幽霊と宝の塔 (18) 残酷な風景
周りの風景を見て、アトリオは愕然とします。そこには……。
「あぁ、もちろんだとも」
アトリオは、きっぱりと言いました。
「では、今からお前が全てを理解しやすいようにしてやろう」
パーパスは、持っていた杖を頭上に掲げ呪文を唱えます。すると先ほどパーパスが出現させた光の球が空へと舞い上がり、とても明るい光を発し始めました。
「あっ」
魔法の効果に、アトリオはもちろん、他の幽霊たちも小さく叫びます。宝物塔の敷地内は、天気の悪い昼間くらいの明るさになりました。
突然の輝きに狼狽するアトリオへ、
「良く周りを見てみなさい。お前の言う五年間を過ごした、いわば我が家をな」
と、パーパスが声をかけました。
「良く見ろって……」
アトリオには魔法使いの言葉の意味が、良く理解できませんでしたが、漆黒の闇の中に、ポッカリ出現した”昼間”のもの珍しさから、振り返って周囲を見回しました。
最初はハッキリと捉えられなかったものの、次第に彼の目にも周りの様子がわかってきます。
「別に、いつもの昼間と大して……」
アトリオはそう言いかけますが、見慣れているはずの風景は、そこにはありませんでした。
「こ、こんなバカな……」
彼は、呆気にとられます。
それもそのはずです。凛々しくそびえてたっているはずの塔は、無数のツタにからまれ、また多くの石壁が崩れておりました。ところどころにある穴からは、中の階段がハッキリと見えています。
加えて施設内の草木の数々も、そういった趣味のある兵士が丹精込めて剪定していたはずなのですが、何十年も打ち捨てられていたかのように、おのおのが思いのまま茂っていました。
「こ、こんなはずは……、こんなバカな!?」
アトリオは、大声で叫びました。それをパーパスとホンドレックが、悲しそうな目で見つめます。
「もし、今おぬしの目にしているものが幻だと思うなら、納得のいくように調べるがよい。
ただし、お前に残された時間は、さほど長くはないという事を忘れるでないぞ」
アトリオは、パーパスの言葉を尻目に、塔へ向かって走り出しました。
そんなはずはない。そんなはずはない。
アトリオは、そう自分に言い聞かせながら、まずは宝物塔へ向かいます。先ほどはほんの外観しかわかりませんでしたが、実際に中へ入ってみると、内部は外側以上に朽ち果てておりました。彼の心が、グラグラと激しく揺れ動きます。
頭に、かーっと血が上る中、塔のてっぺんまで登ったアトリオは、すぐに踵を返して宿舎へと向かいました。
あそこは、ここと違うに決まっている。
アトリオは藁をもつかむ思いで、正に我が家とも言える宿舎へと急ぎます。しかしいざ到着してみると、小奇麗なはずの板壁は、見るも無残に腐り落ちておりました。
「そ、そんな……。ついさっきまで、俺はここで暮らしていたのに……」
現実とも幻ともつかない感覚のまま、彼は宿舎の入り口に立ち尽くしました。
どうする。中へ入るか……?
彼の心に迷いが生じます。今まで何の疑問も持たずに過ごしてきた日常が、その根底から崩されているのです。いっそ、わけのわからぬまま燃え尽きてしまった方が良いのかも知れないと、アトリオはふと思いました。
ですが、すぐに彼は勇気を振り絞ります。それは、親友の顔を思い浮かべたからでした。
ホンドレックはこんな危険な場所に、老骨に鞭打ってやって来た。それは、まごうことなく俺のためだろう。もしここで逃げてしまったら、それはホンドレックを裏切るのと同じ事になってしまう。
アトリオは、パーパスに宣言した言葉をかみしめながら、宿舎の中へと入っていきます。
先ほどまで兵士たちが集まっていたホール。楽しい記憶が沢山ある食堂。みな彼の思い出を打ち壊す酷いありさまになっておりました。
彼は最後の覚悟を決めて、自らの部屋へと向かいます。そこは良い事も悪い事も全てが凝縮された、彼が一番落ち着ける場所でした。




