1 あの夏のノスタルジーへようこそ
一夫多妻制が復活している!
はじめに、この世界では男女の人口比に偏りがあり、男性は女性よりもかなり少ない。
そのため、人類は種の存続の観点から旧時代の制度を復活させている。
……ああ、分かるよ? うん。そうだよね?
令和日本に生きて西暦2025年の多様性万歳社会を知る人間としては、かなり戸惑ってしまう語り出しだ。
けれど、どうやらこのパラレルワールドではそれが歴史的な事実ってやつらしいので、僕ひとりが異を唱えたところでどうにもならない。
なにせ、周りはみんな認めているんだ。
小学校高学年の社会科の授業で使う教科書にさえも、当然の常識のように一夫多妻制が復活した理由と所以が書かれている。
もちろん、中学と高校の教科書でも同じ。
それどころか、ネット、テレビ、書籍に至るまで。
いわゆるメディア全般に、揃って同じような内容が記録されているし、割と手軽に誰でも確認可能な状況だ。
そこには、正直、男にとってあまりにも都合が良すぎる形になった世界に対する説明。
つまるところ、この世界観に関する親切なイントロダクションが載っている。
ああ。自己紹介よりも先に世界観説明だなんて、我ながらどうかとは思う。
でも、これぱっかりはどうか許してほしい。
僕の現状とこの世界で置かれている立場。
そういったものに理解をしてもらおうと思ったら、まずはやっぱりこのイカれた世界について説明しておく必要がある。
大丈夫。なるべく簡潔にするよう努力はするさ。
それじゃ、始めるね?
まず──西暦2149年(いきなり未来かよ! ってツッコミはいったん懐にしまってもらいつつ)、世界人口は大きく激減していたんだ。
理由はいくつかある。
度重なる世界的パンデミック。
某所より始まって泥沼化した大戦。
経済的困窮により少子高齢化が世界的に普遍化。
このままじゃ人類絶滅も一度はあり得ると危惧された暗黒時代が、まさに到来してしまったのがこの時代らしい。
んで、ここからが驚きなんだけど……
世はまさに大暗黒時代! なものだから、終末思想に取り憑かれた一部のカルトが異界の扉を開くことに成功したらしいんだ。
──は? ファンタジー? ってツッコミはいったん我慢してもらうね? 僕も最初は我慢したから。
それでえっと、そのカルトたちは異界の扉の向こう側にいた存在──人類よりも高次元のステージにいる上位存在に頼ることで世界を救おうとしたらしいんだけど──ありがちなことに、その異界の扉から現れ出たのは神様とか天使とかじゃなくて、どっちかっていうと悪魔みたいな存在だったらしいんだ。
教科書には、淫神や淫魔たちって書かれてる。
すごいよね。まるで薄い本さ。
だけど、超常的な力を持った淫神や淫魔は、上位存在であることに変わりはなかった。
人類はただでさえ疲弊していたのに、残された力を総動員せざるを得なくなって、それからおよそ三十年の歳月をかけて異界の扉を閉ざして、こっち側に残ったほとんどの淫神と淫魔を滅ぼすことに成功。
とはいえ、西暦2180年。
世界はもはやかつての隆盛を完全に失って、ほとんどの地域で文明レベルが大きく後退してしまった。
そうなるとどうなるかというと、もともと戦争とかで男女比率に差が生まれていた時代だったのに、淫神や淫魔から女性を守るため、大半の男性が積極的に前線に出たことから、世界が平穏を取り戻す頃には男性人口はかつての一割以下にまで減ってしまっていて、今度は単純な男女比の問題での人類絶滅の危機が訪れてしまったんだ。
──それから十年が経って、西暦2190年。
ワクチン開発によるパンデミック対策。
非倫理的ではあるものの、種の存続という大義名分を得ての人工精子開発(男性出生率は何故か低い)とデザイナーベビー一般化。
そうやって辛うじて希望の糸を繋いで、なんとか人類は絶滅を免れる。
で、社会の安寧がようやく回復してきたのが西暦2200年代。
日本では百年以上前から続く少子化の波もあって、他国に比べても輪をかけて男性の希少性が上がっていて。
科学技術は進歩したモノも一部残されてはいたけど、大半は戦火に呑まれてしまって退化して、都市部を除けばだいたい西暦1990年から2000年頃にも似た光景が広がるように。
と、ここまでが大まかな世界観説明。
ここからはやっと、僕個人のプロフィールに関係してくる部分に触れていこう。
さて、舞台はパラレルワールド日本のとある地方都市、九十九坂。
郊外には田園や畦道が広がって、旧都と新都、二つの顔を持ってる田舎街。
昔ながらの景色を保った旧都と、都市開発を進めようとしている新都があるって覚えてもらえればいいかな。
旧都には山と田園と小川、ひまわり畑なんかもあって、古都とも呼ばれる文化的な日本家屋街が奇跡的にも現存しているんだ。
新都は対照的で、僕個人の感覚からすると未来的な建物や施設が多くて、あとはそうだな。まだ発展途上ながらも映画館を備えたショッピングモールとかがあって、九十九坂市民に限らず徐々に人気を集めてる街って感じ。
それでも、総合的には〝どことなくノスタルジーを刺激する日本の原風景都市〟って評価が、一番しっくり来るとは思う。
僕は、柊木柚子太郎。
ここまでの話で転生者でありタイムスリッパー? でもあるのは、言うまでもないよね。
ただし、僕って男は幸か不幸か、それだけじゃ終わらないんだ。
デザイナーベビー一般化の過渡期に発生したちょっとした問題って言うのかな……どうも僕は、現在では禁止された【モデル:魔性の男】のデザイナーベビーらしくて。
このパラレルワールドでは、男は男ってだけで社会的に保護される立場であるにも関わらず、さらに特殊な立場に置かれることになったんだ。
中学卒業と同時、それまでの養親の高齢化に伴って、国が定める〝男性の保護が充分に可能な環境基準〟とやらに則る形で、僕は新たな有資格者に引き取られた。
その有資格者は、退魔師。え? なんて? というツッコミもここはグッと堪えてもらうね? なにしろ異界だの淫神だの淫魔だのが実在する世界なので。
今の世の中、もう地上に恐るべき脅威となる淫神や淫魔はいないけど、ポルターガイストレベルの下級淫魔は絶滅危惧種レベルで生き残っている。
ごく稀に、車に轢かれたタヌキのニュースみたいな感じで目撃情報が報道されたりしている。
そんなワケで、【モデル:魔性の男】の製造には字面からも何となく想像できるように、異界の技術が関与していたらしくて。
と言っても、僕自身に何か特別な超能力とかがあるってワケではないんだけど、保護するには退魔師じゃなきゃダメだよってルールが国によって決められているんだ。
思えば、この世界で初めて鏡を見た際に、なんだか白雪姫の男バージョンみたいた見た目だなー、って思った時に伏線は張られていたんだろうね。
あ、一応誤解のないように言っておくけど、べつに「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」なんてイタイタしいセリフを、真っ先に思い浮かべたワケじゃない。
僕が最初に思ったのは、あの童話の主人公である白雪姫の容貌についてだ。
白雪姫を大人になってからきちんと読んだ人が、この世界にどれだけいるかは分からないけど。
現代向けに改稿された『グリム童話』に収録される白雪姫では、哀れな王女様は大抵次のように美貌を説明されている。
肌は雪のように白く。
瞳は血のように赤く。
髪は黒檀のように黒い。
歴史を辿ると、血のように赤いのは実は頬や唇だったり、髪の色は黄色と記述されていたり。
長い時間のなかで少なからず変遷があったようだけども、どうあれ僕は思った。
鏡を見て思った。
なんだか白雪姫を、男にしたみたいなヤツだなー、って。
雪のように白い肌。
黒檀のような黒髪。
いったん、そこまでは良しとしても。
血のように赤い目って……これ、本当に人間か?
先天性白皮症ならまだしも。
目だけがこんなにも赤いなんて、相当に珍しい体質に違いない。
前世の記憶がなかったら、我吸血鬼なりとか言って中二病になってた自信がある。
……ちなみに、僕がこういった諸々を知ったのは中学卒業の前。
クラスメートの女の子とちょっとしたトラブルが起きて、そこで初めて養親や政府の人とかから説明を受けた。
いろいろと驚いたし、なんじゃそりゃ、って感想でいっぱいになったよ。
ま、そんなあんなこんなも、過ぎてみれば案外懐かしい思い出かもしれないけれどね。
それじゃ、ざっくりと要約しようか。
僕、柊木柚子太郎は優秀な退魔師のもとで保護されなければならないワケありのデザイナーベビー。
中学卒業を機に、九十九坂の由緒正しき名家であり、且つ退魔師の家系でもあるっていう乳神神社(すごい名前だ)ってところへ、いわゆる養子、義理の息子?、血の繋がらない弟として迎え入れられることになりました。
それからなんやかんやありつつも、新しい学校や街でも暖かく受け入れられて、意外と心地のいい日々を送っているってのが今現在。
初夏を目前にした梅雨。
僕は九十九坂学園の二年生だ。
ちなみに、貴重な男性である僕には自由恋愛が許されてないし、成人後は国の決めた女性たちとの結婚が確定(噂では特権階級のオバサンらしい)しているっていう、やや憂鬱な悩みも最近はそれなりにあるけど。
差し当たっては成人までの短い時間、限られた青春を精一杯に謳歌しよう! ってのが僕のモットーになってる。
というのも、前世の僕は真面目一徹に生きていて、外見も男性ホルモンはどう見ても少なめな草食系って感じだった。
社会人になって初めて彼女ができても、三ヶ月もしないうちにその彼女がレズに寝取られるっていうトラウマものの記憶を持ってる。
しかもただのレズじゃないんだぜ?
男の娘風俗で働いていた、性自認が女性の男性。
つまりカラダは男だけど心は女っていう……非常にややこしい相手に彼女を寝取られてしまったんだよ。
笑えるだろ?
呆然とする僕に、彼女は真実の愛に目覚めたんだとか、性別の垣根を超えた同性愛こそ素晴らしいとか何とか言ってた。意味が分からん。
でも、僕があのとき最も目にしていたのは、僕のベッドの上で益荒男のごとく反り立っていた他人棒で、結局のところ男性の象徴であるチンポでしかなかったんだよね。
あのチンポは悔しいことに僕(前世)のそれと比べたら、とても力強くて、とても大きくて……たぶん向こうもパニックになっていたんだろうけど、咄嗟に投げつけられた僕の目覚まし時計(ステンレス製)は非常に鋭い角度でこちらのコメカミにHITしたよ。
僕は震えたね。
NTRで脳破壊されるパターンで、本当に物理的にも脳破壊されるパターンってあるんだ……!
きっとチンポが強くて硬くて大きくて太かったら避けれた。もしくは耐えられたんだと思う。
笑え。
とまぁ、それはそれとして。
生まれ変わった僕は思いました。
デザイナーベビー?
モデル:魔性の男?
男女比偏重パラレルワールド?
一夫多妻制復活?
ツッコミどころは多いけど、今世では絶対にあのチンポのように逞しい男になってやる! いや、男じゃない。雄になってやる!
ええ。そんな決意を秘め抱えるのが、僕こと柊木柚子太郎なのです。
メス顔リポーターGIFって知ってますか?
知らなければ、是非ともググってもらいたいんだけど、僕が言ってるのは海外のムキムキマッチョボクサーと爆イケ女性リポーターのGIF動画で、女性リポーターがマッチョボクサーから溢れ出る男性フェロモンにどう考えてもメス顔晒してるよね? ってのがすごく印象的なんだ。
僕の理想はアレ。
溢れ出る男性フェロモンだけで、女性を思わず虜にしてしまうような上位雄になりたい……
柊木柚子太郎、心からそう思います。
自由恋愛許されてないし、将来は見知らぬオバサン複数人と結婚かもしれないんだけどね!
だけどいいんだ。
今の僕の身の回りには、とても魅力的な女性たちが多いし、この世界はなんやかんや男ってだけでラッキーな場面が多すぎる。
たとえ束の間の幸福かもしれなくても、彼女たちと友達以上恋人未満な関係を楽しむのも、それはそれで乙なもの……
ところで、僕を引き取ってくれた退魔師一家のことだけど、彼女たちがみんな黒髪ロング姫カットの和風爆乳美人って話はもうしたっけ?
退魔師のなかでも退魔巫女って呼ばれるエッチな巫女さん一家で、なんか最近、妙にスキンシップとかが多い話は?
それと、三人ともどう考えても他人には言えない欲求や性癖を抱えていて、どうやら僕を使ってそれらを解消・発散しようとしているっぽい話もあるんだけど、どう? 気になる?
これは関係ない補足かもしれないけど、僕はチンチンがイライラして仕方がないよ。
三人に限らず、他の女の子たちにも共通した話だしね。
不思議だ。僕に自由恋愛が許されてなくて、将来は国の決めた女性と結婚しなくちゃいけないってのは、彼女たちも重々承知しているはずなのに……
いったい全体、どういうつもりなんだろう……
分からない……
僕には女の子の気持ちが分からない……
とりあえず僕にできることは、彼女たちに嫌われないように、且つ、僕自身もいい想い出を作れるように、全力で理想の青春を目指すってだけだ。
彼女たちが僕に〝理想の男性像〟を求めるなら、たとえそれが生殺しのイチャイチャあまあまパイパイ生活でも、僕は喜んで応えたいよね。
たまに何というか……キツイお願いもあったりするけど。
前世のリベンジも兼ねて、とにかく頑張っていくぞ!
コホン。
これはこんな感じで始まるタイトル通りのお話です。