ニールの目ざめ (4) メリドル教頭
遅刻寸前のニール。校門の前では、教頭先生が待ち構えておりました。
十分くらいたった頃でしょうか、ニールが部屋から出て来て、
「行ってきまーす」
と、玄関の方へ向かいます。
「あぁ……、行ってらっしゃい」
ママは息子の顔色をうかがいながら、ぎこちない調子で彼を送り出しました。その時パパは、物置に行って、今日の仕事に必要な道具を探している最中です。本当は気まずくなってしまい、逃げ出しただけなんですけどね。
とにもかくにも、こうして、いつもの慌ただしい朝が過ぎて行きました。
さて、ここはニールがいつも通る学校への道。まだ少し強い風が、ピュンと吹いておりました。
石畳を急ぐニールが、
ボクの魔法の事で、パパとママ、喧嘩していなければいいけどなぁ……。
と、つぶやきます。
それから十五分も過ぎると、学校の校舎の屋根が見えてきました。後は、公園を抜けて校門まで一直線です。ニールは、公園の片方の入り口を通り抜けます。少し歩くと、そこには大きな砂場がありました。今は誰もいませんが、午後にでもなれば、就学する前の小さな子どもたちが、親に連れられて遊ぶ光景をよく目にします。
「さぁ、急がなくちゃ」
ニールが早足で、公園のもう片方にある出口へと差し掛かったその時でした。
彼は、突然立ち止まります。
「……なんだろう?」
彼は不思議そうな顔で、思わず口に出してそう言いました。
でもニールには、何も思い当たりません。誰かに呼び止められたわけではないし、何かにぶつかったわけでもありません。落ちているものを、気づかずに蹴飛ばしたりもしていませんし、鳥のフンが頭に落ちてきたわけでもありませんでした。
本当に、何もないんです。しかし、それでもニールは立ち止まったのでした。
彼は、自分が通って来た公園の方を振り返り、何に引き留められたのか原因を探ろうとします。でも、先ほどと同じ光景が目に入っるばかりであり、これといった発見は何もできませんでした。
キーン、コーン、カーン、コーン。
学校の鐘が、辺りに鳴り響きます。ホームルームが始まるまで、あと十五分という合図でした。
「遅れる~!」
後ろ髪を引かれる思いを振り切って、ニールは校門目指して走り出します。そこには案の定、メリドル教頭先生が立っており、遅刻しそうな生徒たちに優しく、しかし威厳を持って声かけをしていました。
「ニール、今日は少し遅いじゃないか。寝坊でもしたのかい」
昔、有名な合唱隊でバスを担当していたと噂されている、アゴに立派なひげを蓄えた中年の教頭先生が、魅力的な低音ボイスで遅刻寸前の生徒を呼びとめます。朝があまり得意でないニールは、すっかり教頭先生と仲良しになっておりました。まぁ、余り褒められた事ではありませんけどね。
「おはようございます。教頭先生」
ニールは、バツが悪そうに頭をかきました。
「悪い夢でも見たのかな」
教頭先生がそう言うと、ニールはドキリとします。だって、その通りなんですから。
話してしまおうかな?
ニールは、ふとそう思いました。
誰にも打ち明けられない悩み。そう、魔法の事ですが、やっぱり一人で抱えているのはつらいものです。それにメリドルの優しく低い声は「さぁ、どんな悩みでも打ち明けてごらん」と囁きかけるような、正に魔法の響きを持っておりました。
その時、
キーン、コーン、カーン、コーン。
と、再び鐘の音が鳴り渡ります。
今度は鐘に近い分、結構な迫力があり”早くしないと、遅刻だぞぉ”とばかりに、生徒たちを急き立てました。