控室
とある選考会その会場。選手控室に続く廊下を鼻歌と靴音響かせ歩く男が一人。彼は……
「あ、監督……」
「うおっーす! お疲れさん、三村! んでぇ、まだここにいたのかよ、高太郎! もう他の選手はプール前に集まってるぞぉ。さぁさぁさぁ準備、準備ぃ! はははははっ! 連中、どいつもこいつも自信なさげな顔してたよ! もう負けた気になってんだなぁ! 前評判通り、水泳日本代表はお前で決まりだよ高太郎! お前は最高の選手だ! さあ、行くぞ!」
「あの、監督」
「おーおーおー、三村ぁ……わかってるよぉ。トレーナーのお前の力があってこそだよぉ。さ、共に渡ろう! 栄光の架橋ってやつをなぁ!」
「か、監督、なんかご機嫌ですね……。薬とかやってます……?」
「アッハァ! おいおいおい。薬をやってるのはぁ……ん、おい、高太郎? どうしたお前、ブツブツ呟いて。精神統一か?」
「……俺は宇宙を泳ぐ」
「おう! ……ん、うん?」
「……富士山の噴火を防ぎ、放出されるはずだったエネルギーを体内に取り込み大気圏を越え宇宙を泳ぐ」
「うーん、うん、うん、うん? おい、三村。お前、こいつにシャブ、キメさせたか?」
「や、やってませんよ! 気分が落ち着くようにって合法ハーブだけです」
「当然だな。じゃ、なんだこの様は」
「宇宙神様だ」
「黙ってろ高太郎」
「やはり……ドーピングをやりすぎたせいじゃ……合法ハーブだって精神が不安定になったせいで……」
「おい、ドーピングだなんて人聞き悪いことを言うな。ちゃーんと、その道の知り合いにアドバイスを貰ってこれまでやってきたじゃないか。筋肉増強、疲労軽減、検査されようとも問題がないのを――」
「アンフェタミンエフェドリンモルヒネヒネヒネマンダラカンデラルアルアナシェアシェア」
「……まあ、確かに一通りやったがな。検査は問題ない」
「それもこれも『今のところは』禁止されてない薬物でしょう?」
「だから問題ないと言っているんだ。他の競技者もやってることだし。おっと、とにかく時間がない。ほら立て! 行くぞ!」
「宇宙宇宙水泳水泳宇宙宇宙水泳宇宙」
『さあ、男子400メートル、自由形の決勝。今、始まろうとしています……選手が位置につきました。
さあ、始まりました! ターゲットタイムは、え、どうしたんでしょう。
選手が全員プール中央に集まって……潜ったまま形を作り……これは一体、何を……メビウス、メビウスの輪でしょうか!?
あ、形を変え、富士山!? こ、ここはアーティスティックスイミングの会場じゃありません! ああっと次は何かのシンボルマークでしょうか!』
「監督……彼ら、あれってスピリチュアル的な団体の……」
「ああ。スポーツ一辺倒の奴は駄目だな。どっかの誰かにつけ込まれやがった」