幽霊と宝の塔 (23) 武人の誇り
なぜ宝物塔へ攻め入ったのか。その真意が明らかに。
「となれば、俺たちは魔力の補給を受けられなくなる。そのせいで、体調不良の者が多かったわけか。
それじゃぁ……!」
「既に、分かったようじゃの。魔力が補給されなければ、おぬしたちはこの世に存在できぬ。つまりは魔力切れの者から、体調を崩し消滅していったわけじゃ」
魔法使いが、アトリオの謎解きを引き継ぎます。
「そうか……。だから炎に包まれて消え入る瞬間、みんな何かを思い出したような言葉を発したんだ。呪縛から解放されて、最初の記憶がよみがえったというわけか。
それにあんたがたを”魔物ではなく、白く光る幽霊”だと認識したのも、魔力切れで呪いか解けかけていたせいだったんだろうな。魔物に比べれば、それは”真実の姿”に近いものだったから……」
「じゃろうな」
アトリオの説明に、パーパスが相槌を打ちました。
「それでは、最後に二つばかり聞かせてくれ」
しばらく黙り込んでいたアトリオが言いました。
「おう、ワシが答えられる事なら何でも」
パーパスは、アトリオの洞察力に感心します。彼もまた、残る説明は二つだけだと思っていたからです。
「一つ目は、何故、あんたらが攻め込んできたかって事だ」
その質問は、パーパスが予想した通りのものでした。
「だって、そうだろう? 今の話じゃ、悪魔から魔力の補給を受けられなくなった俺たちは、早晩、青紫の炎に包まれ消えていく。わざわざ危険をおかしてまで、戦いを挑まなくても良かったじゃないか」
なるほど。考えてみれば、その通りですね。パーパスたちは、全てを知っていたのですから、今回の戦闘は無意味と言っても過言ではありません。
「理屈は、確かにその通りじゃ。実際、大臣の何人かは、今のおぬしと同じ意見だったよ。じゃがな。それに反対した者たちもいたんだ」
「何故?」
今一つはっきりしない回答に、アトリオは首をかしげます。
「理由は二つ。
一つ目は”王家の威信”じゃ。
考えてもみい。先ほども言ったが、宝物砦は王国の要の地の一つじゃ。そこを四十年にわたって支配されて来たのだよ。悪魔を倒したとはいえ、ただ漫然とおぬしらの自滅を待っていたのでは、王家の威信にかかわる」
「なるほど。あくまで”戦って奪還した”という形を作りたかったわけか」
下らないとは思いつつも、アトリオはその説明に納得しました。
「で、二つ目は?」
「二つ目の理由は……。おぬしたちからすれば、余計なお世話だと思うかも知れんがの。もしこちらが何も行動を起こさなければ、おぬしたちは、混乱と恐怖の中、いたずらに死を待つ事になっただろう。
それは同じ武人としてたまらぬ、という意見が、複数の将軍から出たのじゃよ」
その会議に出席していたパーパスが、当時の様子を思い浮かべながら話します。
「武人たる彼らからすれば、理不尽な運命を背負わされてきた兵士たちには、勇猛に戦って散るという最期を迎えてほしかったんじゃ。
というわけで、大臣連中も、王家と実力部隊である武人たちの意見には逆らえなかった」
パーパスは二番目の理由を”余計なお世話”と卑下しましたが、それは謙遜であるとアトリオは思いました。
宝物砦の兵士たちは悪魔につけ込まれたように、正に戦う事に誇りを持っていた者ばかりです。わけの分からぬ恐怖の内に消え去るよりも、戦いで散った方がどんなにか幸せだったに違いありません。それは、華々しい最期を遂げた軍曹を見ればわかります。
「そうか……。なぁ、この砦で一番下っ端の俺が言うのもおこがましいが、兵士一同に変わって礼を言うよ。出来れば、将軍たちにそう伝えてくれ」
アトリオが、しみじみと言いました。
「あぁ、必ず伝える」
パーパスが請け合います。
「それじゃぁ、最後の質問だ」
その言葉に、パーパスもアトリオも身を引き締めました。泣いても笑っても、次の謎が解ける頃になれば、彼は青紫の炎に包まれるはずです。
「ホンドレックは、何故ここにいる?」
アトリオの問いを、二人は微動だにせず受け止めました。
「何故とは?」
これもパーパスが事前に予測した質問と同じですが、念を入れるために魔法使いは問い返します。
「まず、ホンドレックの服装は、王宮勤めのそれじゃない。典型的な鍛冶屋のものだ。一鍛冶屋が、どうして王宮の首席魔法使いと一緒なんだ?
そもそも、なんで俺がここにいると知っている。四十年前の記録が残っていたのか?」
アトリオが、最後の質問の口火を切りました。
「うむ、もっともな疑問じゃて。
まずワシとホンドレックの間柄じゃがの。彼は二十年来のワシの友人だ。時間がないので詳しい説明は割愛するが、国家的な陰謀が企てられた時に知り合って、その後もこやつの素晴らしい鍛冶の腕前に惚れ込んだワシが、懇意にしてもらっておる」
(ここら辺の事情は、第一部「癒しの剣」参照)
アトリオがホンドレックに目を移すと、彼は力強く頷きます。
「それからな、おぬしがここにいる事は、記録からわかったのではない。おぬしが知らぬのも無理からぬ話だが、この四十年というもの国は大きく混乱していた。おぬしがここへ赴任した記録など、とうの昔に失われている」
パーパスが、アトリオの知らない歴史を語りました。
「では、何故なんだ」
自らの予想が外れ、アトリオは困惑します。
「時間がないから、これも結論から言おう。重要な鍵はな、お前の身につけているブレスレットじゃよ」
パーパスが、アトリオの右腕に輝くブレスレットに視線を流しました。
「ブレスレット? ホンドレックに貰った?」
アトリオは右腕を眼前に掲げ、親友からの贈り物を見やります。
「あぁ、さっきも言った通り、王国は何度もこの宝物塔奪還を試みた。おぬしらには、それが魔物の襲来に見えたわけだがの。
そして戦いの報告があるたびに、右腕に不思議な文字を刻みつけてある金色のブレスレットをつけた、勇猛果敢な兵士の話がワシの耳に入ってきたのじゃよ」
アトリオは再び、ブレスレットを見つめました。
「興味を持ったワシは、そのブレスレットの事をよく観察するよう出征する兵士に頼んだ。そして作戦が度重なる内に、その情報も大いに蓄積され、ワシはその文字が古代文明に由来するものだと気がついたのじゃ」
アトリオは、先ほどパーパスが、ブレスレットの文字を音読した事を思い出します。
「ワシは魔法使いゆえ、古代魔法にも興味があってな。まぁ、色々調べておったのじゃよ。
そしてつい最近、何気なくその事をホンドレックに話したんじゃ。そしたらな、もっと詳しく教えてほしいとせがまれて、まぁとにもかくにも、情報から再現した絵をこやつに見せたんじゃよ」
パーパスがホンドレックの方を振り向き、話を引き継ぐように促しました。
それを素早く察したホンドレックが、
「そうなんだ。見ると驚いた事に、その絵に描いてあるブレスレットは、間違いなく俺がお前に餞別として渡したものに違いない。そう思った俺は、パーパス様に更に詳しい話を聞かせてもらったんだ」
と、急くように話し始めます。




