幽霊と宝の塔 (9) 泥沼
暫しの休息のあと、事態はますます混迷を深めている事を、アトレオは知ります。
「質問がある者は?」
副隊長が、ホールを見回します。しかし誰も発言する者はおりません。ミーティングは早々に散会となり、各々が自らの取るべき行動にいそしみます。
自室に戻って休息する者。食事をとる者。また、敵の襲来に備え最低限の見張りは必要なので、その任に従事する者。
アトリオは休息を命じられていましたから、軽い食事をとった後、大人しく自らの部屋に引っ込みました。
仰向けに、ベッドへと横たわるアトリオ。組んだ両腕を頭の後ろへ当てて、先ほどのミーティングの様子を思い起こします。
隊長の死……、死と言っていいかわからないが、本当に発表しなくていいんだろうか。
そんな思いに駆られながら天井を見つめるアトリオには、もうひとつ腑に落ちない点がありました。
それは、彼が隊長に進言した「城への救援要請」の一件です。
先ほどのミーティングでは、副隊長を始め、兵士たちは誰一人として、大勢の味方がいる城へ助けを求めようとはしませんでした。普通に考えれば、既に伝令の一人くらいは、王の元へと遣わしていても不思議ではありません。何せ、獣や魔物とは明らかに違う「幽霊」が大量発生したのですからね。
そんな思いを反芻している内に、アトリオの瞼は、まるで鉄球が乗っかっているが如く重くなっていきます。
最近、調子が良くないなぁ。これしきの事で、スタミナが切れちまうなんて……。宝物塔の守護隊の中で、一番年下は他ならぬ俺だぞ? 恥ずかしながら、若さだけが取り柄だってのに……。
不甲斐ない自分にいら立つアトリオでしたが、もうそれ以上は何も考えられませんでした。締め切った鎧戸から僅かに差し込む光の中、アトリオは底なし沼へ引きずり込まれるように、睡魔の支配を受け入れてしまいます。
ドン、ドン!ドン、ドン!
眠りの淵を彷徨うアトリオの耳に、暗闇の向こう側から何かの音が聞こえてきました。
うるさいなぁ。もう少し、寝かせてくれよ。まだ、さっきから……。
……リオ。起きろアトリオ!
聞き覚えのある同僚の声が響きます。
どうやら彼が、アトリオの部屋のドアを激しく叩いているようでした。
そうだ。今は、のんびり寝ている場合じゃない。幽霊の正体や、人体消失の謎も何もわかっていないじゃないか。
「今、開けます!」
アトリオはベッドから飛び起きて、急いで内鍵を上げます。そこには言いたい事は山ほどあるが、何をどこからどう話して良いのかわからないといった兵士の顔がありました。
「あぁ、良かった。お前は無事か!」
「どうしたんです?」
ドアの前で、一気に気が抜けたように立ち尽くす兵士へ、アトリオは尋ねます。
「みんなが、みんなが……!」
兵士が最後まで言葉を言い終える前に、その表情からアトリオは全てを察しました。
「みんなが、青紫の炎に包まれて、消えてしまったんですね?」
兵士は少し驚いたような顔をしましたが、何度も激しく首を縦に振り、アトリオの見立てが正しい事を示します。
「”残った人たち”は、どこに?」
「一階のホールだ」
アトリオは取る物も取り敢えず、兵士と共に最後の砦となるであろう、集会場へと急ぎました。
「副隊長は何て?」
階段を駆け下りながら、アトリオは指揮官のこれから取る戦略に言及します。
「そ、それが副隊長も……」
言葉に詰まる兵士の言葉に、アトリオは愕然としました。
「副隊長も、消えた……?」
兵士は何も言いませんでしたが、はっきりと答えを聞くまでもありません。
ちくしょう。副隊長までもが……。
本当に、何が起こっているんだ。この宝物塔に!




