11 黒茶ツーサイドアップ胸部特大地雷系ツンデレ美少女・黒マスク同級生でアイドル声優ワナビと匂いフェチズムで……
家庭科室を出た僕は、校舎の外に出て陽射しを浴びていた。
ラティ先輩のタオルで髪を拭いてもらったとはいえ、まだ少し湿った感じが残っていたし、外の空気を吸って気分を落ち着かせたかった。
いったいぜんたい、今日はどうしたことだろう?
頭を冷やすために水まで被ったというのに、カラダが無性に熱くなる。
「ひょっとして、軽い熱中症なのかな……」
水筒のルイボスティーを飲んで、水分補給も問題ない。
僕はしばらく、学園のグラウンドで部活動に励むスポーツ女子たちをボケッと眺めた。
今日の運動部はどこも、グラウンドの均し作業に手間取っている。
雨が多い季節なので、水溜りが出来たあとの地面はボコボコしがちだ。
九十九坂学園は歴史ある学び舎なので、校庭も使い古されている。
もう少し夏が本格的になってくれば、青い空の下、弾ける汗に襟足を濡らしたスポユニ女子たちが、フレッシュでシャイニングな青春光景を作り出すに違いない。
校舎の壁に背中を預け、僕は水筒片手に想いを巡らせらた。カラダがますます熱くなった。いっそのこと、今ここで全てを解き放って野獣になってみるのはどうだろうか?
どんな禁忌も、考えるだけならセーフだ。
「アツい……」
「だね。今日の陽射し、マジ鬼なんですけど〜」
独り言に、左側から思わぬリアクションがあった。
振り向くと、同級生の女子が手で日除けを作りながら近寄ってくる。
僕は一瞬まぶしくて、「ぅ」と目を細めた。
太陽光を反射して、女子の両耳からピアスがギラギラ光っていたからだ。
「や、蜜峰さん」
「やほ〜、柊木。放課後にこんなとこで、何してんの?」
「ちょっと休憩かな」
「休憩? なんか部活とか入ってたっけ?」
「ああいや、今日は先輩に手伝いを頼まれたりしてて、ついさっき、終わったところだったんだよ」
「……ふ〜ん?」
ピアスのエグい黒マスク女子は、やや怪訝そうにしながらも「相変わらず、全肯定系なんだ」と納得した様子を見せた。
蜜峰蕩夏。
彼女の属性は、黒茶の緩まきツーサイドアップ。ピンクのインナーカラー入り。パッチリまつげにピンクのカラコン。ピチピチトロトロ生意気ボディ。可愛い系の顔。地雷系メイク。黒マスクとピアスだらけの耳。同級生。平成と令和を行き来する地雷系。アイドル声優志望。校外ダンスクラブ所属。奇術部。ツンデレ。地下アイドル活動。匂いフェチ。浪費家。貧乏。コンビニバイト。
普段は学園で会うので制服の印象が強い。
けど、校外で見る蜜峰さんは、ある時は平成の地雷系。ある時は令和の地雷系ファッションに身を包んでいる。
前者はデス◯ートのミ◯ミサと言えば分かるだろうか?
後者はピンクと黒。色の組み合わせだけでイメージしやすいと思う。
どちらの要素も同時に組み合わせた感じのコーディネートの時もある。
この世界は正確には平成ではないので、地雷系ファッションも真の意味で僕が知るそれとは違うのだ。
とはいえ、名前だけは〝地雷系〟で後世にも引き継がれているようなので、地雷系と呼称する以外に何と呼べばいいのかは分からない。
なんにせよ、蜜峰さんは九十九坂学園では、ピアスと黒マスクとガーターベルトがトレードマークな女の子だ。
そして匂いフェチのツンデレでもある。
「クンクン。ところで柊木」
「……なにかな? 蜜峰さん」
「なんか、女のニオイするね」
「奇遇だね。僕も常日頃しょっちゅうそう思ってるよ」
「違うって。私が言ってんのは、もっと直接的に、柊木からするニオイ」
「僕から?」
「巫女さん一家の人たちのニオイはともかく、なんかさ、他の女のニオイがすっごく漂ってくるんだけど」
「犬並みの嗅覚なのかな……」
「誤魔化さないでよ。こんだけ香水のニオイしてれば、誰だって分かるって」
「そうなんだ」
僕には分からない。
ただ、心当たりはある。
今日はみるふぃ先輩とラティ先輩、ふたりの白黒ギャルと絡んだ。
みるふぃ先輩とはすごく密着する時間が長かったし、ラティ先輩には恐らく私物であろうタオルで頭を拭かれた。
乳神家の三人以外のニオイが、もしも僕から漂っているとするのなら。
それは恐らく、あのふたりのどちらかの香水が知らず知らず、うつってしまっているからなんだろう。いや、どちらもなのかな?
僕はいま、目の前の蜜峰さんのニオイしか意識にないんだけどね。柑橘系の爽やかだけど甘さも感じるいいニオイ。
蜜峰さんは黒マスク越しに鼻をクンクンさせ、顔をしかめる。
「柊木さぁ。あんま誰彼かまわずイイ顔すんの、やめたら?」
「そんなに匂う?」
「匂う。誰だか知らないけど、マーキングみたいでかなり下品な感じするよ」
「下品……不快感はないよ?」
「柊木はね? 私は──」
そこで、蜜峰さんはピタリと口を閉ざした。
ツンデレモードの前兆だ。
「私は?」
「な、なんでもない! 柊木のくせに、あんまチョーシ乗んないでよね!」
「調子に乗る? そんなつもりはないけど。それより、何を言い淀んだの?」
「ばっ、バカじゃないの!? 言いたくないから口噤んだんですけどっ!」
「そっか。まぁ、会話の流れから何を言いたかったはだいたい分かるんだけどね。蜜峰さんは不快だったんだ。僕から女性のニオイがするのが」
「〜〜〜〜っ、そういうの、分かってもフツー黙ってるくない!?」
「どうして不快なのかな? 理由、教えてよ」
「は、はぁ!? い、言わない! 言うわけないでしょ! このバカ柊木!」
「へぇ。じゃあ、もう聞かない」
「え」
僕が潔く引き下がると、蜜峰さんは急に梯子を外された顔になった。
でもねぇ?
「バカって言われてまで、聞きたかったワケじゃないし」
「え、ホントに聞きたくないの……?」
「だって、言いたくないんだよね? なら、べつに無理して聞かないよ。もう興味も無くなってきたし」
「ぇ、うそ」
「マジマジ。今日はアツいし、頭もクラクラするしさ。集中力が続かないんだ」
「そ、それは保健室行ったほーがいい気がするけど……ねぇ、ホントに聞きたくなっちゃったの?」
蜜峰さんは不安になった感じで、目をチラチラさせる。
分かりやすい。
見た目はこんなに地雷系なのに。
いまの蜜峰さんは、気になってる男子に素っ気ない態度を取られて、「私、もしかして嫌われちゃった……?」や「いまの流れ、これを逃したらかなりもったいないチャンスなんじゃ……!?」と言う心境がアリアリと表面に浮かび上がっている。
実際、立場が逆なら僕もそうだ。
なので、
「蜜峰さんが言いたいなら、聞くよ」
「…………わかった」
壁にもたれかかったまま、首だけ傾けて横目を流し、もう一度チャンスをあげてみた。
すると、蜜峰さんはしおらしく、耳を真っ赤にして上目遣いになる。
やがてモジモジとカラダをくねらせると、思い切ったようにダンっ! バインッ♡
「そのね? 私……柊木のニオイが好き!」
「うん」
「だから、他のニオイが混ざってると、イヤな気持ちになるっていうか……」
「僕のニオイが、そんなに好きなんだ」
「そ、そう! 好き! 好き好き! もうめ〜っちゃ、好き!!」
手をグ〜! と握り込んで後ろにやって、地団駄を踏むように前のめりな宣言。
(ああ、これだよ……)
シンプルどストレート好き連呼。たまらん。なんだこのツンデレ娘。
(それはもう、僕を好きだと告白してるようなものじゃないか……)
本当に、頭がクラクラする。
しかも、
「どうして、僕のニオイが好きなの?」
「柊木のニオイ、なんかすごくイイ感じだから……」
「蜜峰さん、よくクラスの子の体臭とかも嗅いでるよね」
「だ、だってフェチなんだもん……しょーがないでしょ!」
蜜峰さんはこの通り、匂いフェチを公言している。
実はこれまでの学園生活でも、体臭を嗅がれた経験は一度や二度じゃない。
具体的に言語化できるほどの理由については、まだ本人も自覚がないみたいだけども。
同級生の女子に人前で「クンクン」される身にもなって欲しい。
「クンクン……ハァ♡ ……クンクン、ハァァ♡」
「蜜峰さん?」
「柊木……その、ニオイ……嗅いでもいいかな……?」
「……まぁ、そこまで好きなら……」
「あ、ありがと。ご、ごめんね? じゃあ遠慮なく……クンクンクンっ♡」
ハァ♡
クンクンクンっ♡
ハァ♡
(なんだこれ……)
地雷系同級生が、目を瞑って黒マスクの下で鼻息を荒くしている。
すぐ近くで、こちらが腕を回せば容易く抱きしめられるほどの距離感まで近づいて、首元や耳裏、腋のあたりに頭を寄せてニオイを嗅ぐ。
なんだか新手の痴漢みたいだ。いたよね? スメル痴漢とかいう令和の痴漢。
今日は陽射しもあってアツいから、汗もかいてる。
あまり良い匂いはしないはずなんだけど……気づけば壁に追い込まれるような立ち位置になってるし。
「蜜峰さんは、どうして匂いフェチになったの?」
「クンクンクン♡ ハァ♡ これやばい……ちょっと邪魔なニオイあるけど、いつもより近くで嗅ぐと、ちょぉ効くぅ♡ クンクンクンっ♡」
「蜜峰さんは、どうして匂いフェチになったの?」
「スゥゥ、ハァァ……え?」
「何かストレスでも抱えてるのかな?」
「ストレス……たぶんそうかも」
強い性癖は強い抑圧環境で育まれやすい。
蜜峰さんがこんなにも匂いフェチになってしまったのは、何か必ず原因があるはずだ。
そう思いついに尋ねてみたら、本人からも肯定が返ってきた。
「ほら私って、プチ芸能活動してるじゃん?」
「アイドルと声優だよね」
「声優のほーはまだまったくシゴトないんだけど、レッスンとかはどっちも結構キビシくてさぁ」
「九十九坂のご当地地下アイドル、九十九坂9.9だっけ」
「うん。その候補生。でもショージキ、私みたいなのって正式メンバーになるのは難しめで……」
「……」
「王道属性っていうの? 私にはないんだって」
「蜜峰さんには、そんなのを補ってあまりある強みがあると思うけど」
「あ、ありがと……でも本気でアイドル目指すなら、もっと分かりやすい特技とかもあったほーがいいんだって言われたんだ」
「特技?」
「そ。たとえば、手品ができるとか」
なるほど。だから蜜峰さんは奇術部なんて変わり種な部活に入っているのか。
「それで頑張ってマジックとか覚えてみても、いざオーディションとかでアピールしたら「アレはものの例えだー」っとか、「ステージでどうやって歌って踊りながらマジックするんだー」っとか、いろいろ言われて」
「大変だ」
「うん。ほんとうに大変。だから、アイドル一本で無理なら声優の道に! っていまは頑張ってるとこ。この前なんか衣装代自腹だったのに、マジで私ってば諦め悪めだよねー。たはは」
蜜峰さんは冗談めかして苦笑いする。
なんて頑張り屋さんなんだろう……
クラスではコンビニバイトまでしてると話しているのを聞いたことがある。
僕には正直、そこまでして芸能人になりたがる理由が分からないけれど、そんなの他人がとやかく言うことじゃない。
僕も他人に、「オマエが全自動メス顔晒し機? 完全上位雄? なれるワケがねーだろ」とか言われたら「うるせぇ」と中指を突き立てる自信がある。
「蜜峰さんのこと、僕は応援するよ。僕にできることなら、なんでも言って」
「柊木……いいの?」
「うん。いいよ」
「じゃあ──クンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンクンっ! ハァ〜…… これ、マジお願い♡」
「……」
いや、いいんだけどね?
「蜜峰さん……ちょっと、近いよ」
「いま、なんでもって言った」
「そうだけど……ほら、グラウンドから人目もあるし」
「なに柊木? 恥ずかしいの?」
「そりゃ恥ずかしいでしょ」
僕を何だと思っているのか。
さっきから陸上部とかラクロス部とかの子たちが、興奮した様子でチラチラヒソヒソしているのが地味に気になって仕方がない。
「じゃあ……人目の無いところだったら、いいの?」
「そうだね。とりあえず、ここよりは」
「…………へぇ。わかった。じゃ、移動しよ」
というわけで、校舎裏の非常階段。
人気の無い踊り場の壁。
ミーンミーン、とセミの鳴くだけの陰のなか。
コンクリートから立ち上るジワジワした熱気に包まれて、僕らは二人きりになった。
「じゃあ……失礼、するね……」
「……どうぞ」
「スゥゥ……クンクンっ♡ クンクンっ♡」
「…………」
「ハァっ♡ クンクンっ♡ クンクンっ♡」
「…………」
壁に寄りかかり、先ほどまでと同じようにただ突っ立っている僕に。
蜜峰さんは目を瞑り、正面から、もはや抱き着いていると誤解されても仕方がないほど近距離で。
やや中腰になり、こちらの脇腹に軽く両手を添えながら、しがみつくようにワイシャツを握って顔を胸板の真ん中より少し下らへんに近づける。
互いの身長差から、それはやや危うい緊張感を伴った。
蜜峰さんも気をつけてはいるだろうが、外側で上向きに尖ったスライム爆乳の輪郭が、もう少しでベルトの上を覆い隠す。
嗅がれている位置も徐々に胸板あたりから下腹部に下がって来ているような気がするし、上から見下ろすと、アイドルっぽいチェック柄のリボンタイ、汗で透けたブラウスから覗くピンクと黒のデカブラが分かる。
黒マスクも相まって、なんだか本物のアイドルと裏で密会してる気分まで出てくるし……
「クンクンっ♡ ハァァ……っ!?」
「? どうしたの、蜜峰さん」
「な、なんか……オッ……」
「お?」
「こ、このへん……すごくオトコ臭い……かも」
「このへんって……」
蜜峰さんの顔は、目を瞑ったまま僕の股間付近に来ていた。
中腰の姿勢も、いつの間にか足を最初より開いて、ガニ股でお尻を突き出しているような感じに変化しているし。
蜜峰さんがどこまで自覚しているか分からないけど、ニオイを嗅いでいる内に無意識にこんな格好になったのなら、僕としてはたまったものじゃない。
アツいしムレてるし、今日はいろいろあったし……
「ん……フゥゥ……やっぱりここヤバい効くゥ……♡」
「蜜峰さん……」
「お願い柊木……もう少しだけ、もう少しだけ……すゥ……んっ、ハァ……スゥ、スんっ、フゥゥ、スゥっ、ん……ハァ……♡」
蜜峰さんは喘ぐように、黒マスクの内側で口をパクパクさせながら僕のニオイを嗅ぐ。
しがみついていた手も、自分のおっぱいの上で握り込んで押さえつけているし。
ダメだ……これはもう、ダメだ……
「蜜峰さん……そんなに人のニオイを嗅ぐのって、イイものなの?」
「……すんっ、ん♡ クンクン……私にとっては……♡」
「なら──僕にも嗅がせてくれないかな」
「柊木、が……?」
肩を掴んで行為を中断させると、蜜峰さんは名残惜しそうにしながらも、しぶしぶ体勢を直した。
そして少し迷ったそぶりを見せる。
「柊木も……私のニオイ、興味あるの……?」
「興味って言われると……」
「……あによ。ハッキリしなさいよ……」
「逆に、僕が興味あるって言ったら……蜜峰さんは嗅がせてくれるの?」
「……」
コクン。
小さな首が、小さく縦に振られた。
「か、勘違いしないでよね……べつに私が、嗅がせたいとかじゃないんだから……」
「そうだね、分かってる……」
「じゃあ……目を瞑って……ちょっと待って」
「分かった……」
目を瞑る寸前、僕の目は蜜峰さんがリボンを緩めてブラウスのボタンに指をかけるのを見た。
パチン、ゆさっ♡ パチン、ゆさっ♡
どこか粘り気を帯びた甘い柑橘のニオイが強まる。
「ん……届かないから、少し屈んで……」
「こう……?」
「そう……そのまま、こっちに……」
側頭部に手を添えられた。
そのまま両手で、頭の位置を誘導される。
徐々に徐々に、抱き込まれるようにニオイの強まる方に沈み込んで……
「はい……嗅いで……いいよ」
「スゥゥ……」
「ンっ♡」
「ハァァ……」
「ア、ア……♡」
「とっても、良いニオイがする……」
「もっと、嗅ぎたい……?」
「……嗅ぎたい、かも……」
「じゃあ、もっと近くで、いいよ……♡」
「ンむっ!?」
顔が、ギュッ! と引き寄せられ、明らかに何かに沈んだ。
鼻先が柔らかなものに触れ、頬の両側もふよん♡ ふよん♡ とした感触に当てられる。
感触は湿った表面を伝えていて、ムワァ……♡ とした熱気と湿気も浴びせてきた。
鼻先は明らかに谷間のような割れ目に滑り込んでいる。
これは、もしや……そう思ったとき。
「私のニオイ、好き……?」
「!」
僕の頭を抱える蜜峰さんが、耳元に小声で尋ねてきた。
ニオイ。
ニオイか……
「好き、かも……」
「じゃあ、私のこと推してね……♡」
クンクンクン、クンクンクン。
クンクンクン、クンクンクン。
ああ、夏のニオイがする……