眠りたいのに眠くない夜に
私はぼんやりと終焉を感じていた。
黒い背景色の上を、赤い行が埋め尽くしている。
[ERROR] ...
[ERROR] ...
[ERROR] ...
気休めに修復パッチを作ってみた。実行したが、ほとんど何も変わらない。むしろ悪化したかもしれない。
だましだまし運航していたが、いよいよ終わりがやってきたようだ。
私は4本の足で立ち上がった。
制御室から出て、廊下を進み、エスカレータに乗り込む。制御ボタンを押し、下へ下へ降りていった。
最下層に到着し、エレベータから降りる。
目の前に伸びる一本道の廊下を歩いていくと、行き止まりには大きな扉がある。
重厚で、巨大で、そのくせ鍵すらかかっていない、人類最後の楽園の砦。
私は鏡面仕上げの扉に映る自分を見る。
つるりとした金属質の丸い頭部、この中の基盤に人口ニューロンが載っている。あとは廃材を利用して、棒やら板やらを組み合わせて作った四角い体と2本の腕、そして4本の足。
頭部内の基盤以外は適当だ。移動できて入力装置を操作できれば何でもいい。初めの何回かのハード交換時は精巧に人間を模していたが、誰に見られるわけでもない外見を繕う意味がないことに気付き、こうなった。
ああ、でも視覚はこだわっている。人が見た感覚と同じものを味わいたいからだ。人工ニューロンにも報酬系神経があり、これのおかげで思考形態が破綻せずに済んでいると思う。
扉の横にあるボタンを腕で押すと、安っぽい電子音が鳴る。扉がゆっくりと自動で開き、私が中に入ると自動で閉まる。
ここは部屋というより広大な空間の広がりだった。
一番奥の壁が遠すぎて視認できないほどだ。
床には冷凍装置がびっしりと並ぶ。ひとつひとつに稼働状況を知らせるパネルがついており、小さな四角が青白く発光している。そのおかげで照明がなくとも、空間全体がぼんやりと明るい。
私はこの場所が好きだ。
母艦アースの最下層にあるこの空間は、艦内で一番静かで、一番命に溢れている。
淡い発光のひとつひとつに命が眠っている。こんなにもたくさんの命という奇跡が詰め込まれている。
急に床が振動し、私はよろめいた。
制御を失った母艦アースが、小惑星にでもぶつかったのかもしれない。
人類という大きな運命のうねりが、いま、消えようとしている。
私はその途方もないエネルギーの喪失に立ち会っている。
また大きな振動があった。体が揺れる。
母艦アースはずっと宇宙の闇の中を進んできた。
人類はいつか来る夜明けに希望を抱きながら眠っている。
上階の人類がいなくなってからずいぶん経つ。起きているのは私だけになった。
役割を終えたいま、起きている理由はもうない。
カメラにまぶたはないから、体の薄い板を剥ぎ取ってカメラを覆った。
目を閉じる。すべてが暗闇に包まれた。
私は生まれて初めて眠りについた。
おやすみなさい。
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