ニールの目ざめ (69) 目ざめ その3
公園の主と呼ばれる大木と、ニールの会話が続きます。
「え? それは、本当? で、でも……」
ニールの心が、驚きの声をあげました。
”そうじゃ。ワシはな、樹木医、つまり木のお医者がいう所の《レディガロール病》らしいんじゃ”
「レ、レディガロール病?」
聞いた事のない病名を、ニールが繰り返します。
”あぁ、いつの事だったかもう忘れてしまうくらい昔の話じゃが、とても優秀な樹木医が、ワシの下で同僚と話しているのを聞いたんじゃよ。
この病気はとても珍しく、一度かかったら急速に病状が進んで、もう治らない。そしてその兆しは、外からはもちろん、医者が調べても判別するのは大変難しいそうだ”
巨木は自らの死因となる病気の話を、淡々と語り続けました。
”実は、つい十日前にも樹木医が来てワシを検査をしていったんじゃが、やはり気づかなかったようだ。
だが、ワシにはわかる。ワシの幹は、もう立っているのが難しいくらい、中身が傷んでグチャグチャになっておるとな”
「立っていられない? つまり倒れるって事?」
ニールは、巨木が言わんとする事を察して困惑します。
もし、この高さ三十メートルはあろうかという大木が倒れたら、どうなるでしょうか。その枝葉を含めれば、砂場はもちろんの事、更にその先まで、下敷きになったものは大変な被害を被るでしょう。
ニールは首を少し動かして、目線を砂場の中央へ移しました。そこでは小さな子供たちが、夢中になって砂遊びをしています
もし今、公園の主が急に倒れたら!
ニールの背中に、どっと冷たいものが流れ出しました。
”ワシの言いたい事が、わかったようじゃな。頭のいい子じゃ。
ニール、頼む。ワシが倒れる前に、あの子たちを安全な場所へ逃がしてくれ! このままワシが倒れれば、あの子たちの命はなくなってしまうだろう”
ニールだけに聞こえる巨木の声は、途端に悲壮なものとなりました。今まではニールに話を聞いてもらうため、叫び出したい気持ちを必死になって抑えていたのです。
「あの子たちのいない方向へ、倒れる事は出来ないの!?」
ニールは少しでも、確実な方法を模索します。
”駄目なんじゃ、ワシの幹は砂場に近い方が特に痛んどる。そちらへ倒れてしまうのは防ぎようがない”
余りに多くの事が一度に起きたので、ニールは大いに戸惑います。このままでは大変な惨事になると分かってはいるものの、なかなか体が動こうとはしませんでした。
”ニール、頼む。あの子たちは、ワシと一緒に天に召されるには早すぎる!”
長い長い時を生きて来た老木が、まだたった八歳の子供に懇願します。
ニールは迷いに迷いました。本当は、迷っている時間などないのにです。しかし迅速な決断をするには、彼はまだ幼すぎました。
その時です。ニールの脳裏に、ある言葉が突然浮かびあがります。
《どんな魔法を使えるかが、重要なんじゃない。授かった魔法を、どういう風に使って人生を豊かにするか、それが重要なんじゃないかな》
それは骨董屋エンシャント・ケイブの従業員リュンデムの言葉でした。一緒に老オーナー・ゼペックの顔も浮かびます。ニールが公園の主の話を信じられたのも、もしかしたら巨木とゼペックが、どことなく似ていたからなのかも知れません。
そうだ。これがボクの授かった魔法なら、今ここで何もしなければ、ボクは死ぬまで後悔するだろう。
ニールは、決心しました。
「公園の主さん。ボク、やるよ!」
ニールは力強く、巨木の頼みに応えます。
”ありがとう、ニール。さぁ、とにかく早くしておくれ。限界が、すぐそこまで近づいている”
巨木はニールに感謝の意を示し、彼が子供たちを避難させるまでは、何としても耐え抜く覚悟をいたしました。
さぁ、ここからがニールの正念場です。




