【学生BL】ミカヅキと太陽【短編 完結済】
大事なことほど何故か素直に言えないっていうのはよくある話だと思う。俺だってそうだ。
今までそのせいで何度も失敗してきてるというのに、素直になるのはやっぱり気恥ずかしい。それに、思ってることを単純にそのまま言えばいいってわけでもないから、会話って難しい。
***
ここは俺の通っている大学の食堂。
そして俺は、空になった皿をスプーンでカチカチと叩きながら、友人にフラれた愚痴を零している途中。
「あーあ!何も言わなくてもわかってくれるような付き合いがしてーなぁ!」
俺だったら相手に言葉なんか求めない。一緒にいてくれるっていうことが全部だと思ってるし、相手の気持ちなんてなんとなく感じ取れるもんだろ。
見えないものを疑ってたって何にも始まらないから。それなら信じる方が楽しく毎日が過ごせるってもんだし。
「またそんな理想ばっか……ケアって大事なんだぞ?」
「なんだよケアって!ケアが必要な付き合いってどうなわけ?逆に!」
「逆にって」
そんな風に騒いでいると突然「公共の場でうるせーよ」と後ろから叩かれて、振り返ると眠たそうな目をした栗毛の男前がいた。
「おわっ、出たな、たらしヤロー」
「別に誰もたらしてない。またカレーか」
「そっちこそまた蕎麦か」
詰めろと押されてひとつ席を動くと隣に我が物顔で座りやがる。
「礼の一つもないのかお前は」
「ここはみんなが使う学校の持ち物だろ。詰めて使うのは当然だし、所有者でも無いお前になんで礼を言わなきゃならん」
「譲ってもらった恩ってのはあんだろが!」
「どうも」
「よし」
「お前らいいのか、それで……」
向かいからツッコミが入ったけど無視しておいた。もくもくと蕎麦を食べる横顔を遠慮なく観察する。顔が整ってたら蕎麦食うだけでもサマになるんだなぁ……とか考える。
「あ、太陽さぁ課題終わった?」
「んーもうちょい」
「お前さ、ミツの顔見すぎ」
「だって俺こいつの顔好きなんだもん」
そう言うとチラリと不機嫌そうに目だけでこっちを見て、また箸を動かす。
「顔だけな」
付け足すとチョップされた。
「おーいミツ!」
「ん」
学食を出てすぐに仲間と思わしきチャラそうな集団に拉致られて行った眠そうな背中を見送って反対方向に歩き出す。
「太陽ってさ、ミツといつから仲良いの?」
「んー、高校が一緒でさ」
「じゃあ結構長いんだ」
「同じクラスだったのは2年の時だけなんだけどな」
***
高校に入って、俺はそこそこスポーツが得意だったし、まあまあ真面目だったし、顔だって中の上くらいの造形で、自分で言うけど、普通に人気者だったと思う。
幅広く友達もいたし、放課後に毎日集まる仲間もいて、ギターやればモテるかと思ったくらいでなんとなく入った軽音部では頼まれてボーカルやったりして、充実してた。
さすがに同学年の全員を覚えてたわけではないけど、交友関係が広かったから顔と名前がわかる程度でよければ結構な数だったな。
その中で話したことは無いけどなんとなく気になってる奴はいた。それがさっき"ミツ"って呼ばれてた、2つ隣のクラスの金谷 三香月だった。
中学から上がったばっかの時は今より背が低くて垢抜けてなかった……とは言え、あの容姿で頭が良くて、バスケがうまけりゃ本人が無口でも噂は知れ渡るもんだ。
クラスが離れてたから喋った事は無かったけど、当然のように俺もヤツの顔と名前は知っていた。
そんな金谷と初めて会話したのは球技大会のバスケで戦ったのがキッカケだった……のかな。俺はその時の事をこんなに鮮明に覚えているのがなんとなく気恥ずかしいんだけど。
「太陽!」
「そっち回れ!」
パスを出そうとした瞬間、近くにいないと思っていた金谷の手が狙っていたかのように自然に伸びてきて一切の無駄なくカットされてしまった。
「お、わっ」
「ノロマ」
このチビ!と思わず心の中で毒吐いたけど、金谷はそのままスピードを上げてあっという間にディフェンスを抜けていく。
「おわーまじかい」
「ボヤけてんなよ太陽!」
「走れ走れ!」
後頭部をスパンと叩かれて俺も走り出す。
素人の集まりでしかない俺たちはポジションも何もなくとにかくボールを奪おうと一丸になって金谷を取り囲むけど、不思議なくらい相手にならない。
別に他のやつらの動きなんか大したことないのに、一人リーダー格の奴が凄いってだけでまるでチームワークが違ってくる。
俺たちが目の前のボールだけに必死になってる間にどんどんパスを回して翻弄された。
「おら!」
「っ!!」
どうにか一矢報いてやりたくて駆け出すと、横から同じように飛び出してきたチームメイトと酷くぶつかってしまった。
「太陽!!」
あっと声を上げる暇さえなく床に叩きつけられるように転がって、打った顔が痛いやら摩擦熱でやけどした膝が熱いやら、なんか鼻血が出てる気もするし恥ずかしいし。
でも反射的に跳ね起きてぶつかった相手を探した。そいつは俺より大きかったし、ぶつかり方が良かったのか尻もちだけで済んだみたいだった。
「わ、わりぃ……っ!大丈夫か?」
「俺は大丈夫だけど!太陽、鼻血……ってかすげえ顔赤いし!顔面から転けた!?」
「ああ、なんかもう全部いってぇー……」
俺どうなってる?と聞こうとして顔を上げると心配そうな顔をした金谷と目が合った。
だからってその時に何があったわけでもないけど、俺は保健室に連れて行かれて、鼻血が止まった後に病院に行かされた。まあ結果的には何事もなく、打ち身くらいで済んだんだけど。
「あ、金谷!」
次の日、校門で栗毛を見かけて思わず声をかけた。別に知り合いってわけでもないのに。
「ん……藤野。大丈夫だったのか」
迷いなく名前を呼ばれた事に驚く。
「俺の名前知ってんの!?」
「知ってる。お前、有名人だし。多分みんな知ってる」
「いやいや、有名人は金谷だろ!運動も勉強もできるし、キレイな顔してるし……」
って俺は本人を前にして何を言ってんだと思ったけど、言われ慣れてるのか、さほど気にした様子もなく金谷は俺をじっと見てきた。
「それなら藤野に関してだって、似たような噂を聞く。なんでもできるし、歌もうまいって……足も速いからバスケだって、やり方さえ知ればきっとうまくなる」
「あっ!それだよ、バスケ!悪かったな、俺のせいでなんか……」
「いや、決勝まで行けたし」
その言い方から、優勝は出来なかったんだなと察した。金谷のそういう言葉選びのクールさを格好良く感じた俺は、それで一気に金谷の事が好きになったんだった。
「あれっ!金谷、同じクラス!?」
だから、高2のクラス替えで自分の教室に入った時、しれっと金谷がいた時は無性に嬉しくてついはしゃいだ。
「名簿に名前あったから知ってるし」
「そんなんつまんねーから、教室に行ってみてのお楽しみにしてんだよ!」
でも金谷は相変わらず気怠そうな態度のまま俺をチラリと見てぼやいた。
「じゃあ今年は藤野と戦えないって事か、残念だな」
こいつのこういう所が『上手い』よなといつも思う。相手をサラリといい気分にさせやがるから、もう。
「い、いいじゃんか!今年は一緒に優勝狙うって事でさ!」
「じゃあ徹底的に鍛えるから付いて来いよ」
その頃には金谷はバスケ部でレギュラーメンバーに当然入っていて、態度は素っ気ないものの話してみると案外人当たりのいい性格だから、人間関係も良好そうだった。
そうして気付けば俺たちは昼休みには一緒にバスケをして遊ぶようになって、くだらないことメールしたり、勉強を教えあったりして、まあ仲良くなったと思う。
文化祭では金谷がイケメンランキングで優勝したり、友達が多いランキングで俺が優勝したり。
「……お前さ、また身長伸びた?」
「成長期みたい」
涼しくなってきても動いてるとまだ暑い。汗を腕で拭いながらペットボトルを持ち上げるとくらりと眩暈がした。
「ふー」
昼休みの練習は2年の初めからずっと続いてて、俺もいつのまにかバスケが楽しくなってて、やっば部活でレギュラーの金谷には敵わなかったけど、そこそこ付いていけるレベルにはなれた。
時々クラスのやつらも遊び半分で参加しに来るけど、毎日来るような事は無かったから基本的にいつも2人だった。
「今年の球技大会は最後まで参加すっぞー」
「目標が最低限すぎだろ」
隣に座った金谷の額にも汗が浮かんでる。
「そろそろチャイム鳴るな」
戻るかと立ち上がりかけた時、金谷が珍しくじっと俺を見るからビックリした。見慣れたとは思ってたけど、男前に見つめられると首の辺りがむず痒くなる。
それに悔しい事にチビだと思ってた金谷はこの頃には俺より少し大きくなってた。
「なに……」
「藤野ってさ」
ピクッと金谷が動いた瞬間、気の抜けるようなチャイムが鳴り響いて俺はなぜかほっとした。
「ほ……ほら、帰ろうぜ」
そうしてまた球技大会の日がやってきた。一年の時は金谷の事は顔と名前だけ知ってる他クラスの奴って認識だったのに、翌年には毎日顔を合わして、声を掛け合って一緒のチームでバスケしてるって、なんかすげー不思議な気分だった。
「太陽まじ凄くね?お前軽音部だろ?」
「昼休みに毎日練習してっから!」
「俺も行けばよかったなぁ」
「こいつらの練習って本気だから楽しくないんだよ」
「その面白さがわからんとはかわいそうな奴だな!」
「うっせぇ軽音部のクセに!」
「運良く2年はバスケ部のレギュラーが全クラスにバラけてるし、まじで勝機あるよな」
チームの奴らとそうやって笑いながら、次々と勝ち進んで行って、俺たちのクラスは早々と学年トップを手に入れた。
「でも次3年とだろ?しかもバスケ部が3人も揃ってる組だから結構ガチで来そうじゃね」
「て事はさ、これで俺ら勝っちゃったらやばくね」
……なんてなめた事を言っていたものの、さすがに本気で中高6年間もやってきた人が3人も揃うと付け焼き刃の俺じゃ手も足も出なかった。
「わっ……と!」
止めれると思っても簡単に抜けられる。
「おいっ、気をつけろよ」
お前アツくなったら猪突猛進なんだからなと転びかけた肩を金谷に雑に掴まれて、転ばないように踏ん張る。
「くっそぉ……」
「お前すげぇスピード落ちてる。一回休め」
「あと5分なのに!」
「ラストにもっかい出てもらうから。高井!出てくれ」
グイッと背中を押されてコートから出た。交代で入ってったクラスメイトを見送ってタオルを引っ掴む。
俺と同じ、それ以上に動き続けてるのに金谷はへばるどころか周りを気にする余裕さえ持ってるから悔しい。
「やっぱり3年は強いなぁ」
「太陽が抜けたから金谷に2人もマーク付いてるし、こりゃダメだ」
またあっちに点が入って、無意識にため息が漏れるのと同時に隣からも残念そうな声が上がった。
「あーっ、もう無理だよー」
「やだぁ」
可愛い女子2人組が熱心に見つめているのは金谷だった。周りを見てみると他にも似たような女子がコートの周りにいっぱいいる。
え、まさか全員金谷の……?
じっと見ていると片方の子と目があって、その子は恥ずかしそうに俯いた。ああ、金谷がどうというより、カッコいい先輩がいるから見に行ってみようという感じか。
「あと2分!」
「俺出る!誰か交代!」
コートに入ってすぐマークされたけど、少し休憩したから体が軽い。バスケの技術はまだまだだけど、瞬発力には自信がある。もう勝てない事はわかってたけど、最後の最後まで全力で走った。
「だーーっ!!」
「おつかれ」
「もう立てない!」
外の水道で頭から水を被って、体育館の壁に凭れてへたり込む。
「でも、やり切ったら気持ちいいだろ?」
「うーん年イチでいいや……」
「ほら風邪引くぞ」
腕を引かれたけど足が本当に痛いから立ち上がるのを拒否する。
「もうちょい……」
ふと視線を上げると金谷は濡れた髪をかきあげてふぅと息を吐いた。
「やっぱ俺、お前の顔好きだなぁ」
横顔まで整ってる。日本人のクセに。
「なんだよ急に。知ってるけど」
金谷は珍しく目を細めて笑った。
それから、高3になってクラスがまた別れても俺たちは相変わらず仲が良いままで、お互い告られたりしながらも2人で遊ぶ方が楽しくて断ったり、付き合ってみても長続きしなかったりで結局はほとんど一緒にいた。
そして1学期の終わり、少しずつ暖かくなってきた頃。
「あー、今度のテストまじ頑張る」
「なんで、成績そんな悪かったか?」
「50番以内に入れたら、新しいスマホに変えてもらえんの!」
「どの教科で?」
「総合順位!」
「国語さえ頑張ればいけるだろ、普段80番前後なんだからさ」
というか、頑張る理由は受験じゃないのかと突っ込まれて苦笑いする。
「んじゃ、またな!」
「あのさ」
「ん?」
「教えようか、国語」
金谷の家は素朴な一軒家で、部屋も一般的な男子高校生って感じの部屋だった。充電ケーブルとグチャグチャのままのシーツが放置されてるベッド、勉強するスペース分だけ守られて散らかった机。
半分くらい減ってるペットボトル。いや、それは片付けろよ、汚ねえな。
雑誌とか漫画もチラホラあって、俺の部屋と大した差は無い。まあこんなもんだよな。となぜか安心する。
「なあ、よく考えたら俺のとこと金谷のクラス、国語の先生違うくね?」
「テスト内容は一緒だろ」
「まあそうだけどさ」
そんなことがあってから、テストの後も俺はちょこちょこ金谷の家に遊びに行くようになった。
「じゃーん新しいスマホ!おかげで38位取れた!夏休みの写真撮りまくる!」
「俺も変えた。一緒になって勉強したからか俺もそこそこ順位上がったし」
「えっ何位?」
聞いても金谷は適当に誤魔化して教えてくれなかったけど、普段からまあまあ良いハズだからもしかしたら一桁台いってるかも。
「お前ってさ、そういうの自慢しないよな」
「単にすげーって言われるのが気恥ずかしいんだよ」
着飾るわけでもなく、嫌味なわけでもなく、さらりとそうやって言いのける姿に俺はまた憧れる。
「金谷って大人だよなぁ…かっこいいし、そういう所も」
「お前ってさ、すぐ俺のことかっこいいって言うよな」
「うん」
なんだこの会話と思いながらパックジュースをズココ、と吸うと手に触れられる感触がして視線を上げた。
「ん?」
思ったより近くに金谷の顔があってビックリしたけど、何か言うより先にキスされて思考が一瞬だけ停止した。
「……なに?」
「いや、別に」
本当は心臓がバックバクだったけど、金谷があんまりにも普通にしてるから負けたくなくて、キスくらいこれっぽっちも気にしませんけどという顔でまたパックジュースを飲み続けた。
それからは特にそんな事件が起こることもなく、俺たちは変わらずに仲が良いままだったし、部活、バイト、たまに授業をサボって遊んだり…と男子高校生らしく過ごした。
予備校に通ったり、部活の引退ライブをやったりと受験生らしいイベントもあったけど、元々そこそこ真面目にやって来た俺たちは病むほど勉学に追い込まれる事もなく頑張れていた。
「太陽お前もう学校決めた?」
「んー……S校かT校で迷ってんだけどさ、家から通いやすい方ならS校なんだよなぁ」
「オープンキャンパス行ったん?」
「行ったけど、よくわかんないし」
うーん、と机に倒れると腕をトントンと突かれてやる気のない返事を返す。
「金谷は?」
「なんで?」
「なんでって、仲良いじゃんお前ら」
「良いけど、大学決めるのはそういうんじゃねーしょ」
別の大学を選んだとしても俺たちはこのまま友達でいられる自信があったから、特に金谷の志望校を知ったからってどうこうする気は俺には無かった。
「まあとりあえず第一志望はS校かなぁ」
文化祭も終わって、とうとう受験一色って感じになった3年の教室にはピリピリした空気が漂っていたけど、最後のイベントである球技大会の時期がやってきて、今までに無い熱量でみんながチーム決めやら応援旗の準備をしている様子を見て、金谷と初めて話した試合、去年の3年と戦った試合を思い出した。
部活の引退ライブだって燃えたし、文化祭だって体育祭だって居残ったり打ち上げしたりして心の底から楽しんだけど、俺にとっては学校生活の中で間違いなく球技大会が一番の思い出だなぁ。
「今年の球技大会は太陽と金谷が離れちまったから、どうなるかわかんないな」
「俺だけじゃ当然あいつには敵わないけど、今年はラッキーな事に他のバスケ部員がウチに固まってるからな」
「確かに、2年からレギュラー張ってる奴が多いなうち」
なんて話してると横から名前を呼ばれた。
「なあ太陽!バスケとバレー掛け持ちできる?」
「え、いいけどなんで?」
「3年は自由参加だからさ、受験大変なやつは不参加で人手足りねーの。太陽スポーツ好きだろ?」
「おー、そういう事なら!」
……なんて安請け合いして、去年バスケだけでくたくたになったことをすっかり忘れていた。
バスケの第1試合が終わって、バレーもなんとか勝てて、休む暇もなくまた次のバスケの試合のコートに移動する。
「金谷たちも勝ち進んでるって。俺ら次勝ったら当たるぞ」
「あ、そっか……なんでか俺、金谷と戦うのは最後だって思ってた」
「俺も」
実質それが決勝みたいなもんだなぁと話しながらコートに入ると、結構な声援が聞こえて嬉しくなった。
思ったより疲労が出てきてたけど、人数が足りないから休むこともできずにそのままバレーをやってる第1体育館まで走って行く。
でも次で金谷と当たるなら、そこが俺にとっての本番だからもういいかな、と思って体力を温存することとか考えるのはやめた。
「太陽ー!もう始まる!」
「おう!」
「そっちどうだった?」
「勝った!」
バレーコートに着くとすぐ開始の笛が鳴ってボールが上がる。
お互いに1セットずつ取った頃、俺は高く上がったチャンスボールに気を取られて、横のコートから転がってきたボールに気付かず思い切りそれを踏みつけてしまった。
「藤野!!」
斜め後ろから金谷の声が聞こえた気がしたけど、もう遅くて。
「っあ!?」
ぐるっと視界が回って背中から床に叩きつけられる。バンッ!と大きな音がして全身を強く打った。
「太陽っ!!」
「藤野くん!」
「おい、頭打ったか!?」
「うぐ……!」
頭も痛いけど、咄嗟に付いた左手の方が激痛と呼ぶにふさわしかった。痛みでうまく息もできない。
「っは……!はっ……はぁっ!」
「動かなくていから!先生!!」
起き上がれもせずに蹲ってるとすぐ先生たちが駆け寄ってきた。
「どんな転け方した?頭は打ったのか?」
「意識はある?藤野くん!」
「頭は……軽、……腕が、っうー、いってぇ……」
痛みのせいか、痺れて腕の感覚が無い。一体どうなっているのか見るのも怖くて目を閉じると右肩に誰かが触れた。
「俺が保健室連れて行きます」
金谷の声だった。軽々と抱き起こされて慌てる。
痛みのショックで腰が抜けてるのか、情けないことに膝に力が入らなかったけど、ほとんど抱えられるような勢いで立たされた。
「ちょっ……待っ、金谷!バスケ!」
「こんな時に何言ってんだ」
「い……から、お前は行けって!」
そう言ったのに、金谷は怒ったような顔で「もういいから」と言い放って、それ以上なにも聞いてくれなかった。
結局、俺の左腕は変なつき方をしたせいで小指が折れてて、肩が外れてた。利き腕じゃなかったのが幸いだったけど、しばらくは不便な思いをした。
そうして俺の高校生活は幕を閉じて、後は受験の思い出だけだ。
で、合格の報告に高校に行ったら金谷と鉢合わして、まさかの同じ大学だったわけ――
「おーい、太陽?」
「おおっ!俺いますげえトリップしてた」
走馬灯みたいに瞬時に思い出された沢山の高校時代の出来事をもう一度噛みしめる。
俺たちの間にあったあの妙な空気は一種の"熱病"のようなもので、お互いに思春期っていう独特な時期に流されてしまっただけの産物なんだ、多分、きっと。
すっかり忘れていた日々を少し浮ついた気持ちで反芻すると胸がざわめいたけど、だからって何をどうするわけでもない。
「仲良かったけど、大学が一緒だったのはたまたま!お互いに志望校言ってなかったもんよ」
「それって仲良かったのか……?」
「あいつ、こっちから聞かない限り自分の事話さないしさ、あの頃は俺もカッコつけたい時期だったから、俺ばっか興味あるのが悔しくて聞かなかった!」
「ガキかよ」
でも、本当はちょっと寂しかった。お前はどこにするんだ?って、一言くらい、聞いてくれてもいいじゃん。
「今はあんま一緒にいねーの?」
「取ってる講義が全然ちがうからなぁ」
「ミツはモテるしな」
「俺もそこそこモテますけどー?」
「はいはい」
さすがに広い大学ではどこからともなく噂話が流れてくるほどでは無かったものの、友達伝いで「また告られたらしい」くらいの情報はちょこちょこ入ってきた。
それも、なんとなく名前がわかるレベルの美人とかばっか。
「そりゃあるんじゃね?イケメンに告白するにはそれ相応の基準値ってもんがさ」
「女の世界こえー」
「んで、実際のところミツって今付き合ってる人いんの?」
「え、いないんじゃね?」
多分だけど、と付け足す。
「じゃあさ!今度の合コン誘ってくれ!レベ高い女子と合コンしてみてぇ!」
金谷目当てでもいいのかよ、と突っ込んだけどワンチャン有るかもと騒ぐから聞くだけ聞いてみると返事をした。
「いいよ」
「えっ、いいの?」
硬派気取ってるとか言うつもりはないけど、なんとなくこういうの苦手そうなイメージだったからサラッとした返事に驚く。
「お前も行くんだろ?」
「行くんだと思うけど……」
ハッキリと誘われたわけでは無いが、話の流れ的に俺は頭数に入れられてる事だろう。
「じゃあいいよ。俺お前と喋ってるし」
「俺は女の子と話したいですけど!?」
「あ?」
好きな顔に覗き込まれて思わずそれ以降の言葉を飲み込む。
「……ほ、ほんとさ、わかってんだろ」
「この顔に生まれて得したなぁ」
普段からその恩恵を感じまくってるくせに、あえてこのタイミングで言ってくるところに嫌味を感じたけど反応するのもカッコ悪いから無視して合コンの主催者に『金谷行くってよ』とメールを打った。
「太陽くん、酔った?」
細い指が肩に触れて、ふと気がつく。いつのまにかちょっと寝てたみたいだ。
「んー、すげぇ眠い」
「まだ始まったばっかりだよー?」
あんま飲む事ってないから、ちょっと飲むとすぐ眠くなる。隣の金谷は平然とした顔でちびちびグラスを傾けながら携帯を弄ってる。
「何してんの?」
「別に」
そう言う手元は明らかにパズルゲームか何かしてて、こいつ……と呆れた。
「ミツくんと太陽くんって2人ともタイプが違うけどイケメンだよね!本当にいま彼女いないの?」
ど直球な質問が来てちょっとビビる。これが肉食系ってやつ……?あんまりあからさまに目をギラつかされると引いてしまう俺は男として失格だろうか。
「ま、まあ!そうじゃなきゃココにいないっていうか、な!」
「まあ」
金谷は視線も上げずにやる気のない返事を返す。なんでこんな機嫌悪いんだ?いつもならもうちょい愛想良いのに。
「トイレ。藤野ついてきて」
「え、わっ」
グイッと右腕を引かれて慌てて立ち上がる。
「金谷?なんか機嫌悪い?」
「なんで」
案の定というか、行き先はトイレじゃなくて店の外だった。店の裏の道に入って立ち止まる。
「そう見えるからだけど」
じゃあ気分でも悪いのか?と俺の腕を掴んだまま離さない金谷の顔を覗き込んだ。
「お前が……いや」
狭い路地だから自然と距離が近付いて、普段しないような匂いがした。
「俺が何?てかお前香水つけてる?」
そう言った瞬間、あまりにも自然にキスされた。流れるように一瞬の事すぎて、勘違いかと思ったけど確実に柔らかい感覚がくちびるに残ってて、何か考えるよりも先に体が勝手に弾かれるように逃げ出した。
「酔ったから帰る」と返事も待たずに鞄を引っ掴んで、足りなかったら請求してくれと五千円を机に叩きつける勢いで置いて店を出た。
金谷はまだ路地にいるのか、すれ違わずに済んだ。
高校の時と違ってちっとも取り繕えなかった自分に驚いたし、金谷が何を考えてるのかも分からなさすぎて一晩中悩んだけど、窓の外が明るくなっても何も解決しなかった。
「太陽!」
「おー、ごめんな昨日……」
「大丈夫か?すげぇ顔してんぞ」
金谷に出くわしたくなかったからコンビニでパンを買って、ベンチで項垂れてると声をかけられた。
「で、何を喧嘩したんだよ」
「別に喧嘩したわけじゃ……」
「まあまあ、詳しくは聞かねーけど、とにかく気にすんなって!ミツ酔ってたみたいだし!」
「は?」
何やら、金谷はあの後フラッと戻ってきたかと思うと、水を飲んで「間違えた」と呟いて、それから最後まで寝てたらしい。
何を間違えたら俺にキスするんだよ。ああでもそっか、酔ってたのか。
俺は心の底からホッとして一気に気が抜けてしまった。一晩中悩んだってのに、そんな答えだったとは。あいつあんな風に酔うのか。一緒に飲みに行った事なんかなかったから知らなかった。
だから俺はあいつの粗相を優しく許してやることにしたんだ。
***
「あ、太陽くん!ちょうどいい所に!」
質問したい事があったから普段行かない側の講義棟に行くと、なんとなく見覚えのある子に話しかけられた。
「……あ!昨日の!えーと!」
「その反応は忘れてるな?女子側の幹事のユイだよ!こんなとこでどしたの?ミツくんに用事なら私、次同じ講義だけど」
名前を聞いてこの子との昨晩の会話を思い出す。
「あー思い出した!あ、いや、こっちに来たのはたまたまでさ」
「そうなの?仲直りしに来たんじゃ」
なんて話してるとちょうど向こう側から金谷が歩いてくるのが見えた。なんとなく気まずくて立ち去ろうか悩む。
「べっ……別に喧嘩したわけじゃなくてさ」
「そうなの?昨日の太陽くん凄い勢いで帰っちゃったから、ふたり何かあったのかなって……あ、おはよ!」
俺の視線に気付いたのか、その子は振り返ると嬉しそうな声を出した。金谷の事が好きなわけではないらしいけど、やっぱイケメンを見るとテンションは上がるんだな。
「喧嘩なんかしてない。てか俺あんま覚えてないし…酔ってたから」
なんかしたならごめん。と素直に言う金谷に俺はそれ以上言及もできず、平静を装って「別に大したことはねーよ」と返した。
「ふーん」
「なんだよそれ」
まじでなんだよ。俺ばっか悩まされて。なんなんだよ。
「太陽くん、あのね、話し中にごめんなんだけど……」
「うん?」
これ、と差し出された紙袋を反射的に受け取ろうとすると、急に金谷が俺の右腕を掴んで歩き出した。
「うわっ、ちょ……!ごめん、また後で聞く!」
そんな掴まねーでも「来い」って言えば逃げたりしないってのに、痛いくらいに握られて胸がザワついた。
人気のない校舎の影でようやく手を離されて立ち止まる。
「なんだよ、なんかあんなら口で言えよ」
「何も言わなくても分かるような付き合いがしたいんだろ」
「い、言わなきゃわかんねーこともあんだろ」
「俺が今考えてる事、まじで言わなきゃわかんない?」
なぜか怒っているように威圧的な態度の金谷にこっちだってイライラしてきた。
「わからねーに決まってんだろ!なんで俺が怒られなきゃいけねーんだよ!わけわかんねーのは金谷だろ!」
「まじで俺が昨日のこと忘れてると思ってんの?」
「んなっ」
「動揺したフリのひとつでも見せればいいのに」
立ち去ろうとしたけどまた右手を取られて、今度はもう片方の手で顎を掴まれた。
そのまま金谷の顔が近付いてきて、慌てて突き飛ばす。
「な、なんなんだって!だから!やめろよ!」
「何も言わなくたって分かれよ」
「わ…っわかんねえよ!それとこれとは別だろ!!」
「別じゃねーよ」
更にグイッと押されて、思わずよろける。校舎の壁に背中がぶつかって追い込まれた。
金谷は俺が怪我をしてから左腕を触らない。一度関節が外れたら、クセになって外れやすくなるからだって言ってた。
今、俺がもし「痛い」と言えば、きっとすぐに解放されるだろうけど……。
「何も言わなくても通じるなんてのは甘え。お前は今まで真剣に恋愛してこなかっただけだ」
「……そうかもな。だったらお前はそんな最低な奴になんで何回もキスなんかするんだよ」
あ、聞かない方がいい事を勢いで聞いてしまったな。と思った。俺はこの事について、"あの時"からずっと意識的に目を逸らし続けていたのに……。
見下ろしてくる金谷の鋭い視線から逃げられない。
「本当にわからないなら教えてやるよ。お前のこと友達だなんて、もうずっと思ってない」
絶対にわざと俺が傷付くような言葉を選ぶ金谷にこっちもついカッとなった。
「い……言うならハッキリ言えよ。いっつもいっつも周りくどい事して、周りくどい言い方しやがって」
「こっちの台詞。好きだとかカッコいいだとか散々言って、無防備に両手を広げて近寄ってくるような真似しといて、いざとなったらビビッて逃げてばっか」
「お、俺はそういうつもりで言ってたんじゃ……」
「じゃあどういうつもりだよっ!!」
初めて金谷の怒鳴り声を聞いた。
「……!」
俺は心臓がギュッと縮まるような気持ちがして、口から何も言葉が出てこなくなった。金谷は俺を壁に押し付けて俯いたままでいる。後頭部しか見えないから表情はわからない。
「……っ、は……」
「怒鳴って悪い。でも、そういうことだから」
心臓がバクバク鳴って、怖がってるわけじゃないのに勝手に目に涙が溜まってきた。かっこ悪い。ビックリしたせいだ。
しばらくの沈黙の後、パッと手を離されたかと思うと金谷は黙って立ち去っていった。俺も黙ったまま、呼び止めることもしなかった。
ぼんやりと構内を歩きながらスマホで時間を確認しようとして、いつの間に連絡先を交換していたのか、さっきのユイちゃんからメッセージが入っていた事に気付く。
昨晩の時点でも話していたので覚えていたけど、どうやら幹事のやつが好きらしくて、セッティングのお礼と称してプレゼントを渡したかったらしい。
俺を通すより直接渡した方が恋が進展する気がするなあ。なんて考えて"あいつならこの時間、ゼミにいるよ"と返事を打ってから、ガックリと項垂れる。
――こんな俺が何を偉そうに……。
金谷の気持ちに、俺は本気で気付いていなかっただろうか。本当のところは自分でさえわからない。心の奥底ではわかっていたのに、わかってないフリをしていた気がする。
――好きだとかカッコいいだとか散々言って、無防備に両手を広げて近寄ってくるような真似しといて――
図星……だった。俺のそういう発言で、あのポーカーフェイスが少し嬉しそうに緩む瞬間にいつも優越感があった。俺だけが金谷にこんな表情をさせられるんだよなって、思ってた。
そのくせ、あっちから踏み込まれたら逃げ続けてきた。全部事実だ。俺って、性格悪いよな……。
「……だって」
だって付き合ったら、きっといつか終わりがくるから。
「終わりたく無かったんだよ……」
ずっと。永遠に"仲良し"で、一緒にいたかったから。
***
あれから、藤野は俺の前から姿を消した。周囲にもバレバレなレベルで、あからさまに避けやがる。
……ムカつく。この期に及んで、まだ誤魔化すつもりか。
もう元には戻れないし、戻る気もない。進むか終わるか、決めるだけだ。それから、俺は終わらせるつもりなんか無い。
「ミツ!こっち空いてるぜ」
「ん」
学食で知った顔に呼ばれるが、そこにやはり藤野はいない。俺の視線が無意識に軽く辺りを見回したのが分かったのか、そいつは気まずそうに笑った。
「太陽はまだ逃げてんだよなぁ」
「やっぱあの日ケンカしたんだろ。なんかごめんな……俺が太陽にミツの事誘って欲しいって頼んだんだよ」
「いや、それはまじで関係ないから」
「気遣うなよ」
「そっちこそ」
とはいえ、このままにさせるつもりはない。あいつの取ってる講義は全部把握してる。授業終わりは確実に捕まえられるタイミングだ。
人目につくから最終手段にしておいてやったんだが、こうも避けられるなら仕方がないなと食事を終わらせてから普段は行かない学舎の方へ足を向けた。
タイミング良く講義が終わる時間だったので、出てきたところに正面から話しかける。
「おい、藤野」
「うわっ!な、なんで」
「来い」
腕を取ろうとしたけど避けられた。
「に、逃げねえよ」
「散々逃げてたくせに」
出入り口のすぐ近くでそんなやりとりをしていると邪魔だと言わんばかりの視線に晒されたので、俺たちはさっさと移動する事にした。
「で、どうすんだよ」
「……」
構内にあるカフェで藤野の好きなアイスラテを買ってきて渡してやる。人に会話を聞かれないよう、目立たない影になっている場所を見つけて並んで座ると、ようやく腹を括ったのか藤野は大きなため息をついた。
「このまま疎遠にして、逃げるつもりか?」
「わかんねえ」
「それで良いのかよお前は」
「だって……だって好きなんだもんよ。俺だって」
思ったより簡単に素直な言葉が飛び出して驚く。
「なんだよ、だったらそれでいいだろ」
「よくない!」
「はあ?」
今度はなんだと、俺までため息をつきそうになる。
ここまでお膳立てしてようやく素直になれたってのに。
「だって、関係性に名前をつけたら……いつか終わりが来るかもしれねえじゃんか」
「終わらねえよ」
「わかんねーだろ!」
「なんでだよ」
「俺、今まで彼女とロクに長続きしたことないもん」
藤野の言葉に思わず鼻で軽く笑うと睨みつけられた。こいつまじで分かってないのかと呆れる。
「そりゃお前、俺の事が好きだからだろ。全員にバレてたのにお前だけが気付いてないんだもんな」
「はあ!?嘘だろ!!」
「嘘じゃねーよ。お前の元カノにどれだけ恨み言を聞かされたか」
嘘だ!!と騒いで頭を抱えた藤野に有無を言わさずキスするとすっかり大人しくなった。
***
今日は、久々に三香月に会える日だ。一体いつぶりだったかと思って、スマホのスケジュールをぼんやりと見返していると実に三ヶ月ぶりだった。
「太陽」
「わっ!こっちから来ると思ってた」
「そう思ってると思ってこっちから来た」
「イタズラすんなよ!」
大学を卒業して就職した俺と三香月は簡単には会えない距離に離れる事になった。
このご時世、ふたりとも無事に就職出来ただけで喜ばなきゃいけない。中距離恋愛になるからってなんだというのか。
それでもやっぱ久々に顔を見たら、もっと普段から一緒にいたいなと正直な所、思う。
「会うたびに久々だから、せっかくなのにしばらく照れ臭いんだよ……」
「時間は有限だから照れてる暇があったらお前の好きな俺の顔面を堪能しておけよ」
「自分で言うなし」
「暑すぎ。早く行こうぜ」
新しいスーツを買うと言うとちょうど帰って来れる日だったから一緒に行くと言うので、こうして待ち合わせたのだが……。
「え、三香月も買うの?」
「まあいつまでも新卒のリクルートスーツじゃな」
「でも普段から着るわけじゃないだろ?」
「いいじゃん」
お揃いのネクタイでも買おうと思ってるんだけど。だめ?と言われてパッと目を逸らした。こいつ、普通にこういう事言うよな。昔からだけど。
クールなフリして全然隠さねえんだから、やっぱり"たらし"だ。
「あ、太陽……もう今年の申し込みは終わってんだけど、来年の夏にさ、ちょっと合わせて休み取ってコレ行かね?」
そう言って見せられた画面には短期クルーズの案内。ちょっとした旅行と変わらない値段で海の旅が楽しめるパック商品で、いいよなぁなんて話してたのを覚えていたらしい。
「……来年も一緒にいたらな」
別に疑ってるとかではないけど、それでも来年も再来年も当たり前に一緒にいるかどうかなんて、わからないと思う。
今だって、こうして数ヶ月に一度しか会えないわけだし。相変わらずこいつはモテてるみたいだし。
「まじで信用ねーよな、俺」
「そういうんじゃないけどさぁ」
「良いこと教えてやるよ」
立ち止まった三香月を振り返ると、手招きされたので耳を寄せた。
「辞令が出た。来期からこっちに異動になる」
「え」
「一緒に暮らさね?って言いに来たんだよ、今日」
まだ内示だけど。と付け足して先に歩き出した背中を走って追いかける。
「まじ?」
「まじ」
「……そっか」
嬉しくて思わずニヤけるとジロリと睨まれた。
「てか、この際だから言うけど」
「な、なんだよ」
「大学被ったの、偶然じゃねーから。お前こそ、俺の知らねーとこで勝手にモテたりしたらどうなるか分かってんだろうな」
俺はその言葉に一瞬脳内がハテナだらけになった。そして遅れてその意味が理解できてきて、顔がカッと熱くなった。絶対に今、真っ赤になってる自信がある。
「俺を甘く見んなよ」
「は……はあ!!?お前っ、まじ……!バカじゃねーの!」
「だから言ってんだろ、終わらねえって。お前が終わらせない限りな」
「お前……お前って、さてはずっと昔から俺の事大好きだな!?」
たまにはやり返して真っ赤な顔でも拝んでやろうと思ったのに、三香月は全く照れた様子もなく嬉しそうに笑った。
「当たり前だろ」