幽霊と宝の塔 (1) 見張り番
ヴォルノースの森の昔々。森のとある場所に、宝物をいっぱい貯め込んだ塔がありました。
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前回の話は思いのほか長くなってしまったので、今回は短めにしたいと思っています。
ここはヴォルノースの森の、西にあるどこかのエリア。ただし、時は昔々、まだ森が東西南北に分かれておらず、一つの大きな森だったの時代のお話です。
この頃、森を統治していた王の城からけっこう離れた場所に、城には収まりきらない宝物の数々を保管している塔がありました。城にある宝物よりは一段価値が下がるとはいえ、それでも塔はかなりの金銀財宝で溢れかえっておりました。
え? 城から遠く離れていては、いつ盗賊に襲われるかわからないですって?
なるほど、普通はそう考えるでしょう。でも、意外と大丈夫なのです。何故ならこの当時、森のあちこちでは獰猛な獣はもちろんの事、恐ろしい魔物さえも自由に闊歩しておりました。特に整備のされていない宝物塔の辺りには、結構な数の恐ろしい存在がひしめき合っていたのです。
そんな所へウカウカ出かけるなど、獣や魔物たちに向かって「どうか、私を食べて下さい」と言っているようなものでした。盗賊たちもそれは重々承知しておりましたので、この宝物塔への略奪行為は控えていたのです。命あっての、物種ですからね。
また当然ながら、獣は金銀財宝に興味はありませんし、多くの魔物も危険をおかしてまで、重装備の兵隊が幾十人も守っている塔へと、攻め込む理由を考えつきませんでした。多少知的レベルの高い魔物たちにとってさえ、財宝を換金する術のない彼らにしてみれば、単に仲間内への権威づけ程度の価値しかなかったからです。
よって獣・魔物たちが盗賊よけになる一方、塔が彼らに襲われる心配は殆どなかったのでした。
そんな宝の塔の夕暮れ時、てっぺんにある見張り台には、あくびをしている一人の男がおりました。
「あ~ぁ、最近は暇だよなぁ……。ま、それはそれで、結構な話なんだが」
男の名はアトリオ。この宝物塔を守る兵士の一人です。彼は在籍する兵士の中で最も若く、武芸も人一倍優れておりました。
「故郷を出てから五年余り。村のみんなは、今頃どうしているだろう? 」
アトリオは、いちいち口に出して喋ります。そうでもしないと、退屈で死んでしまいそうになるからでした。現在、西の空に落ちんとする夕陽でさえ、最初の内は余りの美しさに感動したものの、今は、溶いた卵を流したフライパンと大して変わりはありません。
もちろん、ずっとそういう状況であったわけではないのです。彼がこちらへ赴任して一年ばかりが過ぎた頃、宝物塔建設以来の大規模な戦闘がありました。ただし、襲ってきたのは盗賊ではありません。それは悪魔が率いる、魔物の一団でした。
戦いは熾烈を極めましたが、塔の兵士たちは勇敢に戦って、頭領の悪魔を見事打ち果たします。まだ手傷を負っていなかった魔物たちも、主を失った途端、まるで蜂の子を散らすように森の暗がりへと消えて行きました。
その後しばらくして、やはり魔物たちはたびたび攻め込んで来ましたが、頭領の悪魔を欠いているせいか、割と簡単に撃退する日々が続きます。
コツ、コツ、コツ、コツ。
アトリオの後ろ、というよりも下の方から、石の階段を上る音が聞こえてきました。
「よぉ、アトリオ。まだ、退屈で死ななかったようだな。交代の時間だぜ」
同僚のデルソントが、アトリオに声を掛けます。
「あぁ、やっと来たか。時間を誤魔化しちゃいないだろうな。あんたの来るのがもう一分遅かったら、本当に退屈で死んでいただろうよ」
信頼できる仲間同士の、たわいない冗談が交わされました。
任務を終え、階下へ向かおうとするアトリオが振り返り、
「わかっているとは思うが、油断をするなよな。ここ何週間かは襲撃の気配もないが、俺たちを油断させようっていう腹かも知れないぞ」
と、言って、年の近い剛力兵士に注意をうながします。
「当然さ。ま、今度は俺が、退屈で死なない事を祈っていてくれ」
デルソントの冗談を笑いながら、アトリオは下の階へと下りて行きました。
これから宝物塔には、夜のとばりが下ろされます。デルソントは、先ほどまでとは打って変わった顔つきになり、漆黒の森に向かって目を凝らしました。
「……ちくしょう。これから真夜中まで見張りだってのに、頭の奥がズンズンしやがる」
同僚に心配を掛けまいと陽気に振る舞っていた屈強な兵士が、額を軽くたたきます。




