14 茶髪ミディアムウルフ爽やか清楚な高嶺の花系ヘアピン新任胸部特大担任教師・元カリスマトップアイドルの年上お姉さんとご自宅マンションで……
目が覚めると、見慣れない車のなかだった。
「あ、起きた?」
「先生……?」
「天之川先生から聞いたわよー。軽い熱中症だったみたいね?」
「熱中症……そうだ。僕、保健室にいたはずじゃ?」
「外見て? もう十九時なの」
自動運転の車内に、街灯の明かりが幾つも通り過ぎていく。
外は暗く、すでに夜と呼んでしまえる時間帯のようだ。
隣に座る先生は、左腕の手首の内側を見下ろして腕時計を指差す。
状況はなんとなく察せられた。
「すみません、先生。知らないうちに、送ってもらう流れになったみたいで……」
「いいのよ。最初は天之川先生が送ろうとしてたんだけど、車持ってる私のほうがこういう時は適役でしょ? 一応、担任だし」
「癒月先生、車持ってないんですか?」
「そうよ? ほら、通勤も徒歩かサイクリングの健康志向ウィミンだから」
ウーマンの発音が、やたら流暢だった。
それはともかく、じゃあ、癒月先生は僕のためにわざわざタクシーでも拾うつもりだったのか?
くそぅ、あの状況でまさか、こんな時間になるまで眠ってしまうなんて。大人の包容力にズブズブ甘えてしまった。
正確には甘えさせられたというような感覚もあるけれど、柊木柚子太郎、今回はかなり不覚を取ったと言わざるを得ない。
(理想は遠いなぁ……)
ちょっと凹む。
この状況じゃ、乳神家の三人にも今頃かなり心配をかけているだろうし、帰ったら気を取り直して一層精進しないといけないな。
心配をかけたお詫びとして、今晩からスパダリモードを強化していこう。どんなお願い事にも全肯定で全身全霊で応えていくぞ。
癒月先生のアマアマムズムズおっぱい添い寝のおかげで、心なしか僕のカラダはスッキリとしている。
やっぱり、精神を癒してもらえたのが大きいんだろうね。
あれだけグツグツと煮立つマグマのようだった煩悶が、いまはフツフツ沸騰のし始めぐらいで落ち着いている。
気持ちを理解してもらえて、苦しみを共有してくれる誰かがいるのって素晴らしいことだと思うよ。
ヒビの入ったタガは修復された。たぶんだけど、そんな気がする。
「って、あれ? 先生、こっちの道って新都のほうじゃ……」
「あ、ごめんごめん。柊木くんを送っていく前に、ちょっと私の家に寄らせて?」
「え、先生の家ですか?」
「実は今日、宅配を頼んでたの。置き配にしてあるから荷物はもう届いてるんだけど、あんまり長時間外に放置しておきたくない物だから、それを回収してからでもいいわよね?」
「先生、一人暮らしですもんね。そういうことなら、僕はもちろん構いませんよ」
「ありがと! さすが柊木くん。お家のひとには連絡してあるから、ちょっと帰るのが遅くなっちゃうけど安心していいわよ」
「すみません、僕のほうこそありがとうございます。先生にはいつも、お世話になってばかりですね」
「お世話って、文芸部のこと? いいのよ。ちゃんと対価はもらってるワケだし……なんなら、今日もお願いしちゃおうかな? って企み中だったりして」
くすっ、と。
先生は妖しげに笑う。
夜の街灯に照らされて、大人の色気が滲むような横顔で。
仕事終わりだからだろうか?
どこか気怠げな雰囲気もあいまって、僕は少しドキッとした。
蜜峰貴音。蜜峰蕩夏のお姉さん。
狭い車内。
だんだんと寝ぼけ眼がクリアになってくると、肩の近さや吐息の近さに意識が向かう。
この女性の属性は、茶髪のミディアムウルフカット。ブラウンのパッチリアイ。爽やかオーラ全開なのにボンッキュッボンッ。顔はシンプルに可愛い系。女教師。新任。担任教師。補習授業係。資料準備室でよく雑用してる。元カリスマトップアイドル。姉。高嶺の花。意外と私生活はだらしない。顔の良さだけで誤魔化すズボラな性格。汚部屋メーカー。衣装持ち。しゃがむとおっぱいが膝に乗って潰れる。
密峰さん──妹の蕩夏さんがアイドル声優を目指しているのも、元はと言えば姉である貴音先生が昔トップアイドルだったかららしい。お姉さんに憧れて同じ道を目指すなんて、またずいぶんと可愛らしいところもある。
けど、アイドル時代の貴音先生は、今の僕らと同じくらいの歳の頃には、すでに第一線でカッコいい系の路線で人気を集めていたようだ(意外なことだけど、この世界のアイドルは男の数が少なくなっても廃れなかった。キラキラして綺麗でカワイイ職種は、やはり性別関係なく人々を魅了するんだろうね)。
今の年齢は、たしか二十三歳だったかな?
まだまだアイドルを辞めるには若い年齢だけど、引退したのは十九歳の時で、理由はネット記事によると「アイドル業に嫌気が差したから」というふうに世間には伝わっている。
けれど、九十九坂学園での自己紹介の際に、貴音先生はハッキリ言った。
──蜜峰貴音です。知ってる子もいるだろうけど、元アイドルです。なんで教師になったのか、質問されるより先に教えちゃいます。ズバリ、青春を肌で感じるためです。
僕はあのとき、ハッと息を飲み込んだよ。
みくるさんやモカさんなどは、「えー? なにそれー!」「先生、モカたちと一緒に青春したいのー?」「アイドルが先生とかマジバズなんですけど!」とキャッキャしていたものだけど。
十代の前半から後半までを、あまりにもアイドル業に燃やし尽くしてしまった貴音先生は、どうやら僕と同じで青春にコンプレックスを抱いている。
つまり、学生時代に体験できなかったコトを、空気感だけでもいいから学校で目の当たりにしたい。
そういう願望の持ち主なのだと、直観的に理解できた。
驚くべきは、そんな願望を実際に教師になって本気で叶えようとしてしまえるつよつよバイタリティ。
さすがは元トップアイドルだと驚愕しながら、僕が親近感を抱いたのは当然だったと言える。
宝香さんにも通じるところがあるし。
で、そんな貴音先生なのだけれども──
「今日も、って……もう足りなくなっちゃったんですか?」
「そうなの……ほんとうに恥ずかしいんだけど、柊木くん……先生のこと、助けて?」
「分かりました。僕、精いっぱい尽くしますよ」
「ありがとう! 柊木くんになら、アイドル時代にやってた特別ファンサービス、いつでもタダでやってあげるからね!」
「それいつも言ってますけど、やってもらったこと未だにないような……」
「き、今日はシてあげるから! あれ、この歳になるとすっっごくっ! 恥ずかしいのよ……?」
「安心してください。どんなファンサか知りませんけど、先生なら絶対カワイイですよ」
「おっふ」
おっふ?
貴音先生は「やっぱナマの男の子からの褒め言葉は違うわねー……」と、からかうように囃しながら、突然窓の方を向いて首元をパタパタしている。
この程度の言葉、どうせアイドル時代に耳にタコができるほど聞いているだろうに。
きっと僕を、まだまだませたオスガキだとでも思って、いちいち本気で取り合わないようにしているんだろうな。
悔しいけど、いつかクリティカルを出せるように今は地道に経験を積み重ねていこう。
車が停車し、新都のマンション区画に着いた。
貴音先生の自宅は、どちらかと言えば旧都寄りのエリアに聳え立つ高級マンションの最上階。
元トップアイドルなので、お金はたくさん持っているようだ。
連れられて歩きながら、エントランスを抜けてエレベーターに乗り部屋まで向かう。
廊下に出ると、カツカツカツ。
ヒールが大理石模様の床を軽やかに叩いた。
長年の習慣だろう。貴音先生は長めの廊下を歩くとき、自然とモデルウォークになる。
腰が左右に揺れる黒のノースリーブニットタイトミニワンピ(癒月先生と同じで、また正中線にボタンがあるタイプだ。最近の流行りなのかもしれない)。
その上にある白のベルトと、首元を飾る品のいいネックレスも、貴音先生が身につけているものは何もかもが〝イイオンナ〟で統一されている。
(そりゃこれだけ綺麗な新任教師が入ってくれば、他の先生から雑用とか押し付けられたりもしちゃうよなぁ……)
ザ・女社会。
閑話休題。
「……じゃあ、開けるね?」
モデルウォークを後ろから眺め、文字通り女性のお尻をネチネチ追いかけている状態だった僕に、ピタッと立ち止まった貴音先生がチラリ振り返って宣言する。
これはまったくの余談だけど、背中からおっぱいが見えるってどれだけデカいカップ数なんだろう? 一説には蜜峰貴音がアイドルを辞めた理由には、十代の後半になって急成長した胸の大きさを業界全体でイジられ、事務所から〝パイドル〟なんて路線に舵を切られそうになったから──という噂もある。
妹の蕩夏さんともども、爆乳アイドルもといパイドル姉妹としてステージに立つ日も、もしかしたらあったのだろうか?
僕は深く頷いた。
ガチャリ。
玄関が、開く。
瞬間、目に飛び込んできたのは──
「キ」
ゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミッッ!!
ゴミィィッッ!!
某少年マンガのパンチラッシュを喰らったみたいな気分になるほどの、ゴミの山。
まだ玄関を開けただけで廊下しか見えてないのに、ハッキリと分かってしまう汚部屋空間。
そう。蜜峰貴音には生活力が無かった。特に、掃除スキルに関しては壊滅的なまでに!
「あっ、あー! いま〝キツい〟って言ったぁ!」
「言ってません」
「言った! ひどい! 言わない約束なのに!」
「いやだから、言ってないですって。約束したのは、〝キツい〟の三文字ですよ?」
「ああー!! いま言った!! どうせ思ってるんでしょ!!」
「何をですか……」
「蜜峰貴音なんて、蓋を開ければゴミ山暮らしの嫁き遅れ惨敗アイドルだって……!」
「いや先生はもう、アイドル辞めてるじゃないですか……」
「う、うぅぅ! どうせ私はロクな社会経験もなければマトモな恋愛経験もない一歩間違えたら社会不適合者のダメ人間よ……!」
「教師になってるから、少なくとも社会経験のほうは問題ないのでは?」
「まだ一年目だもん……! キミたち現役の子を見てると、ああ、私はもうそっち側じゃないんだなって毎日突きつけられながら働いて、もう心折れそうなんだもん……!」
ポカポカポカポカ。
貴音先生はやや涙目になりながら、羞恥心とかコンプレックスとかで赤く染まった顔で僕を叩く。
さっきまでのイイオンナは、何処に行っちゃったのかな?
言うまでもないけれど、ひどいのは部屋の現状であって僕じゃない。
僕はまだ「キ」しか言わなかった。そう、堪えたんだ。むしろ偉いと言って欲しい。
「先生。先生」
「うぅぅ……」
「僕がまた片付けてあげますから、泣かないでください」
「ぅぅ……ホント?」
「ええ」
「……ありがとう……ごめんね? 先生みっともなくて……」
「カワイイから全部許します」
「ダ、ダメだよ……そういうの。私、甘えちゃうよ……」
「僕も、先生に甘えて部活のこと黙ってもらってますから」
「……………………待ってて。ゴミ袋、取ってくるから」
ぷい、と顔を逸らして、貴音先生はゴミ山の奥へ波を掻き分けるように入り込んで行った。
まぁ、いつまでも玄関先で騒いでいても仕方がない。
幸いなのは、どのゴミもスーパーのレジ袋とか靴の空き箱とか、ショッピングの産物だろう紙袋などに入れられていて、床や壁にダイレクトに散乱はしていない点だ。
なお、ビールの空き缶とペットボトル、燃えるゴミと燃えないゴミ、そういう分別はまったくされていないので、ご愛嬌である。
さて、ここまでくれば話は見えてくるかな?
これまで何度か登場していた対価というフレーズ。
その正体は、うん。部屋の掃除だ。
掃除。掃除が足りていないんだよ、貴音先生の部屋はさ。
なお、お金あるんだし、どうせだったら業者に頼めばいいじゃん? ってな意見は最初から論外である。
僕も一番はじめに思ったけど、これでも貴音先生は元カリスマトップアイドルなので、下手に見知らぬ他人に部屋の中に入られると、盗難とか情報流出とかコンプライアンス案件になってしまうようだ。
なら、清掃用ロボットを使えばいいじゃん? って思うけど、残念ながらそれらはすでにゴミ山に埋もれてしまっている。
蜜峰貴音は、とかく物を買いまくる悪癖を持っていて、この世界の優れた科学技術の産物であるR2〇2もどきの清掃用ロボットでも、物理的に埋まった可動域の前ではどうにもならない。
ギギギ、ガガガ、ジジ……
ロボットたちの虫の息が聞こえる。
夏も近いこの時期、マンションの最上階なのと常時稼働のエアコンのおかげで、本物の虫はいない。それだけはマジのガチで良かったと思う。
僕は実は虫が苦手なんだけど、〝男らしさ〟には女性の代わりに、虫退治をする役目も含まれているからね……
「とりあえず、いつも通り分別からやっていくか……」
「袋、持ってきたよ。もう遅いし、今日はこの廊下に少し道ができるくらいでいいからね?」
「はは。廊下に道とか、結構なパワーワードで笑えますね」
「わ、笑わないでよー!」
先生はうわーん! とポカポカした後でゴミ袋を渡してくれた。ところでこれも余談だけど、女性からポカポカされるのってかなり好きだ。ジャレつかれてる感じと、そこはかとない好感度を確信できてイイ……
「とりあえず、玄関前にあったダンボールを置けるくらい……道があればいいです……?」
「小刻みに震えながら、言わないで欲しいんだけど?」
「じゃあこれだけいい部屋に住んでて、ほとんどゴミ山にしてるくせに、アホみたいにネット通販しないでくださいよ」
「ァ、アホぉ!? べ、べつにいいでしょー!?」
「見ましたよ、ダンボール。なんですかアレ、またどっかの服のブランドですか? ロゴ入ってましたし」
「ひ、秘密! 男の子にはぜーったいっ、秘密ですぅ!」
「そうですか。じゃあちょっと邪魔なんで、あっち行っててください」
「きゅ、急に塩にならないで! 先生、悲しくなっちゃうから……歳下の男の子にみっともないとこ見られて……」
先生は喋りながら、どんどんテンションが急下降していった。
青春にコンプレックスがある人間は、だいたい異性との関係にも理想や憧れを持っているものだ。ソースは僕。
恐らく、こんな状況は最もそれらから程遠いんだろうね。
まったく、やれやれ。
「先生」
「ん?」
「ゴミ部屋に住んでる先生も、僕は好きですよ」
「…………どうして?」
「だって、これくらいの欠点があったほうが、むしろカワイイじゃないですか」
「…………欠点が、カワイイ……」
「そうですよ。先生はただでさえ綺麗で爽やかで人当たりが良くて、そのうえトップアイドルでもあった最強無敵の完璧美人女教師なんです。男の憧れです。私生活までパーフェクトだったら、高嶺の花すぎて敬遠されちゃいますよ」
「憧れ……高嶺の花すぎ……」
「それに、このくらいのゴミ部屋に住んでても、先生のオーラは少しも減ってないっていうか、むしろより際立ってフローラルに見えますし」
「私、フローラル……?」
「です。荒野に咲く一輪の花って感じで、さらに価値が高まってるまでありますね」
「……え、ええ〜……? ほんとぉ〜……? もぉ〜……柊木くん」
「はい」
「キミ、よくお姉さんキラーって言われるでしょ!」
「いえ、言われません」
「またまたぁ〜。またまたぁ〜! 先生、騙されないぞ〜? まったく。まったくもぉ〜。わかった!」
「はい?」
「わ・か・り・ま・し・た♡ 先生、今日こそはちゃんとスペシャルファンサービス♡ し・て・あ・げ・る♡ 掃除終わったら、呼んで♡」
「…………」
ルン、ルン♪
鼻歌まで口ずさみ、先生は部屋の奥へ消えて行った。
ゴミ山が雪崩を起こす。
(……まぁ、機嫌が良くなったなら良かった)
スペシャルファンサービスが何かは知らないけど、どうせメイド喫茶の萌え萌えきゅんに似た何かだろう。
喫茶明戸で鍛えられている僕には、そこまで効果があるとは思えないな。
時間もそんなに無いし、さっさと分別を済ませてしまおう。
「よいしょっと……」
およそ十分から十五分。
僕はそれから、黙々と廊下に道を作る作業に従事した。
「──よし。とりあえず、ざっとこんなものかな」
分別を終えて、可能な限りゴミ袋を壁に並べた。
もともとの量が量なので、大して綺麗になってはいないけど、辛うじて人が通れるスペースは作ることができたはずだ。
この短時間では、我ながらかなり効率よくやれたほうだと思う。
「先生ー。いったん、今日のところは良い感じになりましたー」
「あっ、はーい! ありがとー! いまそっちに行くねっ」
廊下と居室を隔てるドアを挟んで、先生がゴソゴソと音を立てながら返事をする。
さて、スペシャルファンサービスとはどんなものだろうか?
大人しく先生の登場を待つ。
ドアが開いた。
積まれたゴミ袋に半分隠れて、先生が姿を現す。
「じゃーん!」
「……」
チェックのアイドルスカートと、オープンバストコルセット、フリルネクタイの白ブラウス、リボンカチューシャ。
わざわざ白ニーソまで履いて、先生はアイドルピースでキャピっ♡ と決めポーズをする。昔のステージ衣装かな?
僕には半分しか見えなかった。
先生も、それはすぐに分かったようだ。
「ぁ、待っててね? もう一回、そっちでやり直すから」
「大丈夫ですか?」
「どどどどういう意味!?」
「いやえっと、通れますか……?」
「と、通れますぅ! いくらもう現役じゃないからって、そこまでたるんでないもの! このくらいの隙間があれば、余裕で通れるんだから……!」
「……」
なにやら、意地になっていらっしゃるようだった。
しかしまぁ、本人が余裕と言うならこちらは黙って待つしかない。
僕も貴音先生のアイドル姿を、もっと間近で見てみたいと思った。
が、いくら道を作ったとはいえ廊下はまだまだ狭い……
「ン、しょっ……よい、しょ……っ、ぅぅぅ……私、太ってないわよね……?」
(! うおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!??)
横歩きで壁際を伝う先生は、自分がどれだけエロい状態になっているか分かっていないようだった。
壁におっぱいを押し付けると、ボリューム感に押し返されて背中がゴミ袋ウォールに突っかかる。
なので、少しでも余裕を持って玄関側に進むために、先生は胸を反らす。
お腹がぴたぁぁ♡ っと壁にくっつくように、おっぱいを少しでも上に持ち上げ、お尻をわずかに浮かせ。
けれどそれでもおっぱいで突っかかってしまうので、ずりずり♡ と移動したら、両手でおっぱいをむぎゅ♡ むぎゅ♡ 押し込んで、もぎゅぅ〜♡ とレッカー移動。
ずりずり♡ もぎゅぅ〜♡ の繰り返し。
そんな状態で、「んっ」とか「ぁ」とか声を漏らしながら、涙目になっている。
……なんだろう。僕、もしかして試されてる?
目に毒な、非常に居た堪れない時間が続いた。
先生はどうにかこうにか、ようやくこちらに出てくる。
「すいません、充分だと思ったんですけど、まだもう少しスペースがあったほうが良かったですね」
「い、いいえ? 充分に通れました。元はといえば私が掃除できないのが悪いんだし、柊木くんは悪くないわ。それより、どう?」
「イケてます。先生最高にカワイイですよ」
「そうでしょ!? 私もまだまだ、捨てたものじゃないわよね」
「というか、実際若いんだから当たり前だと思います」
「チッチッチッ。柊木くん分かってないわね〜? アイドルの旬は、十代で終わっちゃうんだから! ──学校生活での貴重な青春を犠牲にしてね」
「お、おおう……えっと、それで、スペシャルファンサービスって?」
「あ、そうだったわね!」
先生のテンションがまたもや急下降しかけたので、目的を思い出させる。
正直、担任の美人女教師が自宅に男子生徒を連れ込んで、アイドル時代のコスチュームに身を包んでポーズまで取ってくれている時点で、僕はかなり胸アツではある。
けど、これよりもっとすごいものが見られるかもしれないなら、男として追求せずにはいられない。
たとえ拍子抜けだったとしても、これはオスのサガだ。
「では、コホンっ……柊木くんって、指チューは知ってる?」
「指チュー?」
「そう。こうやって、私が自分の人差し指にキスをするでしょ?」
先生は右手の人差し指をピンと立てると、その第一関節と第二関節の中間あたりのお腹に、チュッ♡ と唇をつけた。
そして僕にスルッと近づき、あざといほどの上目遣いになると、
「口、閉じて? はい、指チュー♡」
「────」
「はい! おしまい! 元カリスマトップアイドル蜜峰貴音からの間接キッスなんだから、ありがたく受け取っておくのよっ?」
受け取っておくどころか、心臓を射抜かれるかと思った。
「────先生、もう誰にも……誰にも、今みたいなことしないでください」
「え?」
「というか、過去にどれだけ同じことをしましたか……? 冷静さを欠きそうですよ、今の僕は」
「過去にどれだけって……まぁ、筋金入りのファンだった子2〜3人くらい?」
「2〜3人……なら、もう今後は僕だけにお願いします……」
「し、心配しなくても、もう誰にもしないわよ? アイドルは辞めたんだから」
「絶対に、約束ですよ」
「え、あっちょっと……? ひ、柊木くん?」
気づけば僕は、先生を壁際に追い込みドンッ、と両肘を着いていた。
蜜峰貴音、ガチ恋量産機すぎる……!
「──絶対に、約束ですからね」
「ひゃい……」
その後、僕は先生の車で乳神邸まで送ってもらった。
先生は車内で、終始ぎこちなかった。
ああ、夏に輝く星はデネブ、アルタイル、ベガだけじゃない。
地上の綺羅星を、夏の自由研究テーマにしよう。