いとしのメリーさん
いつも同じ時間、電話でたわいもない話をする。
「どうしたの? なんか今日、変だよ?」
彼女が電話越しに笑う。
「えっ、そ、そうかな……」
「明日のデート、楽しみだね!」
僕は明日、彼女にプロポーズする。
すでに緊張が押し寄せていた。
運命の日。
待ち合わせ場所に向かう途中、僕のスマホが鳴った。
彼女が事故に遭ったという連絡だった。
彼女が運ばれた病院に向かったが、着いた時には、もう亡くなっていた。
葬儀を終え、気付けば初七日を迎えていた。
僕はまだ、現実を受け入れられないでいる。
その夜、僕のスマホが鳴った。
電話は『非通知』と表示されていた。
普段なら、この手の電話は無視する僕だったが、この日は何故か出てみようと思った。
「はい、もしもし……」
ジーとノイズ音が聞こえ、電話はそのまま切れた。
本当なら、彼女と電話する時間だ。
僕は、孤独を感じ、虚しくなった。
翌日、また同じ時間にスマホが鳴った。
電話はまた『非通知』だった。
「はい、もしもし……」
またジーっとノイズ音が聞こえ、女性の声がかすかに聞こえた。
「わたし……さん、…… るの」
電話は何かを言い残し、そこで切れた。
この奇妙な電話に少し恐怖を感じながら、何故だか僕は電話に出ずにはいられなかった。
また今日も同じ時間、スマホが鳴る。
「はい、もしもし……」
「わたし……さん、今……5丁目の交差点にいるの」
その場所は、彼女が亡くなった場所だった。
僕は凍りついた。
もういるはずのない、彼女からの電話かもしれない。
そういえば、こんな話を聞いたことがある。
『メリーさんの電話』という怪談だ。
捨てたはずの『メリーさん』という人形が、電話をかけ、だんだんと家に近づいてくるのだ。彼女はこういう都市伝説やうわさが好きだった。
毎日必ず同じ時間、電話がかかってくる。
「わたし……さん、今……公園の桜の木の下にいるの」
それは、僕と彼女が初めて出逢った場所だった。
「わたし……さん、今、東京タワーにいるの」
それは、彼女との初デートの場所だった。
ノイズ混じりだった音声は次第にクリアになり、彼女だと分かった。
「わたしメリーさん、今、プラネタリウムにいるの」
「メリー……君はハルカだろ!?」
彼女は、僕とこれまで行った場所を巡っているようだった。
そして、ある日のこう言った。
「わたしメリーさん、今、結婚式場の前にいるの」
その時、彼女のすすり泣く声が聞こえた気がした。
「ハルカ、泣いてるのか!?」
彼女が僕の声に応えることはなく、一方通行で電話は切れた。
「わたしメリーさん、今、あなたの家の前にいるの」
僕は、慌てて部屋を飛び出した。
「どこにいるんだよ!」
マンション前の路上まで出たが、彼女の姿はなかった。
家の前まで……。
「わたしメリーさん、今……」
「後ろに……いるのか?」
僕は、恐る恐る尋ねた。
「これからは、あなたの心の中にいるの」
「へっ……」
電話はそこでプツリと切れた。
それが、彼女からの最後の電話だった。
亡くなって49日が経っていた。