おふだを手にした彼は
「すみません」
何の感情も持たずにこの言葉を口にする様になったのはいつからだったろう。
理不尽な先輩、言う事がコロコロ変わる上司、すぐ辞める新人。
いつまでも最年少の僕。
溜息を飲み込み、付箋だらけのパソコン前に戻る。
それでも会社は辞めたくない。
業界ではトップクラスの会社。
やり甲斐のある大きな仕事も舞い込む。
第一、もう就活は真っ平だ。
でも、疲れた。
入社早々、単純な仕事内容だが、僕はあるセクションの主任になった。先輩が副主任だった。
歪なこの配置の意味はひと月足らずで分かった。この先輩はメンタルを理由にすぐ休職するのだ。実際に辛そうならまだ分かる。
「じゃ、頼むねぇ~」と、まるで旅行にでも行くようなテンションで暫く休み、それを定期的に繰り返す。
本当に病気なのかと、言ってはいけない一言が腹の底で渦巻く。
何で僕だけ。
僕だけ。
僕だけ!
あぁまずい。泣きそうだ。
苦いモノを噛み砕くには心が擦り減り過ぎた。
溜まった鬱憤が不意に弾けそうで、電車のホームが怖い。
意図せず何かやってしまいそうな不安が満ち、ホームの真ん中を少し気を張って歩く。
人の顔が全て小豆に見える。
僕はどこで選択を間違えたのだろう。
…なんて考えは子供じみてるよな。
でもちょっと休みたい。
せめて心の拠り所となる何かが欲しい。
突然脳裡に神社の風景が浮かび、足を止める。
濃緑の大樹に覆われる社、葉の隙間から賽銭箱に光が差し込む風景。
そうだ、お参りだ。
おふだも貰おう。
帰り道のあの神社。
閃いたアイデアが、おいでと呼ぶ神様の計らいの様にも思え、重い身体を必死に神社へ運ぶ。
神社は夏祭りの最中だったが、何も目に入らない。人混みを掻き分け授与所へ向かう。
いつもなら閉じている時間だが、お祭りのお陰で開いていた。到着してその奇妙な幸運に気付くが、構わずおふだを頂戴する。
その瞬間。
ぶわっと涙が溢れた。
味方を得た感覚が身体を駆け巡り、はっ、と息を吐き出す。
暗い大海原で木片を掴んだ感覚。
視界が開け、ようやく周りが見える。
頭上の枝葉がざわり、と揺れる。
遠くのお囃子の音。
…大丈夫。歩ける。
孤立無援が何だ。突破口はきっとある。まずはちゃんとしたご飯を食べよう。
裏手の石段を降り、今度はしっかりと歩き出す。
と、そこでガシャーン!と自転車のおじさんが転倒し、慌てて側に居合わせた女性と一緒に助ける。
そこからの不思議な縁はまた別のお話。
きっと好転する切っ掛けなんて些細な事だ。
藁をも掴む勢いで神頼み、は時に有効だと自分自身に於いても実感するところ。休めるものなら休みたい。けど出来ない。そんな人へも突破口が訪れますように。
尚、後にこの彼は他部署との懇談会で偶然知り合った部長が人事部との橋渡し役をしてくれ、無事に部署替えを果たします。良かった良かった。
良ければ他のなろラジ大賞4への応募作品にもお立ち寄り下さい。本文のタイトル上部『なろうラジオ大賞4の投稿シリーズ』をタップして頂けるとリンクがあり、それぞれ短編ですがどこかに繋がりがあります。