幽霊と宝の塔 (12) 最後の一人
次々と青紫の炎に包まれて消えて行く兵士たち。そして、ついには……。
それが意外なほど、効果があるんです。切りつければ、まるで普通の人のように血が吹き出、更には情けないほどアッサリと撤退をして行きました。
「北側に一体、東側に三体!」
物見の声が、響きます。
しかし彼が、続報を仲間たちに届けようとした時、
「……あれっ? 私は、どうして……」
と、口走ったかと思うと、兵士は途端に青紫の炎に包まれ、跡形もなく消え去りました。
「ちきしょう! 物見がやられたか」
その様子を見ていた軍曹の悔しそうな声が、アトリオにもハッキリと聞こえます。
どうしよう……。
アトリオは、様子を伺うべく茂みに隠れていましたが、脱出のタイミングを決めあぐねておりました。
何故ならば、味方の減り方が、彼の予想よりずっと早かったのです。敵に斬られた瞬間に燃え上がった者もいれば、自然とそうなった者もおります。
今から城へ走っても、援軍が来る頃には全滅しているに違いない。それでは助けを求に行く意味がない。単に、俺が逃げ出すだけじゃないか。
若くまっすぐなアトリオは、それを潔しとはしませんでした。
俺だって、数秒先には燃えだすかも知れないんだ。だったらいっそ、宝物塔を守る”名誉ある王国兵士”として、立派に散ろう。
アトリオはそう決心すると、辺りを見回します。物見の兵は既に消え去っていましたので、戦況は自分で確かめねばなりません。
ん? 幽霊の一団が、ひとつの場所を目指しているような……。
茂みから抜け出したアトリオは、その先にある何かを見出そうとしました。
白い光が円を描くように並んだかと思うと、その中心から、覚えのある勇ましい声が聞こえてきます。
「やぁ、やぁ、我こそは、グラフンゼルの戦いで一番槍をつとめたドリヴァントなり! 幽霊ども、こちらは逃げも隠れもせんから、一匹ずつ掛かって来い!」
と、軍曹が叫びました。呼応する者は、誰一人としておりません。アトリオは塔に残った者も含め、生き残りが自分と彼の二人だけになったのだと直感しました。
アトリオは「散々しごかれたあの人と、最後を共にするとは思わなかったな」と、苦笑いをします。しかし、それも何かの運命であろうと、唯一残った同朋の元へと脱兎の如く駆け出しました。
既におぼろも去り、煌々と月光が照らす森の草上をひた走るアトリオ。
彼があと一歩で、軍曹の元へ到達しようとした時です。
軍曹は、不思議な顔をしながら、
「お、俺は一体……。なんで、こんな所に……。俺は確か……。そ、そうか、思い出した! 俺は、いや俺たちは!」
と、真っ暗な虚空に向かって叫ぶと、青紫の炎を発し、もやのはずれた月の光に溶け込むように、ふっと消えて行きました。
あぁ、軍曹までも……。
その光景を目の当たりにし、呆然とするアトリオでしたが、
ついに、俺だけになってしまった。俺は軍曹のような武功はないけれど、燃え尽きる前に、せめて一太刀!
と、使い慣れた腰の剣をサッと抜き、輪になった幽霊たちの外側から突進します。
「うしろだ! うしろから来たぞ!」
幽霊の一人がアトリオに気づくと、周りの者たちへといち早く警告を発します。
電光石火の突撃に不意を突かれた幽霊たちは、思わず隊列を乱しました。その隙をアトリオが見逃すはずがありません。
「いやぁぁぁ!」
鋭い雄叫びと共に、アトリオは一番近くにいた幽霊に斬りかかります。幽霊は一瞬ひるんだものの、かろうじてアトリオの剣を盾で受けとめ、二三歩後ずさりました。
しくじった!
アトリオは、断腸の思いにとらわれます。多勢に無勢。隙をついた奇襲以外に、彼が一矢を報いる術はありません。それが失敗したのです。あとは幽霊たちの、良い獲物になるしか道はありませんでした。




