ニールの目ざめ (75) 魔法管理局
寝室へ向かうニールに、パパが送った一言とは。
「うん? 見た事ないケーキだなぁ。いや、見た事あるぞ。ん~、ずっと昔、どこかで見たような見ないような……。あれっ、何か特別な香りがしてくるぞ」
ナコレント麦の香りは特有で、それを使ったケーキもまた独特の風味を醸し出します。パパは、その香りの記憶をたどり始めました。
皆さん、ご存じですか? 香りというのは、人の記憶に一番残りやすいものらしいですよ。だから魔法を神様から授かった日を忘れないよう、このケーキを食べるんですね。
そして、パパも遂にその正体を突き止めます。そう、もう四半世紀近く前、自分のために母親が作ってくれたケーキの事を。
「ママ。こりゃ、ナコレント麦のケーキじゃないか? それがなんで、ここにあるんだい?」
パパは、まだ気がついていないようです。
「パパ。ナコレント・ケーキは、どんな時に食べるんだっけ?」
ママか、呆れたようにヒントを出しました。
「そりゃあ、魔法を授かった時……。あっ!」
ようやくパパも、気がついたようですね。突然だった事もあり、その驚きようは大変なものでした。おかげで、ママにからかわれていたのも忘れてしまったようです。
パパが手を洗った後、ニールのお家では、これまでで最大級のパーティーが開かれました。ニールの授かった魔法がレガシーマジックであった事も、その賑やかさに拍車をかけます。
そして、パパがレガシーマジックの話を聞いた時の一言は、
「すごいぞ、ニール」
でした。
ママの予想通りですね。
彼女は、思いを込めて作った料理の数々をニールの皿に取り分けながら、果ては学者か樹木医かと、パーティーの主役以上にはしゃぎます。まるで、自らの不安を打ち消すように……。
楽しい時間は、過ぎ去るのも早いもの。夢のようなパーティーは、あっという間に終わってしまいました。これからパパとママは、お片付けです。ニールは明日に備えて、二階の自室へと戻ります。
ニールが、自分の部屋へ引き取ろうとしたその時でした。ママが台所にいるのを見計らって、
「なぁ、ニール。ママは植物学者だ、樹木医だとか言っているけどさ。どんな魔法を授かろうが、お前はお前だからな」
と、パパがお皿を集める手を止めて、ニールに向かって言いました。
「それ、どういう意味?」
助言の真意が分からないニールが尋ねます。
「今は、わからなくていいよ。でも将来、お前が魔法の事で悩む日が来たら、この言葉を思い出してくれ」
パパはそれだけ言うと、山と重ねたお皿を抱えて、ママの待つ台所へと向かいました。
大きい魔法を授かるのは幸運な事ですが、それは災難を呼び込む事でもあり得ます。
パパの「空を歩ける魔法」は、レガシーマジックではありません。でも一般的な魔法に比べると、かなり強力な魔法です。それゆえ、使用者であるパパを上手く利用しようと擦り寄って来る者たちも少なくなく、また妬み嫉みの念を抱く者たちも多いのです。
そんな、若い頃の悩み多きパパを救ったのが、ある人から言われた「どんな魔法を授かろうと、お前はお前だ」という言葉だったんですね。ニールの前に必ずや立ちはだかるであろう高い壁を、彼が立派に乗り越えてくれると信じつつ、パパはママに文句を言われながらも、大量の皿やお鍋を夜遅くまでせっせと洗いました。
さて、ではこの先、数週間の間に起こる出来事をかいつまんでお話します。
学校から「読心樹の魔法発現」の一報を受けた魔法管理局は色めき立ち、専門の評価委員を通常の倍の数、ニールが住む南の森の支局へと派遣しました(本局は、決め事の都市にあります)。
そしてニールに負担が掛からず、周りにも怪しまれない範囲で、彼の魔法の認定作業が始まります。




