3 黒髪ロング姫カット和風爆乳美少女JK退魔巫女・双子姉妹の妹で血の繋がらない姉と着せ替えで……
ミク姉こと乳神美丘には、筋肉フェチ潜在的Mという一面がある。
彼女の自室に行くと、まず驚かされるのはジムも斯くやと言わんばかりに揃えられたトレーニンググッズの数々だ。
乳神邸の敷地内には道場もあり、それとは別に家族共用のトレーニングルームまであるにもかかわらず、ミク姉は自室でさえ筋肉の魅力に取り憑かれているらしい。
特に、ミク姉のお気に入りはトレーニングチューブやエクササイズバンドを使った種目のようで、よく自分の身体にバンドを巻き付けたり、あるいは締め付けたりしながらチューブを伸ばしている姿が散見される。
……不思議な話ではあるが、僕が部屋の前の廊下を歩く時や、ちょっと近くの部屋に用があったりする際、ミク姉は何故か戸を閉め忘れていたり、急に吐息や呻き声の質が艶っぽくなったりするのだ。
本人に自覚があるかは分からないけれど、僕に見られることや僕に気付かれるかもしれないといった環境で自分を虐める行為に、もしかすると何かしらの興奮を得ているのかもしれない。
僕は非常に喉が渇く。たとえ二十五歳の精神年齢があったとしても、異性としてあれだけ魅力的な少女に自分が潜在的に性的消費されているかもしれないとなっては、生唾を飲み込むだけでは到底満たされない渇きを覚えるのも必然だ。
梅雨の時期は暑かったり涼しかったりと、ハッキリしない天気が多い。
卑しい空め。このもどかしさをどうしてくれる?
そんな想いに囚われながら、僕は今日もミク姉の部屋の前を歩くことをやめられない。おお! なんということだ! 卑しいのは僕だった。
いけない。これじゃあまるで、エサの香りに誘われる飢えた痩せイヌ。僕の理想は逆で、女の子の方が僕のフェロモンに惹きつけられて勝手に悶々してしまう全自動メス顔晒しDAYSなのに。
朝のシャワーを冷水で浴びて、首を振って、意識をシャッキリさせる。
乳神邸のお風呂は、お風呂というより大浴場と呼ぶべき様相だ。
山の温泉から源泉を引いているらしく、その気になればいつでも温かなお湯に浸かれるものの、上昇した体温のせいでそんな気にはなれなかった。
濡れた身体を拭いて、脱衣所の扇風機で火照りが冷めるのを待ち、汗が引いてきたところで浴衣を着る。
九十九坂に来る前までは、和装を普段使いすることは無かったけれど、浴衣や甚平は風通しがよくてこの時期になると快適だ。
髪はやや濡れたままだったが、ドライヤーの温風を煩わしく思ってそのまま出た。
タオルを片手に、濡れた髪を軽く抑えつつ。
ミク姉の部屋の前を気持ち足早に通過して、自室に戻る。
今日は土曜日。学校は休み。そして午前中から予定がある。
天気は曇り。しかし、白さの目立つ明るい曇り空なので、雨は降らないだろう。
僕は今日、ミク姉ともうひとりの黒髪ロング姫カット和風爆乳美少女JK退魔巫女、マコ姉。三人で一緒に服を買いに行く。
〝男性の身体と健康を守るための日常的運動の義務〟に伴って、雨の日のトレーニングサポートを引き受けてくれているのがミク姉ならば。
〝男性の心身を健やかに豊かにたらしめる衣食住の維持〟に伴って、とりわけファッション部分のサポートを引き受けてくれているのが乳神舞恋、通称マコ姉。
彼女の属性は、色白。清楚な美人顔。パッチリとして鈴を張ったように澄んだ黒瞳。スベスベプルプルとした艶めきスキン。義姉。先輩。歳上。女子高生。巫女さん。あらあらまぁまぁ系。甘やかし屋。意外と頑固。元華道部。ブラコン。真面目。温和。生徒会長。こけし蒐集癖。風呂好き。アロマ好き。などなど。
僕はマコ姉と呼んでいる。何故ならミク姉をミク姉と呼んでいるのに、双子の片割れである舞恋さんを愛称で呼ばないままでいたら、ぷくーっ! と頬を膨らまされたからだ。
およそ十一ヶ月ほど前、
「ねえ、ゆーくん? ミクちゃんのことはいつの間にかずいぶん可愛い呼び方なのに、私はまだ舞恋さんなの?」
「えっと、舞恋さん……?」
「あ〜、また言ったぁ〜! お姉ちゃんイジケちゃうなぁ〜?」
「──それじゃあ、マコ姉」
「! あら。あらあら。まぁまぁ! なぁに? ゆーくん? 私たち本当の姉弟じゃないのに、お姉ちゃんに甘えたくなっちゃった?」
「ちょ……! 近いですよ……!?」
「え〜? いいでしょ〜? 頭ナデ♡ ナデ♡ してあげるわね〜?」
と、そのような感じで。
一応ミク姉の方が姉妹のなかじゃ姉らしいのだけど、妹であるマコ姉のほうが、なんというかこう……『お姉ちゃん感!』はものすごく強いのだった。
双子だし、僕からしたら二人ともひとつ上のお姉さんなことに変わりはないんだけども。
にしても、マコ姉の甘やかしたがりは世の男子にとって非常に毒だ。
ただでさえおっぱいが大きくて母性を感じずにはいられないのに、こちらを歳下──否、いっそ幼児だとでも思っているのか。
彼女のなかの姉スイッチがONになると、途端にボディタッチに遠慮がなくなるし、距離感も異様に近くなる。
座椅子にもたれかかっている時に一度、背後から「ゆーくんみ〜けっ!」と抱き竦められた際には、首に伸し掛かった柔らかな重みによる衝撃で頸椎が損傷するかと生命の存続を思わず危惧したほどだ。
その後、ヘッドロックに近い体勢で頭を撫でくり回されたので、回復力が勝り結果的に差し引きゼロのダメージにはなったんだけども……
いかんせん。こちらを可愛らしいショタ弟とでも誤認しているかのような振る舞われ方をしているので、油断していると容易くこちらは完堕ちのリスクに追い込まれる。危険である。そういう意味では、僕の天敵はマコ姉なのかもしれない。
さて、そんなワケで旧都の街へやって来た。
乳神家は古くからの社家ということもあって、九十九坂では主に旧都との地域的繋がりが強い。
由緒正しき乳神神社の巫女で名家の生まれとなれば、双子姉妹が僕を連れ出す場所も必然的に相応の格式張ったお店が多くなる。
伝統的で文化的な日本家屋が建ち並ぶ古都風の通りで、大抵の場合、二人が僕の服を見繕うのに使うのは彼女たちも贔屓にしている呉服屋さんだ。
呉服屋。
すごいぜ。普通の高校生だったらまず使わない単語だもんね。
店内に入っても、まずは畳の上に上がって衝立の奥に引っ張られ、次々に高級そうな着物を着せ替えられる。
最初はまったく気乗りしなかった。誤って転んだりして服を傷つけたら、とんでもない額だと思ったからだ。
でも、半年も同じようなイベントがあれば、さすがに慣れる。
何より、僕が着飾って軽くポーズなんかを決めたりすると、ミク姉もマコ姉も驚くほど喜ぶからね。
正味、男のファッションショーなんて華が無いとは思ったけれど、彼女たちの目には充分に『楽しい画』として映っているようだから、そのニコニコ笑顔を見るために、こちらも自然とむくむくサービス精神が湧き上がった。
ミク姉は僕に、大正ロマンだかモダン的な和洋折衷ファッションを着せることを好んでいる。
特に着物+インバネスコートやブーツといった、分かりやすくスタイリッシュでハイセンスな格好が好みど真ん中でストライクのようだ。
呉服屋にも洋物があるなんて、僕は九十九坂に来るまで知らなかった。このお店がそういうお店なだけなのかな?
もっとも、さすがに初夏が目前なので、今日の呉服屋にはコートもブーツも無かった。
去年の冬とかだったら、ミク姉は僕に伊達メガネなども装着して、「ゆ、柚子くん……あとでお姉ちゃんのこと、ぶっ……」「ぶっ?」「う、ううん! 何でもないの……」と怪しい発言をしていたところだが。
今日のミク姉は「ぁ、これ可愛い……」などと浴衣なんかを大人しくチェックしている。女の子らしくて実にいい。
一方で、マコ姉は季節関係なく僕を着せ替え人形にして遊ぶプロだ。
「サマーニット、サマーカーディガン、サマージャケット。洋服の羽織り物もいいけれど、夏と言ったらお祭りでしょ〜? 大和男児には、やっぱり法被とか甚平が似合うと思うのよね〜」
「う、う〜ん。でもこれ、ちょっと『夏男』すぎないですか?」
波飛沫とか桜とか、とにかく和柄なのはともかく。
なんだか旗を振ってダンスパフォーマンスをしながら練り歩いている感じ、といえばベースイメージが伝わるだろうか?
ぜひ想像力を総動員してもらいたいのだけど、いま僕の前にあるのはそれに暴走族とかヤ●ザとかに特有の色彩センスが加わったもののというか。
めっちゃオブラートに言えば、パッと見た印象、派手派手なオラオラ系である。
マコ姉のメンズファッションセンスは、意外とクセが強い。なんでこんなのが上品そうな呉服屋にあるんだよ! 女将っぽい店員にWhy!? と視線を送るが、ポッと頬を染められた。違う違う。そうじゃ、そうじゃなぁい!
しかし、これがマコ姉の望みなんだよな……
だったら! 僕は喜んでこの法被に身を包もう……う、うぅん、でも、あー、やっぱさすがに、これは派手すぎないか〜? 夏祭りの一環としてパフォーマーが着てる分にはまだギリギリ衣装で済むけど、これを普段使いに使うのは正直人格を疑われるっていうか、素でオラオラしてる感じがしてイタイタしいって言うか──!
「僕としては、もう少しシンプルな柄のほうが、使い回し安くていいかなぁ〜って思うんですけど……」
「え」
瞬間、普段は甘やかし屋なマコ姉が、僕の難色を敏感に察したのか。
見る見るうちにシュンとしていき、
「ぁ、そ、そうだよね。ゆーくんは、気に入らないよね……」
「ごめんなさい。超気に入ってました。実はもうこれしか目に入ってないです。シンプルな柄? 男ならやっぱりこれくらい派手に行きたいですよね!」
倶利伽羅モンモン千手観音バッチ来い。
僕がそのくらいの決意でマコ姉に振り返ると、
「え、でもそんな……ゆーくん無理してない?」
マコ姉はまだしょんぼり中。
くそぅ、こうなったらスパダリモード全開だ!
「まさか。僕はマコ姉のセンス、好きですよ」
「ぁ……ゆーくん!?」
軽く身体を屈めて、目の位置を合わせてマコ姉の手を取る。
そして真剣に、やや声を低めてハッキリ同じ言葉を続けた。
「僕はマコ姉のセンス、好きですよ」
色白な和風爆乳美少女は朱に染まった。
そして照れ顔を誤魔化すように商品棚の方にくるり。
「も、もう! ほんと〜!? じゃあこれとあれとそれも! お姉ちゃんたくさん買ってあげるわね!」
ルン♪ ルン♪ と笑顔になったマコ姉。
僕は密かに安堵の息を吐いて、フッ、と笑った。
──九十九坂市民の皆さん、今日から僕が九十九坂一の勘違い夏野郎です……
仕方ないね。そもそも買ってもらってる立場でもあるんだし、女の子の涙に比べたら男の意思なんて、小学生の時に図画工作の授業でいじった毛糸モールくらい簡単に曲げられるものさ。
あと、飛び跳ねるようなスキップで揺れるおっぱいさえ見れるのなら、この程度のレッテルは甘んじて受け入れよう。Foo! キッツゥ! Yeah! 天上天下唯我独尊だZE!
けれど、僕の試練はまだ終わっていなかった。
法被を買ってもらって呉服屋から帰り、お昼を三人で近くの喫茶店で済ませた後。
乳神邸に戻り、僕はマコ姉の部屋に呼ばれた。
ミク姉の部屋にはトレーニンググッズが多いことは冒頭でも触れた通りだが、マコ姉の部屋にはこけしが多い。
一風変わった趣味だが、マコ姉はこけしコレクターでこけしマニアなのだ。
日本人形とかに少なくないホラーみを感じる僕としては、ちょっと苦手な空間だったりする。
が、今の僕にはたくさんのこけしたちよりも、遥かに気になるものがあった。
「マコ姉……いま、なんて…?」
「え、えっとね、ゆーくん。これ、着てみて欲しいの……」
下手したら午前中の呉服屋の時よりも、ほっぺを赤く染め上げながら。
マコ姉が珍しく言い淀みながらお願いしてきたのは、青天の霹靂。
彼女はいま、僕の前でメイド服を持ち上げている。
もちろん女物だ。メイド服に男物など無い。ご丁寧にフリフリのホワイトプリムとストッキングまで付いている。
僕は混乱した。なんで? どうして?
呉服屋であんなにも男性ホルモン過多な法被をチョイスしておいて、なぜ急にメイド服? 女装?
このひとは僕をどうしたいのだろう……
呆気に取られて沈黙していると、マコ姉は少し焦った顔になって説明してくれた。
「そ、そのねっ? 私、男のひとには男らしい格好をしてもらうのが好きなの!」
「知ってます」
「だ、だよね? でもねっ? ゆーくんはこう考えたことはない? 女装って男のひとにしかできないでしょ? それってつまり、男のひとのファッションで最も男らしいスタイルって女装なんじゃないかしらって……!」
ふしゅー! と、少し鼻息荒く早口なのがイヤだった。
何を言ってるんだこのひとは? さては気の早い夏風邪にでも罹ったのか?
理解し難い論調にとりあえず反論をお出ししたい僕は、しかし論理的に回る思考回路とは裏腹に舌のほうはすんなり回ってくれなかった。当然だ。ただの女装ならまだしも(まだしも!?)、僕の前にはメイド服があるのだ。
幸いなのは、それがメイド喫茶とかの萌え萌えな感じではなく、クラシカルなヴィクトリア朝スタイルでロングスカートな点だろうか。クソッ! まさかお昼に寄った喫茶店が伏線だったなんて……!
「え、っとぉ……」
「うん!」
ヤバい。何かを言わなきゃいけない。
マコ姉は明らかに期待したテンションで、僕の好意的なリアクションを待っている。
正直に言えば、断りたい。
だけどそれは、マコ姉を悲しませる結果に繋がりはしないだろうか?
いったん様子をうかがってみる。
「ちょっと整理させてくださいね?」
「整理?」
「はい。まず、女装が男にしかできない行為だから、翻ってそれが最も男らしいメンズファッションなんじゃないか? って理屈は……ちょっとまだ理解が追いつかないです」
「そう? 私にとっては、ものすごく明快なんだけど……」
「えっとですね……その理屈が正しいことになったらですよ?」
僕はなるべく相応しい言葉を探して、ゆっくり疑義を呈した。
「男にしかできない行為。極論それは、ホモセックスが一番男らしい行為だと言ってるようなもので、ほら、論理が飛躍し過ぎちゃってるんじゃないかなぁ〜?」
「ホ モ セ ッ ク ス !?」
「声がデカい!」
失敗した。名家の和風お嬢様に、とんでもない言葉を聞かせてしまった。
なんだかんだ箱入り育ちだからか、マコ姉は驚愕し、動揺のあまりかメイド服を床に落としている。
口元を抑えて、耳まで真っ赤になって。
そして恐る恐る……
「ゆーくん……そっちのケが……?」
「ないですよッ!!」
「ダ、ダメよ、ゆーくん……! た、たしかに昔はそういう人たちも多かったみたいだけど、今の世界は圧倒的に人口不足なのよ!? お姉ちゃん、許しません!」
「聞いちゃいないし!」
気が動転しているあまり、マコ姉は僕の言葉を聞いていない。
が、そのおかげかどうやら、メイド服と女装についてはスッカリ意識から抜け落ちてしまったのか。
マコ姉は「このままじゃゆーくんが異性間結婚の不適合者に……!」と思考暴走している。
そして、何をどう歯車を回したのか、
「ゆーくん! ちょっと後ろ向いててね……!」
「え?」
「お姉ちゃん脱ぐから! 弟のためにひと肌脱ぐから……!」
「!?」
パチリ、シュルッ!
僕は急いで後ろを向いて、突然始まった脱衣劇に度肝を抜かれてしまった。
そうしている間にも、マコ姉はスカートのチャックを下ろしてブラウスのボタンを外し、カチッ、スルッ、とブラジャーのホックまで外しているような音まで……! え、なんだこれ? 僕、死ぬの?
鋭敏になった聴覚と嗅覚に、男の本能の浅ましさを感じる。
やがて、宇宙が消滅して再び天地開闢するんじゃないかと思えるくらいの短い時間が経った頃。
「もう、こっち見ても大丈夫よ……?」
「は、はい……」
僕は見た。目蓋を開けて、しかと見た。
畳の上で素足になって、生足を大胆に晒しつつも、恥ずかしそうに内股になって、大きすぎる胸を庇うように両手で隠し。
「こ、これね? 本当はもう少し暑くなったら、海で着ようかなって思ってたやつなんだけど……」
「デッッッッッッッッッッッッッ──」
「あ、あははは……! 去年のだから、ちょっと小さくなっちゃったみたい……! でもどう!?」
白の清純派ビキニ姿になって、マコ姉は自分のおっぱいを下から支えるように持ち上げる。
「ゆーくん、好きよね? お姉ちゃんの、こ・れ・♡」
「ッッッッッッッカッッ──!」
「あらあら、まぁまぁ♡ お姉ちゃん、安心したわ♡ おっぱい好きで、えらいえらい♡ いい子いい子♡」
ガクリ! そんな甘やかし方があるかよ……
僕は膝を屈し負けそうになっている自分に叱咤を入れたが、気づけばマコ姉に頭を撫でられやすいように頭を差し出していた。こんなの、故に撫助じゃないか……
ああ、夏の潮騒が聞こえる。