幽霊と宝の塔 (5) 幽霊現る
思いもかけず、寝過ごしてしてしまったアトリオ。食堂へ行くと、大きな騒ぎとなっていました。
「でだな、起きたばかりで悪いが、見張り台へ行ってくれないか」
軍曹の申し出に、アトリオは、
「いや、出来れば俺も捜索に加わりたいんですが」
と、普段とは打って変わって口答えをしました。
「お前とデルソントの仲は知っている。だがな、多くの者が捜索に当たっていて、疲労が激しいんだ。そんな連中に見張りを頼んだら、敵の襲来を見逃す事になるやも知れん。
もし今、不意に襲われでもしたら、大変な事態になるのはわかるな?
だから、体力の回復した若いお前に頼みたいんだ」
軍曹の下手に出る態度に、アトリオは少し違和感を覚えました。いつもなら「お前は、見張りに行け」の一言で、終わる話です。
しかし彼が軍曹をよく観察すると、明らかに良くない顔色をしていました。
「軍曹、具合でも……」
アトリオが、そう言いかけると、
「バカ言え。若造に気遣われるほど、もうろくはしとらんよ」
と、彼の言葉を遮るように、軍曹がはねつけます。しかしその顔には、明らかに苦悶の色が表われていました。
「……わかりました。では、行ってまいります」
普段は恐ろしいだけの軍曹ですが、今はその威厳にも陰りが見えます。これ以上、逆らうのは悪いような気がしたアトリオは、しぶしぶ彼の命に従いました。
「あ、それからな。これは、あくまで噂の段階なんだが……」
踵を返したアトリオを、軍曹が引き留めます。
「はい?」
振り向いたアトリオが、不審な顔をしました。
「実はな。その……、何というか、捜索をしている連中から”幽霊を見た”という報告が幾つか上がっているんだ」
と、軍曹が自身なさげに話します。
「”幽霊”ですか? 魔物ではなく?」
余りに唐突な軍曹の言動に、アトリオは増々困惑しました。
「あぁ、もちろん見間違いとは思うんだが、かなり多くの者が、森の方に複数現れたと言っている。
話を聞いた誰もが、最初はヒューマノイド・タイプの魔物を誤認したと考えたようだ。しかし、皆”白っぽい光に包まれた明らかに人”と、言い張っているんだよ」
数時間の眠りを経て、十分に体力が回復しているはずの軍曹が、疲れたように手近な椅子へと腰を下ろします。
「白く光る人……。確かに、そういう魔物は見た事がありません」
多少なりとも説得力のある説明に、アトリオは関心を抱きました。
「了解です。そこも含めて、しっかりと警戒します」
軍曹の様子が余りにもおかしかったので、アトリオは素直にそう言って宝物塔のてっぺんへと向かいます。もちろん、遅くなった朝食のサンドイッチを貰うのを忘れずに。
「月はあんなに、綺麗なのにな」
見張り台へ立ったアトリオは、天空に鎮座する月を眺め独りごちました。
眼下をのぞむと、宝物塔や宿舎のある施設とその周辺を、たいまつを持った小人のような兵士たちが右往左往しています。
早く、デルソントを見つけてくれ!
アトリオは、彼らに向かって、心の中で叫びました。
そして、彼が周囲の森の方へと視線を移した時です。施設の外壁から少し離れた所に何か白く光る物が見えました。
「あっ!」
アトリオが慌てて別の方向に目をやると、そこにも同じような光が複数見え、光はまるで自らの意志があるかのように蠢いています。
「幽霊!?」
軍曹の言った事を、話半分に聞いていたアトリオは驚きました。彼が腰につけた夜間用の望遠鏡を取り出し覗いてみると、暗闇の中に更に驚く光景が映ります。
人だ!
光る何か。それは、明らかに人でした。ニンゲンもいれば、動物ビトもいます。
(※ ニンゲンとは、ほぼ人間と同意。動物ビトとは、顔が動物、体が人間の種族。ヴォルノースに存在する三大種族の内の二つ)
これは正に、幽霊と言っても過言ではありません。兵士たちの話は、本当だったのです。




