ニールの目ざめ (5) 教室にて
からくも遅刻しないで済んだニール。教室で親友マリアと話をしていると、そこへ駆け込んできたのは……。
「そんな事……ないです」
考えてみれば、今はもう、ギリギリのタイミングで教室へ駆けこもうとしている状況です。相談なんて、している暇はありません。ニールは少し残念な気持ちで嘘をつくと、他の生徒たちと一緒に校舎の中へと消えていきました。
”おーい。あんまり慌てて、転ぶんじゃないぞー”
ニールを始め朝寝坊の面々の背中を、メリドルの発する重低音の響きが、穏やかに後押しします。
上履きに履き替え、二階にある教室へと滑り込んだ寝坊助ニール。ゴールである自分の席に、やっと辿り着きました。
「また、遅刻ギリギリだっわね」
誰かの声が、彼の後ろの方から聞こえてきます。
「あぁ。おはよう、マリア」
振り返り仰ぎ見たのは、ニールの仲良しマリアでした。三つ編みを二つ結びにした、ちょっと大人びた雰囲気の女の子です。
「全然、早くないけどね。ニールってば、結構しっかりしているように見えて、朝だけはダメなのよねぇ」
マリアが、澄ました声で言いました。
「ははっ……」
本当の事なので、思わず照れ笑いをして誤魔化すニールでしたが、
もし、今のセリフをドッジが聞いたら”へん! マリアったら、また大人ぶっちゃって、生意気だぞ”って言うだろうなぁ。
と、思いました。ドッジというのは、これもまたニールとは仲良しの友達で、多くの時間、彼らは三人で遊んでいます。
「でも、あなたの遅刻グセは、ドッジのが移ったせいかもよ?」
まだ少し肩で息をしているニールに、マリアが語りかけました。
「移った?」
少し驚く彼に向かって、
「ニールが遅刻寸前で駆けこんでくるようになったのって、ここ半年くらいでしょう? きっと、ドッジの遅刻グセが移ったのよ」
と、マリアが言いました。
クラスで常に一番の成績を収めるマリアが、自信を持って解説します。彼女、色々な面で、他の子供たちよりもオマセさんなんです。
でもニールには、彼女の考えが間違っていると分かっていました。”遅刻のクセが移るなんて、非科学的だ”などと、言うつもりはありません。ニールが朝寝坊をするようになったのには、明確な理由があるのでした。
ここ半年くらい、彼はベッドに入ってからも魔法の事を考えると寝付けない夜が多く、その上、眠りも浅くなっているようなのです。そうすると、今朝みたいな夢ばかりを見てしまい、寝過ごす事が多くなるのでした。
「ふっ~、滑り込みセーフ!」
ニールに遅れること数分。ドッジが息も切れ切れに颯爽(?)と、登場します。マリアの言う通り、彼の方はもう、遅刻の常連と化していました
自分の机に鞄を置いたドッジ。ニールとマリアが何か話しているのを見つけ、二人の方へと近づいていきます。
「よぉ、お二人さん、ご機嫌いかが?」
体の大きいガキ大将が、おどけながら声を掛けました。まるで調子のいい、時代劇の遊び人のようなセリフです。その手の劇が大好きなドッジとしては、ちょっと格好をつけたつもりなのでしょう。
「あ、感染源が来た」
振り向いたマリアが、苦笑いをします。
「なんだ? カンセンゲンって?」
ドッジが、聞き返しました。
「そんな事も知らないの?」
と、マリアがバカにしたような目で、ドッジの顔を眺めます。
もっともマリアとしては、最初からドッジが”感染源”などといった難しい言葉を知っているはずがないと思って、言ったのですけどね。
「”病気の元になるもの”って意味よ」
自らの博識を誇るように、マリアのアゴが少し上がりました。