幽霊と宝の塔 (19) アトリオ
心が激しく揺れ動く中、宝物塔の探索を続けるアトリオ。遂に彼は、最大の絶望へとたどり着きます。
既に蝶番が壊れ、スムーズな開け閉めの出来ないドアを通り、アトリオは住み慣れた部屋へと入りました。
ここだけは他と違う。違っていてくれ。
そんな淡い期待を抱いていたアトリオですが、その思いはすぐに打ち砕かれます。
窓には申しわけ程度の布(多分、それはカーテン)の残骸があるだけですし、ベッドも足が折れ傾いています。あれだけ綺麗に維持してきたと思った彼の部屋は、まるで廃墟の一室といった風情に満ち満ちておりました。
「やっぱり、やっぱり、彼らの言う事が正しいのか?」
朽ちた机へ手をつくアトリオの目に、壁掛けの姿見が入ります。「兵士は常に、身ぎれいにしなくてはならん。装備の乱れは心の乱れだ」という、まるで中学校で言われる標語のような注意をいつも受けていた兵士たちは、皆、毎日この姿見の前に立つ事を義務付けられておりました。
おかしいな?
アトリオが、妙な違和感を覚えます。鏡には、何か赤黒い影が映っているだけで、はっきりとは見えません。最初は明かりのない夜のせいだと思ったのですが、部屋はパーパスの放った光のおかげで、それなりに明るくなっています。
アトリオは、何とも言えない不安な気持ちのまま、鏡の方へと歩みよりました。
そして彼の心は、崩壊寸前に到る事となります。
初めアトリオは、鏡に映っているものが何なのか、全く理解できませんでした。いえ、そもそもこれが、鏡なのかという疑問さえ抱いたのです。
なぜならそこには、アトリオが知っている”自分”は、映ってはいなかったからでした。最初、赤黒い影に見えたものは、彼が身に着けている鎧です。
えっ? なぜ鎧が、赤黒いのかって?
それは鎧が、これでもかというほどに錆びついていたからでした。毎日手入れを欠かさなかったはずの防具が、こんな悲惨な状態である事に、アトリオは動揺します。そして次に目に入ったものに気がついて、彼の絶望と混乱は頂点に達しました。
数本のヒビが入っている鏡の中に、アトリオは、赤サビだらけの鎧をまとった自分の姿を見出します。いえ、見出したというよりも”見えてしまった”という方が正しいでしょう。
そこにはミイラのように、黒く干からびた顔がありました。一部には骨が見え隠れしています。
「わっ!」
驚いたアトリオは、反射的に両手で顔を隠そうとしました。しかしその手を見て、彼はいっそう驚きます。目の前に現れた十本の指は殆ど白骨化しており、右腕に付けたブレスレットだけが、すすけたながらも金色に輝いておりました。
「わぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
アトリオは、気がふれんばかりに叫びます。そして頭を抱えたまま、その場にうずくまってしまいました。
その声は、表で待っているパーパスたちの耳にも届きます。
「ついに、知りおったか。……あやつ、ここへ戻って来るかの?」
パーパスが、深いため息をつきました。
しかし、一呼吸おいてホンドレックが、
「えぇ、必ず戻って来ます。あいつは、そういうやつです」
と、唇をかみしめながらも断言します。
やがて天空に放った光の魔法の効力も弱まり、辺りは再び薄暗くなりました。
その時です。憐れな兵士を待つ一団の前方に、ガサッと草の鳴る音が聞こえました。目を凝らすと、まるでローブのように布を頭からかぶった何かが、そこにたたずんでいます。
「アトリオ!」
まずは、ホンドレックが声を上げました。その声には絶望に満ちているだろう親友を気遣う優しさと、彼に真実を告げようとする悲壮な決意が見て取れます。
半ば諦めかけていたパーパスは、二人の友情の厚さに感服しました。
「アトリオ、良く戻ってきてくれた」
重ねてホンドレックが、語りかけます。
その言葉にアトリオの体が、僅かに揺れ動いたように見えました。




