幽霊と宝の塔 (10) 軍曹
叩き起こされたアトリオが集会場へ行くと、そこにはあの軍曹が……。
考えれば考えるほど、訳が分かりません。いえ、パズルのピースは幾つか揃っているのですが、それが全くかみ合わないのです。真ん中に存在するであろう核になるピースがまだ揃っていないせいなのか、外側のピースだけあっても意味を成さないようでした。
「おぉ、アトリオ。無事だったか!」
ホールで彼を一番に出迎えたのは、あの軍曹でした。アトリオに取って、決して印象の良いとは言えない男ですが、今は旧知の友に巡り合ったような喜びを覚えます。
「軍曹、これだけですか? これだけが……」
アトリオは、ホールを眺めまわして愕然としました。そこにいるのは兵士とスタッフ合わせても、本来在籍する数の三分の一程度に過ぎなかったからです。
「うむ。もうこれだけだ。皆、次々と青紫の炎に包まれて……」
軍曹が頬を引きつらせながら、恐怖の瞬間を思い浮かべます。
「それと、隊長がどこにもいない。やはり誰も見ていない所で、消失してしまったのだろうか」
アトリオは後ろめたい感覚に襲われますが、もうそんな事を言っている場合ではありません。彼は、今は亡き副隊長と一緒に見聞きした惨劇を吐露します。
「そうか……。いや、お前が気にする必要はないぞ。俺が副隊長でも、同じ指示をしていただろうさ」
厳しい指導一辺倒だった軍曹の、思いもかけない優しい言葉が、アトリオの荒れた心に染み入りました。
「見ての通り、この中では俺が一番の古株だし、階級も最高位だ。副隊長に変わり、俺が指揮をとるが異論のある者はいるか?」
軍曹が、生き残った者たちを見やります。その声は落ち着いているようにも聞こえますが、まがりなりにも上官の意地として、そう振る舞っているだけに違いありません。
その場にいる誰からも、反対の意志を示す者は現れませんでした。軍曹は、隊長や副隊長程の人望はないものの、それでも残った者たちと比べれば、一番頼りになる兵士であるのは確かです。
「よし、ではこれからの……」
皆の了解を得て、新たな指揮官となった軍曹が、この先について話そうとしたその時です。
「軍曹。城へ助けを求めましょう。もう、それしかありません」
アトリオは、かねてからの提案を行うタイミングは今しかないと考え、最高司令官となった彼に進言しました。
「……助け? それは一体どういう……」
軍曹が、不可思議な事を聞いたような顔をします。
まただ。でも、ここで怯んじゃいられないぞ。
アトリオはそう考えて、今度は周りの兵士たちに向かい、
「どうでしょう? 森には魔物、獣、おまけに幽霊までいる始末です。城まで無事に辿りつくのは、至難の業でありましょう。しかし、これだけの人数ではどうしようもないですし、今後、誰も消えないとは言えませんよね。
危険を冒してでも。城へ行く価値はあると思います」
と、精一杯の弁舌を振るいました。しかし、兵士たちの反応は今ひとつです。
それは「反対」というよりも、やはり「何を言っているのか意味不明」という顔つきでした。何かもう、皆で示し合わせたかのように……。
「諸君。おそらく、今夜が最後の戦いになるだろう。皆、王国兵士としての誇りを忘れないよう、奮起してほしい!」
アトリオの提案などなかったかの如く、軍曹がいつものように、荒々しく皆を鼓舞します。
軍曹と古参の兵士たちが作戦会議をする中、少し離れた所でアトリオは思案に暮れました。
このままじゃ全滅だ。黙って、城へ向かってしまおうか。無論命令違反だし、辿り着ける保証もない。俺だって、いつ青紫の炎に包まれるかわからないんだしな。




