10 銀髪耳掛けロングおさげお姉さん黒ギャル元ヤン美少女サボり魔・家庭科部の先輩で喫茶店看板娘の姉とステキな将来の夢で……
写真部を後にした僕は、茹だるような熱気に包まれていた。
今日の天気は数日ぶりに、晴れ間が覗いている。
梅雨の晴れ日なので、あいにく一面の青空というワケではないけれど、雲の隙間からは早くも燦々とした太陽光が地上を照らしている。
先ほども、だからセミが鳴いていたんだろう。
だが知っているだろうか?
梅雨の晴れ間は嵐と表裏一体。
白い雲もあれば、一雨降らしそうな濁った雲もある今日の空模様は、まるで今の僕自身の心を写しているかのよう。
そう。金髪長乳コスプレ白ギャルに激しく心掻き乱された僕は、常にも増してよからぬ欲求に爪を立てられ、けれどもそれをどうにもできない今世のもどかしさに憎悪を募らせている。
爪はとても鋭利だ。さながらギャルの付け爪のように、皮膚を切り裂き傷跡を刻みつけ、燻るかのような熱を昂らせる。ああ、手のひらの感触が忘れられない。
「ダメだ。一回、頭……冷やそう……」
僕は水を被ろうと思った。
胡乱な思考もカラダの熱も、物理的に水を被れば文字通りの冷や水となって、少しはマトモに落ち着くはず。
写真部の部室から最も近い水道は、あそこだ。一階にある家庭科室。
廊下には大型の調理器具や食器などをまとめて洗えるように、水飲み場も兼ねた水道が設置されている。
濡れた頭をどうするかなどは後先考えずに、僕はまっすぐその場所へ向かった。
「ゆずたっち……? 何してんの、そこで」
「あ、明戸先輩……」
「髪、びしょ濡れじゃん。なに? 行水的な?」
「はは……まぁ、そんな感じです。今日はちょっと、暑くて……」
「ガチィ? いくら暑いからって、廊下で水被るのは結構ヤバくね?」
床もちょっと濡れちゃってるし、と。
僕が頭から水を被り終えたタイミングで、家庭科室から現れたのは低音ボイスの黒ギャルだった。
明戸ラティ。明戸モカの姉。
そういえば、家庭科部にはこのひとが所属しているんだった。
彼女の属性は、強めに脱色された銀髪ロング。左側を耳掛けにし、肩口から腰まで伸びた太めの三つ編みおさげ。右の前髪は長め。ツリ目で金色のカラコン。ツヤツヤいやらしい日焼けボディ。ヤンギャル顔。先輩。黒ギャル。元ヤン。チョーカー。ブラウスとサマーニットの胸元大開放。元ビーチスポーツ部。リンボーダンス経験者。家庭科部。意外と家庭的。サボり魔(よく授業を抜け出しているらしい)。
髪型をおさげにしているのは、脱ヤンをアピールするために少しでもマジメな学生っぽく見えるようにとの意図があるらしい。
が、依然として髪色は派手なままだし、制服の着こなしもマジメとは言い難いギャルなので、イマイチ効果は出ていない三年の先輩だ。
今日も相変わらず、学校指定のリボンが何の役割も果たしていない。
そもそもブラウスの襟から胸元が激しく開かれているせいで、襟の内側にリボンがあるし、チョーカーと一緒に首からぶら下がっているだけだ。
豊満なおっぱいの上にちょこん♡ 大胆に露出された谷間の上部で、やけに小さく見える学校指定のリボン。
まずいね。またチンチンがイライラしてきそうだよ……
そんな僕に、明戸先輩──妹のモカさんとこんがらがりそうなので、今後はラティ先輩と呼称を改めよう──は、気だるげな感じで尋ねてきた。
「ゆずたっち、拭くモンちゃんと持ってんの?」
「一応、ハンカチはあります」
「ハンカチかよ。ダメじゃん。それでどうにかなるレベルじゃなくね?」
「……そう、ですかね?」
「ったく。しょうがないなぁ。ちょっち入りな? タオル貸してやるから」
フゥン。
とイントネーションが下に下がる感じで鼻を鳴らし、ラティ先輩は家庭科室のドアを開けると、くるりと背中を向けた。
どうやら世話を焼かれてしまうようだ。
たしかに、後先考えずに勢いよく水を被ったせいで、このままでは廊下に水滴をこぼしながら歩くことになってしまう。
外に出れば暑さですぐに乾きそうではあるけれど、校内をムダに水浸しにするのは迷惑行為に他ならない。
「すいません、助かります……」
「ま、男の子らしくていーんじゃない? アタシ、学校で水被ってる女子とか見たことないし」
「女の子は、セットとかいろいろありますもんね」
「あとは、塩素混じりの水で髪を傷めたくないってのもあると思うわ」
「なるほど。ラティ先輩も、髪の毛長いですからお手入れは大変ですか?」
「……急に名前呼びしてくるじゃん。ま、ぜんぜんいーけど。手入れ? 愚問かな」
「左様で」
ラティ先輩は元ヤンなので、難しめの漢字に明るい。
日常会話ではそう使わないであろう単語でも、時折りポロッと出てくる。
マコ姉が僕に着せたがる服とか、たぶん普通に好きなんだろうな。
思わず苦笑してしまった。
「なに笑ってんの?」
「ああ、いえ。僕も釣られて〝左様〟なんて返してしまったんで、なんだか時代劇みたいだなって」
「……もしかして、アタシのことバカにしてる?」
「滅相もありません」
「それ、アタシが元ヤンだからやってんのかもだけど、ビミョーなイジリかただからね?」
「え、そうですか? ラティ先輩の界隈じゃ、妹分たちからこんな感じでかしこまられているのかと」
「……黙秘権を行使するわ。ったく、いいから頭貸せしッ」
「ッ、イテ!」
耳たぶを摘まれ、少々強引に頭を引っ張られた。
こういう接され方は、この世界に生まれ変わってからほとんどされない。
なので、ちょっとした新鮮味がある。
ちょっと暴力的っぽいところも、やはり元ヤンだからなのかな。
黙秘権というフレーズにも、「もしや過去に警察の厄介になったことが?」と少しドキッとしたけど、僕はそれ以上にラティ先輩の行動にドキッとした。
「ほら、じっとしてろ?」
「ラティ先輩……?」
「なんだよ。ちゃんと拭いてやるから、そのままでいろって言ってんだよ。ホラ、礼だ。礼しろ」
「うぉッ」
グッ! と頭を下げられる。
その上にタオルまで被せられた。
わしわし、わしわし。
髪の毛の水分が口調とは裏腹に丁寧に拭き取られていく。
その間、僕の顔は必然的にラティ先輩の胸の真上近くに寄ることになった。
(デ──────────カッ)
タオルによって視界を制限され、おっぱいだけが視界のなかを埋め尽くす。
絶景。
間近で目の当たりにすると、ラティ先輩もみるふぃ先輩と同じで、ものすごい釣鐘型だ。
ボイン♡ ボヨン♡
揺れて飛び出るロケットおっぱい。
まさか、こんな形で世話を焼かれるとは思ってもいなかった。
「ラティ先輩は、きっと大勢の妹分に慕われているんでしょうね……」
「は? なっ、なんだよ急に……」
「世話焼きとか、姉御肌ってよく言われません?」
「言われるけど……それは実際、アタシがモカの姉貴だからだろ」
「ステキなお姉さんを持てて、モカさんも幸せですね」
「…………急に褒めまくるじゃん」
わしわしっ、わしわしっ。
ラティ先輩は照れたのか、僕の髪を乾かす手つきが少しだけ早くなった。
「ほらっ、これでOKだろ?」
「ありがとうございます──ところで」
「ん?」
「家庭科室って、こんな感じでしたっけ?」
絶景タイムが終わり、礼の姿勢から解放されて。
僕は先ほどから、ずっと気になっていた点を口にせざるを得なかった。
家庭科室の約半分が、なんかモデルルームの展示場みたいになっているのだ。
北欧風インテリアだろうか?
ホワイトマットなカウチソファが三つくっついた状態で並び、キングサイズのベッドみたいにくつろげる空間が出来ていて、雪の結晶柄が入ったミルクティー色のベッドスロー、黒縁で白とチャコールブラウンのモザイククッション、ガラスボールに入ったペンダント照明などなど。
なんというか、非常にオシャレな空間が家庭科室にある。家具屋さんに来ちゃったのかな?
「あー、これ?」
「そうです。なんです? これ」
「申請したら通ったんだよ」
「申請?」
「ほら……アレ」
ラティ先輩は家庭科室の壁に指を向ける。
釣られて目線を投じると、そこにはポスターが貼られていた。
〝男性の心身を健やかに豊かにたらしめる衣食住の維持方法について、家庭科部では実際の住環境をベースに学習できます〟
「アタシが入部したら、他の部員ほとんどヤメちゃってさ。今はぶっちゃけ、アタシとユーレイしか残ってないんだよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。だからさ、どうせマジメに部活に顔を出すのなんて、今はもうアタシだけなんだし……この際だから、アタシのやりたいことに部費とか使ってやろうと思って……気づいたらこうなった」
「なるほど……」
つまり、これがこの世界での家庭科部の在り方なのか。
家庭科部の活動と言えば、僕はせいぜい料理、裁縫などの家事スキルを磨くことだと思っていたけど、世界線と時代が異なれば部活動にも変化は生じる。
「じゃあこれは、インテリアコーディネートの勉強、ってことですか?」
「あ、そうそう。ゆずたっちも知ってんだ……って、そりゃゆずたっちは知ってるか」
「男ですからね」
男性の心身を、健やかに豊かにたらしめる衣食住の維持。
九十九坂学園の家庭科部では、生徒の意欲に応じてこんなインテリアを揃える活動支援までしているらしい。
やっぱりいろいろ、自由な高風だよなぁ。元々あった家庭科室を完全に改造してるワケだし。
「って、ラティ先輩、将来はそういう道に進みたいんですか?」
「うっ……わ、分かってるよ。アタシには似合わないってのはさ……」
「いやいや、そんなことないですよ。ラティ先輩、さっきも言いましたけどとっても世話焼きで優しいじゃないですか」
「世辞はよせって……!」
「僕はいいと思います。ラティ先輩になら、大半の男は安心して衣食住を任せられるだろうし」
「な…………そ、それって、ゆずたっちも?」
「はい。僕もです」
カァ────、と。
ラティ先輩はそこで頬を赤くした。
うわぁ、すっごくもったいない。
元ヤンのせいで、周囲の人間には怖がらているんだろうね。
でも、今のラティ先輩はかなり可愛らしかった。
日焼けしてよく黒くなった肌でも、ハッキリ分かるほどに真っ赤になって。
モカさんの姉ってことは、喫茶明戸の元祖看板娘でもあったはずだ。
家庭的な面が備わっていないはずがない。
(けど残念なのは、ラティ先輩は退魔師じゃないんだよな……)
ラティ先輩が退魔師資格も持っていれば、いつかは僕が保護対象に選ばれる未来もあっただろうか。
乳神家に不満なんか一切ないけど、喫茶明戸での生活も決して悪くはないだろうからね。
僕はしばし、明戸家で暮らす自分を想像した。
すると、
「なあ……ゆずたっち」
「──ん? あ、なんです?」
「そのさ……いい機会だから、ちょっと付き合ってくんねーかな……」
「付き合う? 何にですか?」
自由恋愛さえ制限されていなければ、こんな鈍感系おとぼけ主人公みたいなセリフは絶対に吐かなかっただろう。
今世のしがらみに対して、またひとつ少なくない鬱屈が降り積もる。
とはいえ、それを表には出さない。
ラティ先輩は何やら意を決した様子で、僕に頼みを伝えかけている。
ならば僕のスタンスは、いつもと同じだ。
「何であれ、何にでも付き合いますよ。ラティ先輩が望むことなら」
「ホ、ホントかっ? それじゃあ──」
そこから先が、思わぬ展開でもね。
「赤ちゃんになってくれるか?」
「やりましょう」
吐いた唾は飲み込めない。
気がついた瞬間、僕はラティ先輩に腕を引かれて家庭科準備室に入っていた。
目の前には特注と思しき大人用のベビーベッド。は? なんだこれ? 一瞬で矛盾したぞ?
しかも、天井にはクルクルと回るオモチャもあって、白いレースのベビー帽子と小ちゃいベビーエプロンまで。
ラティ先輩は手に、ガラガラと哺乳瓶を持っている。
「ア、アタシさ……将来のために、いろんな年齢の男の子の面倒をさ……見れるようになっておきたいんだよ」
「分かりました。これをかぶって、これを首につければいいんですね?」
「は、話が早いな……そうだ」
慈悲のない「そうだ」に、不覚にも膝から崩れ落ちるかと思った。
ふ、ふふふ。大丈夫。このくらいなら、ね?
たとえどれだけ僕が理想としている完全上位雄とはかけ離れた姿であっても、幸いここは密室だし、恥ずかしい写真を撮られるワケでもない。
赤ちゃんになれと請われたならば、赤ちゃんになってみせるさこのいっときは!
装備を身につけ、大人用ベビーベッドに仰向けになった。
「ゆずたっち、すごく可愛いぞ……」
「ありがとうございます。次はどうすればいいですか?」
「アタシの言ったことを、復唱してくれるか? 『おぎゃぁ、おぎゃぁっ』」
「おぎゃぁ、おぎゃぁっ」
「『おなかがすいたでちゅ! ラティマァマ! おっぱい飲みたいでちゅ! ラティマァマ! ラティマァマ! おっぱい!』」
「…………」
キチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!
「どうした? 早く言ってくれ」
心なしか、元ヤンの目が血走っている。
あ、これ言わないとマズイやつじゃん。
「おなかがすいたでちゅ! ラティマァマ! おっぱい飲みたいでちゅ! ラティマァマ! ラティマァマ! おっぱい!」
「へ、へへへ……おなかすいたんでちゅね? そんなに泣かなくても、ラティママがすぐにおっぱいあげまちゅからね〜♡」
「グムっ!?」
哺乳瓶が口に突き込まれた。
中に入っているのは、幸いにもただの水っぽいけど。
勢いが強かったので、僕は反射的に咽せる。
「ゴフッゲホっ!」
「おっと、そうか。赤ちゃんはそんなに一気に飲めないよな……ごめん、ゆずたっち」
「はぁっ! はぁっ! ほ、哺乳瓶は口元に添えて、赤ちゃんが欲しがったら飲ませるのがいいと思いますよ……」
「うん。たしかにそうだわ」
ラティ先輩は「勉強になるなっ」と嬉しそうにメモ帳にペンを走らせていた。
なんだろう。セリフだけなら結構嬉しい時間だった気がするんだけど、とんでもない辱めと拷問を受けた気がする……
それでも、
「よしっ、赤ちゃんはもういいぞ。次は十歳くらいの男の子をやってくれるか?」
「もちろんです。やりましょう」
吐いた唾は飲み込めない。
僕は続いて、小学生のヤンチャなクソガキ、中学生になって反抗期真っ盛りのガキ、を演じることになった(赤ちゃん装備も外した)。
ラティ先輩は自分で言わせたクセして、僕が「うるせーババア!」「勝手に部屋入ってくんなよ!」と言うと、「ママに向かってなんて口利くの!」と容赦のないグーパンをお見舞いした。意外となりきるタイプみたいだ。パンチは普通に痛かった。
(スゥ──久しぶりに、損しかしない頼み事を引き受けちゃったぞー?)
僕が内心で、「これが〝揺り戻し〟ってヤツか……」と遠い目をし出した頃。
メモ帳にペンを走らせ続けていたラティ先輩が、おもむろにメモ帳をポッケにしまい込んで、「コホン」と咳払いをした。
かと思えば、なんだか急に伏し目がちになって、シュンとした様子で先ほど自分がパンチした箇所に触れる。
右の二の腕。
そっと指先がフェザータッチ。
「ご、ごめん。痛かったよな……アタシってば、ホントいつもこうなんだ……」
「大丈夫ですよ。このくらい、鍛えてますから」
「ホントか? アザとかなってないか?」
「ええ。そんなにヤワじゃありません」
「そっか……スゴいな? 男って、やっぱり強いんだ……でもさ」
「?」
「詫びって言うのもオカシイかもしんねーけど、アタシのお願い、もういっこ聞いてもらってもいいか?」
「?? それはまぁ、はい。構いませんよ?」
「へ、へへ……ありがとな、ゆずたっち」
ラティ先輩は家庭科準備室のドアを開けると、さっきのカウチソファがある場所まで僕を連れて行った。
「じゃぁ、ここ。楽にしてさ、寝っ転がってくれ」
「楽に……仰向けでいいですか?」
「ああ。そうだなっ」
つい数瞬前まで、しおらしい様子だったにもかかわらず、ラティ先輩は少しずつ嬉しそうになっていく。
僕はとりあえず、言われた通りにソファに寝っ転がり、クッションを枕にした。
ラティ先輩も上履きを脱いで、「んしょっ」とソファに乗る。
「アタシさ? 男のひとには〝癒し〟も大事だって勉強したんだ」
「癒し。まぁ、何かしらあったほうが健康的ではありますよね」
「だろ? だからな? ──マッサージ、させてもらうな?」
え? と戸惑える暇は無かった。
仰向けに寝転がる僕の腕に、ラティ先輩は女の子座りで近くにすり寄る(ギャップもあってめっちゃ可愛かった……)と、ネコがふみふみ運動する時みたいに、手のひらマッサージを開始した。
「こうやって、親指と小指の付け根にアタシの小指を挟んでな? ぎゅっ、ぎゅっ、って指圧してやると、どうだっ? 思ってるよりすっげーキモチーだろ?」
「おっ、おおっ!」
「へへ……イイみたいだな。手のひらって、意外と凝ってるんだよ。右手が終わったら、左手もやってやるし……腕とか足とかも、ぜんぶやってやるから……んっ、なんだったらベルトも取っちゃうか……」
「おぉぉおぉぉ……」
同級生のお姉さん黒ギャルが、女の子座り状態で膝の上に僕の右手を置いている。
しかも、両手を絡み合わせて一生懸命に指圧マッサージまで。
ぎゅっ、ぎゅっ、のタイミングで前傾姿勢が揺れて、首元のリボンは浮かび上がって、よく日焼けした長乳がだっぽ♡ だっぽ♡ と房であることを訴えまくる視覚サービス付き。
ミニスカートの膝の上で、僕の手のひらは上を向いていて、女の子に手を握られる嬉しさもありながら、それはそれとしてすぐ近くに柔らかな肉の感触が掴めそうな事実。
僕は思考が停止してしまって、それから腰元がカチャカチャ音を鳴らしていたことにも気が付けなかった。
「よしっ、ベルト取ったぞ? 楽になっただろっ……んじゃ次は、左手やってやるから」
「おっ! おおぉぉ……」
首の向きが知らず知らずのうちに、反対側に変わる。
そして、そこでも同じ快感思考停止。
ラティ先輩は丹念にマッサージを続けていき、左の手のひらが終わると、女の子座りで移動して次の部位へ。
腕、ふくらはぎ、左右を順番に気持ちよくしていってくれた。
そうすると、僕はだんだん普通にカラダの凝りが取れていって、ウトウトしてくる。
連日の我慢疲れが、ドッと出てきたのかもしれない。
「……ゆずたっち? 眠いのか?」
「……ぅ、はい……すみません……」
「アタシのマッサージ、結構キモチかったんだな……いいぞ♡ そのまま眠っちゃっても」
「ぅ、でも……」
「我慢すんなって。マッサージならまだ、もうちょっとは続くからさ……♡」
「そぅ、……です、か……?」
「ああ。我慢せず、キモチくなっちゃえ……♡」
まるで睡眠導入ASMRかのように、ラティ先輩の低音ボイスは耳に心地いい。
僕はそこから、夢うつつをコックリした。
時折り、フワァっと意識が起きかけることもあったけど、すぐに泥みたいに意識が沈みこんで記憶がハッキリしない。
たぶんこれは、夢だ。
「……ゆずたっち、マジで寝ちゃった。あーもうっ、チョー可愛すぎなんですけど?」
ラティ先輩は小さな声で、僕の頬をツンツン突いた。
そしてあたりを見回すと、家庭科室のドアまで行って鍵をかけ、すぐにソファまで戻ってくる。
「ハァ……マッサージって楽しーけど、本気でやるとちょっと疲れる……汗とか、ヤバいかも……? ゆずたっちは……寝てるよな。どうせ誰も見てないし、アタシも楽なカッコになるか……てか男子の夏服ズルくね? 女子もシャツだけでいーだろ……」
ぱちっ、ぱちっ。
夢のなかのラティ先輩は、サマーニットのボタンを外し出し、ブラウスのボタンまで一緒に外していく。
すると、最初からただでさえ胸元が開けっぴろっげだったにもかかわらず、ボタンをひとつ外していくごとに、まるでそれまで締め付けられていたとで言うのか、おっぱいが内側からむくっ♡ むくっ♡ と大きくなった。
ふるっ♡ ふるっ♡ とも揺れ、ラティ先輩は「ぁァ……」と艶っぽい吐息を漏らして、ついには完全に前を開いてしまう。
袖から腕まで引き抜いて、ぬぎぬぎ♡ ぬぎぬぎ♡
──ば る る ん っ ♡
ターコイズグリーンのゼブラ柄をしたデカブラと一緒に、紛うことなき爆乳が飛び出た。
ラティ先輩はその流れで、自身の両腕を背中に回し……ふと僕の寝顔を見る。
「……あー、さすがにブラはやめといた方がいいじゃん? アタシ」
いくら人目が無いとはいえ、学校で上裸はマズイ。
露出狂すぎるし、風紀の乱れが激しすぎる。
元ヤン黒ギャルでも、そのくらいの節度はあったようだ。
しかし、ラティ先輩はそこから何を思ったのか。
「よい、しょっと……へへへ……ゆずたっちの胸板ひとりじめー♡」
マッサージを続けるワケでもなく、あろうことに意識のない僕に馬乗りになり、なんとそのまま覆い重なるように上半身を倒してきた。
ターコイズグリーンの目に明るいゼブラ柄デカブラが、そのストラップ紐を残して布地の部分を完全に見えなくしてしまうほどに。
遠慮のない密着。
ずっしり♡ どっしり♡ たっぷんぷにゅ〜んっ♡ と。
互いに薄布一枚か二枚を隔てた状態ではあったものの、素肌の質感が確実に伝わるゼロレンジ。
おっぱいが大きすぎて、ラティ先輩はうつ伏せができない。
そのため、僕の胸板の上では必然、ぐにゅぐにゅっ♡ と潰れた女体の丸みが存在感を発していて。
ラティ先輩の顔も、重力に従って頬にかかる髪の毛も、呼吸がかかるくらい近くにあった。
カラダが密着すれば、その面積は熱くなる。
なのに、そのうえさらにラティ先輩は燃料まで投下した。
「だぁりん♡ ……へへっ、ホントはアタシ、こうやって旦那様に甘えたり甘やかしたりしたいんだよなぁ……あ〜あ〜、ゆずたっちとアタシ、結婚できたらなぁ……アタシ、毎日だって癒してあげる自信あんのに……うぅぅんっ! だぁりん♡ ちゅきちゅき〜♡ いまのうちに匂いつけちゃうもんね〜♡」
むにぃ〜♡ ぐにゅ〜ん♡
むにぃ〜♡ ぐにゅ〜ん♡
ラティ先輩は僕の胸板の上で、まるで絵でも描くようにおっぱいをグラインドさせた。
それはさながら、野生動物のマーキング。
いや、元ヤンだということを考慮に入れれば、縄張りアピールのような行為だったのかもしれない。
なんにせよ、たとえ夢うつつだろうとも、直前のマッサージによって少なからず全身の血流が良くなっていた僕である。
連日の我慢疲れ。
すなわち疲労も加味されて、下半身の拘束もベルトを抜き取られていたので緩んでいた。
リラックス状態にある若い肉体は、普段、徹底的な抑圧を受けていたのもあって、反応する時は憎悪を晴らさんばかりに如実に反応して──しまったかもしれない。
白黒ギャル(姉)が、僕の本能のタガにヒビを入れたのだ。
「ん? アレ……? 下になにか、硬いのが……あっ♡ ちょ、なんだし♡」
ラティ先輩も気がついた。
ちょうど僕の腰の上に、大胆にもまたがっていたのだ。
気がつかないはずがない。
そして、彼女はゆっくりとカラダを起こして、後ろ手にそれを確認した。
「も〜、ケータイ? なにこの硬いの──え」
ペットボトル?
握りかけ、ガバッと振り向き、ラティ先輩は瞠目していた。
「え、あ、あえ、あ、うそ、ガチ──デぇッ!?」
混乱のあまり、声を抑えきれなかったのだろう。
さすがにそこまで騒がれれば、僕の意識も眠りの波から戻ってくる。
徐々に徐々に、水底から浮かび上がるように。
「ぅぅ……んん?」
「ヤッッッッバッ!」
ラティ先輩の慌てる声。
が、僕が目蓋をこすり欠伸を噛み殺しながらカラダを起こす頃には、
「ゆ、ゆずたっち、よく眠れた?」
「ぁ、ラティ先輩。おはようございます。すいません、僕どれくらい……?」
「ええっと……たぶん十分くらいじゃねっ?」
「十分……そうですか。ラティ先輩、とてもマッサージお上手ですね」
「そ、そうだろ? アタシも才能あるのかもなー……って、自信ついたわ〜」
「声、なんで震えてるんです?」
「き、気のせいだし!」
「ボタンも……なんか掛け違ってますね」
「あ、暑かったから、さっき少し外してたんだよ!」
「ああ。たしかに。エアコンの温度、もう少し下げてくれればいいんですけどね」
学校のエアコンはいつの世も微妙にぬるい。
僕のワイシャツも、十分だけ寝てたにしては妙に湿っていた。
家庭科室はガスも扱うし、換気扇があるから特にエアコンの効き目が悪いんだろう。
これでは多少寝たところで、内側にこもる熱が冷めやらないのも当然だ。
まだまだ、僕の煩悶は燻り続けている。
とはいえ、カラダの強張りは多少楽になったかな?
首を回し、ポキッ! コキっ! と骨を鳴らす。
そんな僕に、ラティ先輩が「なあ、ゆずたっち」と目線を逸らしながら、ワイシャツの裾を掴んだ。
「どうしました?」
「アタシ、たまに授業とか抜け出して、ここでサボってたりするんだ」
「よくないですよ」
「わ、分かってるけどさ、たまには息抜きも必要じゃん?」
「……まぁ、それはそうです」
「だからさ」
裾をくいっくいっと引っ張って、ラティ先輩は僕を屈ませる。
頭を傾けると、耳元にふわっとハイビスカスみたいな香りがした。
「ゆずたっちも、たまにはここで一緒にサボっていーぞ♡ これ内緒で作った合鍵だから♡」
「……え〜?」
「サボりたくなったら、絶対チャット♡ 忘れるなよ♡」
元ヤン黒ギャル娘と思わぬ秘密の共有。
ああ、甘い誘惑はスリリングな夏の先触れか。