼前に広がる光景は、まさに地獄そのもの。


「……俺たちは……負けたのか……」

 渡辺綱が剣を杖にし、必死に立ち上がる。しかしその目には絶望の色しかなかった。


 その時、九尾の狐が大きくため息をついた。


「──こらぁ! こんなんじゃ全員死ぬわよ!」


 その声は戦場を震わせ、頼光らの意識が一気に引き戻される。


「えっ……」

「……玉藻殿?」

次の瞬間、死体だと思っていた兵がむくりと起き上がり、傷ひとつない顔で「はぁ、死んだかと思った」と首をかく。頼光も四天王も気づいた。これは現実の戦ではない。


 玉藻が九尾の力を解放し、兵すべてを幻術に巻き込んでいたのだ。


「実戦形式の稽古よ。これぐらいやらなきゃ、あの化け物に勝てるわけないでしょ?」

 玉藻の九つの尾がふわりと揺れる。妖艶な微笑みを浮かべつつ、その瞳は真剣そのものだった。


 頼光は苦笑する。

「まったく……死んだ心地を味わったぞ。だが、確かに鍛えられる……!」


「泣き言言ってる暇があったら、もう一度構えなさい!」

 玉藻の叱咤に、兵たちは一斉に立ち上がり、再び武器を構えた。


 それは敗北の幻。だが、次こそ本物の戦いに勝つための地獄の稽古だった。

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