10
両親が相次いで亡くなり、天涯孤独になった前田玉藻。飼い犬のサクラが道に飛び出したので助けようとして、トラックにはねられた。そこで神様に会う。九尾の狐が帝をたぶらかして国に災いを起こすのを防げば、再び現世に戻れるという。目が覚めると、九尾の狐に転生していた。これって楽勝じゃない。
泰親の式神が、夜風に舞う小さな紙片の姿で大江山へと忍び込んだ。
紙の目を通して見えるのは──黒々とそびえる城壁、赤い灯篭の明かり、響き渡る鬼どもの笑い声。
「……見えたぞ」泰親が呟き、掌に映し出された幻影を皆に見せた。
そこには、玉座のような大椅子に腰を下ろす巨大な鬼がいた。
赤黒い肌に、鬼の王たる威圧感。酒壺を片手に、血の滴る肉をもう片方の手で掴んでいる。
「奴が酒呑童子……大江山を支配する鬼の首領だ」
その隣には、青白い顔の長身の鬼。鋭い眼光と、異様にしなやかな体躯。
「そして、あれが茨木童子……酒呑童子の腹心で、残忍さは主をもしのぐと噂されている」
映像の端には、泣き叫ぶ女たちの姿があった。
煌びやかな衣を着た姫君、白拍子らしき若い女、そして農村から攫われてきたらしい娘たち。
中には、鬼に酌をさせられている者もいれば、刀の前に震えて座らされている者もいた。
酒呑童子が豪快に笑い、刀を振るうたび、血飛沫が宙を舞った。
「……やつら、貴族の娘をさらっては、侍らせるか食らうかしておる」
泰親の声には冷たい怒りがこもっていた。
玉藻はその光景に、拳を握った。
「これは……一刻も早く女たちを救い出さなきゃ」
サクラが低く唸った。
「ご主人、鬼どもは絶対許せないっす」
頼光は深く頷き、長い白髭を撫でながら言った。
「ならば作戦は急がねばならぬ。あの酒呑童子を討ち、女子たちを無事に連れ出す……それが我らの使命よ」
──大江山。酒呑童子と茨木童子が支配する地獄の宴。
その中心へ、玉藻たちが足を踏み入れる日は近かった。
玉藻とサクラは扇を開き、白拍子の姿に化ける支度を始めた。
だが──腰の曲がった爺たちを美しい女に見せるのは、妖術ひとつでは到底足りぬ。
まずは女装。頼光も渡辺も金時も、しぶしぶながら衣擦れの音をさせて紅の小袖に袖を通した。ぶかぶかの衣が意外にも肩に馴染み、帯を締められると何とも言えぬ締まりがある。
次に化粧。玉藻の手ほどきで白粉を塗られ、眉を整え、紅を差す。渡辺などは鼻がむずむずしてくしゃみをこらえ、金時は目を閉じきれず涙目になる。
「……女子達は、このようなことを毎日しておるのか」
渡辺がうなずく。
「紅を差すだけで、これほど手間とは……。戦の支度より骨が折れるわ」
金時は鏡に映る自分の姿をしげしげと見て、ため息をつく。
「刀を振るよりも、この眉を描く筆の方が難しいのではないか……」
老いた英雄たちは互いに顔を見合わせ、ふと真剣な面持ちになる。
「女子の苦労が、この年になってようやくわかった」
しんとした空気のなかで、玉藻とサクラだけが、堪えきれずにくすくすと笑った。
そして最後に狐妖術。玉藻の扇がひらりと舞い、狐火がふっと灯った。
たちまち小じわは消え、背筋は伸び、声まで柔らかく変わる。鏡の中には、己でも見惚れるほどの白拍子が並んでいた。
互いの顔を見合わせた瞬間、空気が止まった。
「頼光殿……綺麗すぎる」
「いや、おぬしこそ……」
「これほどの美女を、我は見たことがない……」
「……美しい」
互いに見とれ合い、さらに自分の顔を鏡で確かめた頼光らは、思わず心を奪われる。
頼光は思わず立ち尽くし、泰親は手を震わせながら傍らの銅鏡をのぞき込んだ。
「……美しい。これほどの女子を、我は生まれてこのかた見たことがない」
「嘘じゃろ……? この絶世の美女が、わしなのか……?」
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