ニールの目ざめ (7) 一大事
一時間目の授業が始まろうとした時、一大事が勃発します。
「ち、違いますよ、先生。演劇でも、立役者が出て来た時には”まってまじた!”って言うでしょう? あれですよ、あれ」
皆が、続けて笑います。シャーロットも含め、ドッジが時代劇大好き少年だという事は知っていましたから、多少おかしな理屈であっても、すぐに納得したのです。
「へぇ。で、私は何の舞台に立つのかしら?」
シャーロットが、少し意地悪に尋ねました。
「え……? そ、それは……」
勢いだけで掛け声をかけたドッジは、あたふたと視線を泳がせます。
「赤ん坊を生むっていう、人生の大舞台ですよー。先生は、その主役なんですから!」
窓際の席から、マリアが声を飛ばしました。ドッジに、助け舟を出した形です。
「ふふ、上手い事を言うわね、マリア。じゃあ、ご期待に添えるかどうかわからないけど、精一杯がんばらないとね」
二人の女傑のやりとりに、クラスが更に沸き立ちました。ただドッジとしては、自分が振ったネタのオチをマリアに取られたような気になって、余りおもしろくありません。彼女の方を睨みつけ、これ見よがしに歯をギリギリと鳴らしました。
「はいはい、静かに。それでは、一時間目の授業を始めます」
場をピシャリと制したシャーロットが、教科書を広げようとしたその時です。
彼女の姿が、生徒たちの前より、突然消え失せました。
「えっ? 先生? どこ?」
途端に、教室中が騒然とします。無理もありません。だって、人一人が忽然と姿を消したのですからね。
「違う! 先生が倒れた!」
前の方の席にいた生徒が叫びました。よく見ると、シャーロットはお腹を押さえながら、その場にうずくまっています。ただ、教壇があったので、彼女の姿が生徒たちからは良く見えなかったのですね。
皆が立ち上がって、教壇の方へと集まりました。教室はもう、ハチの巣をつついたような大騒ぎです。
「先生! 大丈夫? 大丈夫?」
心配そうに尋ねる者、どうして良いのかわからずオロオロする者、只々、先生の名前を叫ぶ者。
「ほ……」
うずくまったシャーロットが、何か言おうとしています。
「何? 何? 先生、何?」
教師の傍へ駆け寄った生徒が、泣きそうな声で尋ねました。
「ほ、保健のポッテル先生を……」
シャーロットは絞り出す様な声で、やっとそれだけ言うと、意識はあるものの、再び何もしゃべらなくなり、グッタリと壁にもたれかかってしまいます。小さな子供たちでさえ、これは妊娠している事が原因だろうと、すぐに察しがつきました。
「誰か保健室に行って、ポッテル先生呼んで来い!」
クラスの”力”の象徴であるドッジが叫びます。ここは、肝が据わったガキ大将のリーダーシップが物をいうところでした。
「いえ、待って!」
今度は、クラスの”知”の象徴であるマリアが口をはさみます。
「なんだよ、マリア。邪魔すんな!」
自らの指示を否定されたドッジは、ムッとした顔で、彼女の方へと抗議の視線を向けました。
「あんた、ここが”離れ小島”だって忘れたの?」
マリアが少し、ヒステリックに叫びます。