5 黒髪セミロング片目隠れチビ陰キャ隠れS級たわわ文学少女・文芸部の後輩でメガネ女子と恋愛小説作りで……
九十九坂には二つの学園がある。
旧都と新都。
川を挟んで分かれる二つの街に一つずつ。
どちらの学園も、在籍している生徒数はとても少ない。
どれくらい少ないかと具体的な数字を出せば、三学年合わせて百に届くか届かないか。
無論、どちらの学園もほぼ女子校同然。いや、片方に関しては完全な女子校。
なので、もう片方の話から先にするけど、その学園は一学年にひとり男子がいるかどうかレベル。
僕がもともと住んでいた都心では、もう少しマシな男女比だった。
けれど、やはり都心と田舎では総人口に差があるし。
九十九坂の人口問題も、まだまだ山積みの課題でいっぱいなんだろう。
それに、この世界の日本の他の田舎街に比べれば、九十九坂にある二学園はむしろ生徒数が多い方だと云う。
やはり、街の中心に退魔師協会の支部があるのが大きいからかな?
異界の扉は消え去り、淫神も淫魔もほとんど討伐されたとはいえ。
世の女性たちの心の中には、かつての凄惨な事件や淫惨な戦いの記憶が強烈に刻み込まれてしまっている。
当時を知らない世代でも、その爪痕は至るところで確認できる。
特に、テレビのドキュメンタリー番組などで後遺症に悩む女性たちの社会問題が扱われると、そのエロティックさとインモラルな情報にネットも騒然だ。
精神的な拠り所として、退魔師協会の支部署があるか否かは、現在の人々にとって非常に重要な決断材料になっているともワイドショーとかで報道されたり。
僕? 僕はまぁ……エロ同人かなって。
いや! 冗談じゃないのは分かってるんだ! けどどうしても思っちゃうんだよ……。
てか、やめて欲しいんだよな。ああいう番組って男の目を気にせず作られてる気がするし、お茶の間が変な空気になるし……宝香さんもミク姉もマコ姉も、隠しているつもりだろうけど視線がチラチラ僕の股間に集中してるんだよ……
まぁ、彼女たちも僕が彼女たちの胸に視線が吸い込まれているのを察しているだろうし、どっちもどっちのイーブンなのかもしれないけれどね。
というか、よく考えたらドキュメンタリー番組とか関係なく最近はお互い様だ。うん、なんでもなかったです。
閑話休題。
九十九坂には、学園が二つあるって話だったね。
さっき語った、一学年にひとり男がいるかどうかっていうのは、旧都にある九十九坂学園だ。
僕が入学したことで一応男女共学化した学園で、その名の通り九十九坂では古くからある伝統的な学園だね。僕が入学した後、遅れて編入した三年の男子がいたよ。
けど、そのひとはすぐに卒業して今は結局、男子は僕だけ。
校風はのびのびって感じかな。
制服は基本ブレザーだけど着こなしはだいぶ自由だし、進学校ってワケでもないからかギャルがたくさんいる。
真面目で大人しい子もいるけど、全体の雰囲気としてとても明るくて賑やかな女の子たちが多い。
なんか僕が来る前までは、雨で濡れた靴下とかが平気で教室に干されてるとか普通にあったらしいんだけど、僕が来てからは芳香剤、消臭剤、制汗剤、香水、そういうものの匂いがやや神経質なくらい何処でも嗅げるようになってる。
そんな環境だから、一年経って二年になっても、依然として気の休まらない環境ではあるけれど、自ずと闘志は刺激されているよね。
一方で、新都にあるのは完全な女子校である聖白園学園。
こっちは新都自体が新しい街だから、必然的に九十九坂学園より歴史は浅い。
学園の外観や内観も、どっちかっていうと都心の大学風に近い。
外資系のスポンサーがついているとか、外国人の富豪が理事長だとか。
まさに、新都を代表するような象徴のひとつでもある。
校風は九十九坂学園よりも結構お堅いようだ。
というのも、聖白園学園の運営にはなんと驚いたことに退魔師協会が関与していて、在籍する生徒は退魔師志望か見習いか、すでに退魔師である女の子だけ。
なぜそんな学園が設立されたかといえば、そこには先ほど触れた田舎の人口問題。
九十九坂市長による住民人口増加を図った施策が絡んでいるようだ。
海外からも優秀な退魔師一族を引き入れて、九十九坂を日本有数の〝退魔都市〟として成長・拡大させたいとか街頭演説で聞いたことがある。
もともと九十九坂には、乳神神社の退魔巫女がいたワケだし。
宝香さんは地元の名士として市長とも付き合いがあるようだから、案外、そのあたりの交流から市長は着想を得たのかもしれないね。
ただ一点、僕が個人的に気になっているのは……宝香さんもミク姉もマコ姉も、その海外退魔師一族とどうも折り合いが悪いっぽいんだよな。
僕が気にしてもしょうがないとは思うけど、古参と新参、家業的にも事業的にもぶつかり合うことが多いようで、あちらの話題になるとあからさまに不機嫌になる。
ミク姉とマコ姉に関しては、退魔師であるがために聖白園学園に通っているので、日々しのぎを削り合っているらしく。
何かあったっぽい日の乳神邸では、まるでフラストレーションを発散するかのようにスキンシップが激しくなって大変なのだった。
僕の煩悶と懊悩の日々は、そう考えると九十九坂市長や海外退魔師一族のせいでもあるのかもしれない……
ところで、退魔師に保護されなきゃいけないはずなのに、どうして僕が退魔師の学園ではなく一般の学園に通っているかと言えば、そこにはこんな理由があるそうだ。
〝未成熟な退魔師志望や見習いも在籍する学園では、退魔師修行の妨げになる恐れがあるため、不要な誘惑や不埒な欲望を刺激しかねない男性の立ち入りはご遠慮願いたい〟
要するに隔離だけど、逆効果じゃね? と僕は思った。
真面目一徹に生きて、小さい頃から真面目であることを望まれて育てられた前世の体験から言わせてもらえれば。
そういう教育方針って、だいたい十代の後半から成人前後に差し掛かるにつれて、反動のビッグウェーブがやって来るからね。
現に乳神家の三人も……うん。
梅雨の放課後は、雨が多いのでバスを利用して下校する生徒が多い。
しかし、九十九坂学園に通う生徒は他の街の学生と比べて、さらにバス利用者が多いだろう。
西暦2200年代。
一度は高度に発展したものの、戦火によって衰退した世界の文明力。
九十九坂はまるで、平成初期の日本だ。
田舎であるため、僕はさらにノスタルジーを刺激される。
なんというか、日本人なら誰もが共有しているであろう〝あの夏〟という名の概念記憶に近い。
とはいえ、やはりこの世界は僕の知る世界の過去そのものではないし、決して古臭いばかりでもないのだ。
高度に発展して今なお現存する未来技術のなかには、人口精子開発やデザイナーベビーの分野以外にも、自動車運転の完全無人化、AI制御による道路交通などがある。
九十九坂は坂道が多いので、徒歩通学にしろ自転車通学にしろ、汗ばむ季節には「冷房の効いたバス一択でしょ」と考える生徒たちもまた多い。
校門を見下ろせる校舎の窓からは、バス停へ向かっていく色とりどりの傘があって、紫陽花の花壇とはべつに幾つもの大輪の花が咲き乱れているようだった。
月曜日の放課後。
窓を叩く雨粒の蛇行を尻目に、僕は文芸部の部室へ向かう。
意外に思われるかもしれないけれど、僕は文芸部員だからだ。
九十九坂学園に入学した当初、前後左右全方位向かうところに女子あり! な環境に意気を燃やしていた僕だったけど、さすがに学び舎という一種の閉鎖空間で常に針の筵は緊張状態の連続で堪えてしまったんだよね。
今では慣れたものだけど、一年の最初の頃は男子トイレ以外で楽になれる場所を探して、学園内をうろうろしたものだった。
──ちなみに、これは完全な余談なんだけど、男子トイレはもともと女子トイレだったものが簡単に改修されたもので、まさかの個室オンリー。この世界の女性は男性の立ちションに理解が無いのか……べつに構わないのだけど、座ってするときはちょっと注意しないとチンコが便器にぶつかったりするので、僕はこういうところで地味にモヤモヤしていたりする。
それはさておき。
九十九坂学園にはギャルが多いって話はさっきもしたね。
翻って、真面目系な生徒は少数派だとも。
そこで一年の時の僕が目をつけたのが、昔は活動されていたけど今は廃部になってる文化系部活動だった。
過去に活動実績のある文化部なら、専用の部室もあったはず。
ならば少々ずるい力を使ってでも、そこを僕個人の休憩所として利用できるように復活させたい。
現在進行形で活動中の部活動はダメだ。
目的はひとりで、気を楽にできる時間を得ること。
運動部に入るつもりは最初から無かった。
僕にはパーソナルトレーナーもいるし、日常的に体は動かしている。
スポーツに対して娯楽以上の興味は無かったので、担任教師に相談して密かにGETしたのが、そう。
九十九坂学園校舎二階、空き教室だらけのゴースト棟にあるこの文芸部だった。
すぐ近くには階段もあって、踊り場をクルッと降りれば一階には図書室もある。
なので、暇なときはサッと本を借りてきて部室で読んだり、それなりに悠々自適な時間を謳歌していたのだった。
が、一年間のお気楽文芸部活動(週に一句の俳句作りと部誌(電子ファイル)への記録だけ。特に選考に出したりはしない。そもそも選考委員とかが今の日本には無い)も二年になって終止符が打たれてしまった。
担任教師にはお願いですから秘密にしておいてくださいと頼み込んでいたんだけど、彼女も教師として悩める生徒の助けになればと。
今年度になってひとりの女子生徒に、文芸部を紹介してしまったらしい。
まぁ、部員数ひとりなのに部活を名乗るのももともと無理はあったし、九十九坂学園での生活にもすっかり慣れた僕にとって、一年前に抱いた個人的なワガママを何が何でも貫きたいなんて気持ちはもはや無かった。
部員が増えるなら、喜んで歓迎しよう。
──気の休まらない環境で男性が精神的な疲弊を訴え要望を出しているのに、その要望を却下するんですか? なんて。
いま思えば、担任教師には悪いことをしたと反省している。代価は払ったとはいえ、あのときの僕は普段のポリシーを曲げかけていた。
そう反省する僕をよそに、先生はむしろ僕との個別な繋がりができたことに喜んでいるフシさえあったけども。
ともあれ。
「でも、安心して! その子、人付き合いが苦手だから、慣れるまでは今後も文芸部の存在は絶対公言しないわっ!」
「はぁ。それは構いませんけれど、つまり先生は、僕にその子と友だちになって欲しいんですね?」
「無理にとは、もちろん言うつもりないわよ? でも、落ち着いた雰囲気の子だから、柊木くんのほうがクラスの子たちより相性が良さそうなのよ」
「ふぅん? でも思い切ったことを考えましたね」
「え?」
「普通、そういうのは同性で同じタイプの子と繋がりを持たせたほうが、何かといいんじゃないですか?」
この時点の僕に想像できたのは、典型的な陰キャ女子のイメージ像だ。
陰キャは統計的に性別関係なく対人スキルに乏しいとはよく言われているものの、やはり異性より同性のほうが割とすんなり打ち解けやすいんじゃないかなって思ったのである。
だが先生は「たぶん平気よ」とハッキリ言った。
たぶん、と枕詞に付けた割には、かなり迷いのない語調だった。
「と、おっしゃいますと?」
「実際に会ってみれば分かるわ。じゃ、申し訳ないけどお願いね!」
「怪しいな……」
理由を尋ねた僕に詳細な説明を避け、逃げるように背中を向けた先生。
怪訝に思うのは、僕じゃなくても当然だろう。
さりとて、僕も所詮は一介の男子生徒に過ぎない。
文芸部の部室の鍵は、先生から手渡されて部活中のあいだだけ手元にあるもの。
こういうお願いを拒む理由も無かった。
ので、そんな経緯で僕は彼女に出会った。
四月中旬。
桜の花弁も次第に、緑葉に席を奪われつつあった春の日。
文芸部の部室で、僕が新入部員の来訪をお茶菓子と一緒にドアを開けて待っていると、彼女は目を離した隙に──いた。
「オ、男ッ……ほんとうにっ、男! いる……! すごいぃ……! 動いてるッ、息してる……ッ、しかもッ、思っていた数億倍カッコいいよ……すごい、すごすぎッ、て! 体温っがッ──!」
壁から顔を、目元の部分だけ覗かせてクラリクラリ。
メガネをかけた黒髪セミロングの少女が、そのレンズを真っ白に曇らせながら、独特なスタッカートを効かせて僕を見ている。
いや、その眼差しは見ているなんて可愛らしい代物じゃない。
凝視。レンズが曇っていてもハッキリ分かるほどに、凝視。
「なるほど。あ、そういうタイプね?」
僕の理解は、自分で言うのもアレかもしれないけど、たぶん世界記録が狙えるくらいに早かったんじゃないかな?
なにせ、この世界で男として生きていれば、この手の異性にはどうしたって遭遇する。
多少見た目にクセがあっても、男というだけでフィルターがかかる例もある。
だから初対面でカッコいいとか言われても、それを鵜呑みにしてズガタカになってはいけないよ。
籾下萌美奈。
彼女の属性は、黒髪セミロング前髪長め。気弱そうな片目隠れタレ目。実家が太いのか良い暮らしをしていそうなムチムチモチモチ肌。大人しそうな童顔爆乳。後輩。文学少女。文芸部。黒縁のメガネ。デッカくてちいちゃい。チビ。トランジスタグラマー。恋愛小説オタクで同人小説家。
そして、異性への免疫が無さすぎてキョドリまくる感じの陰キャではなく。
むしろ、異性との接触経験が無さすぎて、異性に対してガッツリズッシリ、憧れと興味とクソデカ願望を抱えている感じの陰キャ(実害は無いタイプ)である……
その後の数日で、僕は先生の言葉の意味が充分に分かった。
だって何日か経っても、
「籾下さん」
「ひゃ、ひゃ〜ッ!」
「落ち着いて、籾下さん」
「私はすごく落ち着いてますですッハイィ!」
「ぜんぜんそう見えないから、深呼吸しよう?」
「ひっひっふ〜! ひっひっふ〜!」
「それラマーズ法じゃないかな?」
「! ごッ、ごごごめんなさいッ!」
「あ、いいんだよ。僕は籾下さんが落ち着いてくれるなら、何でもいいんだ」
「やさしぃ……どうしよぉ……こんなのすごい、すごいすごいすごいッ! ほんとに二次元みたい……! どうしよぉ、夢みたいだよぉ、理想だよぉ……!」
「おーい、籾下さん?」
彼女は一度自分の世界に埋没すると、心の声が独り言という形で漏れ出てしまう女の子だった。
しかも、それが割と高頻度で起こる。
僕はしばしば、籾下さんを現実に引き戻すために目の前で、手を振ったり指パッチンをしたりしなければいけなかったほどだ。
とはいえ、それがイヤだったワケじゃない。
むしろむず痒くて、僕はすぐに籾下さんに好感を抱いてしまった。
僕は僕のことが好きな人間が大好きだ。
それが女性ならなおのこと。
したがって、それから程なくしてだいたい梅雨に入る前あたりには……
「柊木先輩……!」
「ん。や、籾下さん」
「その……今日もオリジナル創作の手伝いを! お願いしても……?」
「うん。いいよ? 今日はどんなセリフとシチュエーション?」
「──っ! えへえへへっ! 今日はですね……『高身長俺様王子様が実は溺愛彼氏で喪女チビ彼女の私をヤンデレ気味に甘々っと蕩けさせる件について』シリーズなんですけど……!」
「ふむふむ」
「わ、私チビなので、実際に背が高い男のひとにハグされたり……壁にドンッ! ってされたら、どうなるのかな〜……? ってのが分からなくて……」
「オーケー。セリフは、いつもみたく端末に送られてきたヤツでいいの?」
「はっ、はい!」
このように、籾下さんが書いているオリジナル恋愛小説の貴重な参考資料として、ヒーロー役のプロトタイプを引き受けるようになったのだった。
最初は反射的に度肝を抜かれたけど、女性だって異性に都合のいい理想を押し付けたい時もあるよね。
逆に言えば、籾下さんのお願いに応えることは、女性がどんな言葉や振る舞いにトキメクかの重要な情報源になり得る。
すなわちそれは、僕が全自動メス顔晒し機になるためのショートカットに違いない。
僕は覚悟を決めた。
籾下さんの書いた恋愛小説の登場人物の仮名が、僕と籾下さんの実名なのは気になったけど。
梅雨の雨は文芸部の部室を、ふたりきりの特別な時間に変える。
高身長俺様王子様(実は溺愛彼氏でヤンデレ気味)役:柊木柚子太郎
喪女チビ彼女役:籾下萌美奈
Situation.1 〜背後から突然抱きしめられキスを強要される〜
「おい逃げんなよ」
僕は籾下さんの小柄な背中を、背後から抱きすくめるように両腕を回した。
右腕を使って籾下さんの肩上から鎖骨上を。
その上に左腕を被せるようにして、体重差を意識させるように軽く覆い被さる。
そうすると、籾下さんの小さくて華奢なカラダと、不釣り合いなほどアンバランスに成長した胸がビクリと震えた。
「……やっ、やめてください!」
「は? なにそれ。今はダメって? ウケるんだけど。俺の彼女のくせに、何様?」
「オッ」
「抵抗しても、だーめ。ねぇ、俺とキスするの、嫌になったんじゃないだろ?」
「……でも、こんな無理やりみたいな……!」
「ハッ! だからだめだって。どんなに逃げようとしたって、絶対逃がしてやらないから。たとえ逃げても、すぐ捕まえるよ?」
台本にはここで耳元で囁くとあるので、その通りにする。
「なぁ、いいだろ? オマエみたいなチビ、こんなに愛してやれるのは俺だけだぜ」
「──オッ!」
「それに逃げても、そんな短足じゃこうやってすぐ捕まえて……俺に生意気な口を利いたその口から、たくさん気持ちいいって言わせてやるから。ほら、逃げんな……好きだよ、萌美奈」
顎を掴んで強制的に後ろを振り向かせる、とあるのでそのようにする。
籾下さんはトロンっとした顔で、ニヘラァっとし弛緩していた。ん? おかしいな……
「はにゃぁ♡ 私も好きですぅ♡」
「ええ? あれ、やっぱり台本変わった?」
「! ? ! ご、ごめんなさい! ちょっと間違えちゃいました……!」
籾下さんがアセっアセっしながら、コホンと咳払いする。
「そっか。そうだよね? 台本じゃこのあと、喪女チビ彼女はその低身長を活かして、モグラみたいに高身長俺様王子様の拘束をスルっと抜け出すんだもんね?」
「はっ、はい! そうです! それでえっとっ、壁際までは逃げられるんですけど……」
「宣言通り、また捕まっちゃうと……」
Situation.2 〜壁際で腕を掴み上げられてお仕置きされる♡〜
部室の壁際を背中にして、籾下さんはビクビクと怯えるような上目遣いで僕を見上げる。
その両腕を強引に掴み上げて、頭の上でクロスさせたら右手だけで壁に押さえつけた。
「っ、いたっ……!」
「痛い? 俺のほうが痛かったよ。どうして逃げたの? こうやってすぐ捕まえるって言ったよな?」
「だ、だってあんなの……!」
「黙れよ」
「オッ♡」
籾下さんの用意した台本には、ここで俺様王子様が喪女チビ彼女の腰を左手でグイッと引き寄せるとある。
なので、そのようにした。のだが、
((あ))
このとき僕と籾下さんの双方で、恐らくは想定外の事態が起こった。
((胸が……!))
そう。籾下さんのおっぱいが大きすぎて、腰を引き寄せた際に僕の胸板とおっぱいが完全に密着してしまったのだ。
しかも、僕の右手は依然として籾下さんの両手首を壁に押さえつけたままで、僕と籾下さんの体格差はかなりのもので。
腰を引き寄せるとなると、それは籾下さんのカラダを宙に反り返させるような強要となってしまっていて……
(うおっデッッッッッッッッッッカッッ!)
ブレザーでも常時パツ♡ パツ♡ ずしぃ♡ っとしている陰キャたわわッパイ……
ばいんっ♡ ばいんっ♡ とこちらの胸板上で弾み、バレーボールを二つ抱えてしまったんじゃないかと錯覚させるほどの……
(あ、甘い匂い……)
加えて、そのときフワッと上がった前髪から垣間見えた素の表情……まだあどけなさの残る女の子然とした顔つきが意外なほど可愛いのもあって……
性的な衝撃でドキドキしているのか、真っ赤になっていたのがとてつもない破壊力だった。
(こんなのもう片目隠れ文学少女というより、隠れS級爆乳美少女だろ……!)
だというのに、籾下さんはまだシチュエーションの続行を望んでいるのか。
「こ、こら〜っ……離し、なさ〜い……」
蚊の鳴くような声で、セリフを発した。
チンチンがゾクッとした。
女の子が頑張っているのに、男がここで引き下がるワケにはいかない。
僕は内心の動揺をいつもの技で封殺し、必死に台本を思い出してこの後の展開を確認した。
えっと、まずは左足を喪女チビ彼女の足の間に挟んで、膝を使ってスカートをたくしあげる……!
そしてそのまま、有無を言わさぬキス……!?
「舐めやがって。もうだめだ。俺がどれだけオマエのことが好きなのか、ここで証明してやる。大好きだよ、萌美奈……」
「────っ!!」
僕の膝が籾下さんの足の間に差し込まれて、ゆっくりとそのスカートの裾を持ち上げていく。
白くムッチリモチっとした太ももの肌が、放課後の文芸部室で密かに暴かれる。
膝はどんどん女子の股座に近づいていく。
その稜線に、膝の輪郭が触れるか触れないかといった時。
籾下さんは僕の足の上と手のひらの上で、湯煙を上げそうなほど真っ赤になって固まってしまい……いやこれ、本当に湯気出てない?
「アツっ……あ、えっと、籾下さん?」
「ご、ごめんなさいもうムリですぅぅぅぅ……!」
「ウォッ!?」
こちらが力を緩めた途端、彼女は凄まじい発汗とともに脱兎のごとく自身の学生カバンに駆けた。
中から取り出したのは、市販でよくある制汗スプレー。
籾下さんはそれを、プシューッ!! と、思いっきり自分にかける。
呆気に取られた僕が困惑していると、
「せ、先輩すごくいい匂いぃぃぃぃ……♡」
籾下さんは謎の捨て台詞を残し、部室を去っていった。
どういうこっちゃねん。
僕からいい匂いがするとしたら、それは乳神邸の大浴場と高級洗髪料のおかげだと思うが、べつに籾下さんからも変な匂いなんてしなかったのにな……
(でも、女の子に男じゃなくて僕自身を、意識させることに成功したんだとしたら……)
この文芸部での活動も、まだまだやりがいがありそうだ。
しかし、女の子の読む恋愛小説ってこんなにエッチなものなんだろうか……
今度僕も、彼女の愛読書を買って感想を言い合ったりできたら、籾下さんは喜んでくれるかな?
ああ──
梅雨空に 香る花の名 汗っかき