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癖と癖  作者: 宇美百子
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冬の終わり(2)

「ふたりで歩いてると、やまとがよくいろんな子に目で追われてるの、知ってる?」

「……うん」

「わたしが隣にいると、こんな子が彼女? って思われてるような感じがして、自分で自分が恥ずかしい」


 大和は黙っている。呆れられただろうか。大和の手のひらはわたしのものよりも硬くて、手を繋ぐとその感触がわかるのが好きだった。


「大和と一緒にいるのが嫌なんて、そんなの、あるわけないよ」


 自信なんて、持てたことがない。大和からずっと好かれている自信もないし、わたしが大和のことを今までみたいに変わらず好きでいる自信もない。だからこんなにも不安なのかもしれない。


 人は、ちょっとしたことで変わってしまう。たとえば居る場所や周りの環境、年齢や地位、持っている物が変わると、その人の気持ちもあっという間に変化する。好きだったものを嫌いになったり、反対に、嫌いだったものを好きになったりもする。それは簡単にひっくり返り得るもので、自分ですら制御できない。


 わたしたちは、これから環境が変わる。どれだけ嫌だと言っても進級して、わたしは受験生になる。もう少ししたらわたしたち三年生が部活から引退をして、大和は部活の中では最上級生になる。部長とか、キャプテンとか、そういうものになる可能性だって、ある。というか、なるだろう。彼の実力や先輩からの可愛がられ方、後輩からの慕われ方を見たら、誰だってそう思う。

 わたしはまだ部活をしているから塾には入っていないが、三年生からは入ったら? と母に勧められた。今以上に勉強をするようになるし模試も増えて、確実に忙しくなる。そうなってくると休日にデートをするのも難しくなるだろう。放課後は大和の部活があるから会えない。


 それに、わたしの受験期が終わったら今度は大和の番だ。


 まだ大和には言っていないけれど、わたしの志望している大学はどこも県外にある。つまり、どこに合格しても遠距離になってしまうということだ。こういうタイミングでお別れをするカップルは本当に多いと聞く。約九割が別れる、なんて言われているくらいだ。


「でも、わたしはすぐには変われないし、変わったとして、大和の隣に並んでも見劣りしない、中も外も素敵な人になれる自信もない」

「これからわたしたちも二年生と三年生になるでしょう? 大和は多分、どんどん変わっていく。部活も忙しくなるだろうし。でもわたしはずっとこのまま。ちんくしゃでちびっこくて鈍臭くて」

「やえ」


 名前を呼ばれてふと顔を上げたら、耳を真っ赤にした大和がこちらを見ていた。


「マジでそんなこと思ってんの?」

「わたしはいつでもまじだけど」

「じゃあダメだ。マジかわいい」


 彼はごくたまにわたしに〝かわいい〟と言ってくることがある。生理でムカムカして、大和に八つ当たりしそうになっていたときに「キレそうな顔がかわいすぎる」と言われ、何もかもどうでもよくなったことが前にあった。


「タッパがあるから女子に見られるのはよくあるけど、でも目つき悪くて顔怖いから近寄られるとかないよ。てか俺は『梅崎先輩とどこで出会ったんだ』『あんな先輩と知り合ってたのに隠してたのか』って男子にも女子にもよく聞かれるから、八重がそういうふうに自分を評価してるっていうのがびっくりしてる」


 わたしはわたしのいないところで〝梅崎先輩〟なんて呼ばれているのか。少しこそばゆい。部活の直属の後輩たちはみんな〝八重先輩〟呼びで、しかもため口で話すくらい気が抜けているのだ。


「で、なんて? 八重が変わる必要とか、全っっっ然ないよ。むしろ、俺がわがまま言いすぎてる気がするし、歳下だからって甘えすぎかなとか八重の気持ち全然聞けてないなとか反省してるし」

「……わたしの方がわがままだよ」

「それはない。いっつも八重が結局俺の希望聞いてんだよ。いつも」


 そうかなあ、と考えてみる。わたしは、大和がわたしのしたいことを聞いてくれて、デートコースもそれに従っていることが多いと思うんだけど。


 冬真っ只中の一月のデート中に、突然「アイス食べたい」と言っても、大和は「いいねえ」と付き合ってくれた。海を見ながらがくがく震えながら二人でアイスを食べたのはいい思い出のひとつだ。

 寒すぎてわたしは途中で食べられなくなって、そのときも大和は「仕方ねえなあ」と文句ひとつ言うことなく、楽しそうにわたしの分まで平らげていた。


 二月にあったわたしの誕生日にも、大和はどこからリサーチしてきたのか、わたしがそのときに欲しいなあと思っていたものを的確にプレゼントしてきて驚いたものだ。何か欲しいものある? と聞かれることすらなかったので、あのときは本当に驚いた。

 そういうことがこの三ヶ月で何度もあった。やっぱりなんで彼がまだ呆れないでいてくれるのかが分からない。わたしの方が絶対にわがままだ。


「俺がちょっとだけ見てたものとか、ちらっと好きだって言ったものも、やえはよく覚えてるし。無意識かもしれないけど」

「だってそれは……大和の好きそうなものは知っておきたいじゃん」

「ほらやっぱかわいいこと言う、ずりいわ」

「大和のかわいいの基準がわかんない」


 睨みながら言うと、大和がへへっと軽い音を立てて笑った。


「うーん、八重がそうやって思っちゃうのは、俺がどうこうできる問題ではないけど、でも、俺は一ミリもそんなふうに思ってないってことは、わかっててほしい」

「うん、それは、ちょっとだけわかった」

「ちょっとかよ」


 窓の外を見ると、気づかないうちに日が落ちて、真っ黒に変わっていた。大和の家に着く前に、母に『帰り遅くなる』と連絡をしたら『気をつけなさいよ〜。もしあれだったら駅までは迎えに行くから』と返事が来ていた。けれど今日は母もパート終わりでバタバタだろうから、連絡をするのはやめておこう。

 ちなみに母はわたしに恋人がいて、今日がデートだということを知っているが、父は何も知らない。父はずっとわたしのことを子どもの頃のままだと信じている節があるから、この関係を知ったらひっくり返りそうだ。


「いまから進級とか受験とかあって、変わるかもしれないことが怖いっていう気持ちが、ないって言ったらそれはまあ嘘になる。でも、俺は結構重たいから、八重の気持ちが変わって嫌われてもウザがられても、八重のこと好きでい続けるよ」

「でも……わかんないよ? 今はわたしも大和に対してそう思ってるけど、未来のことなんて」

「うん、わかんないよ。でも、今、お互いにこういう気持ちがあって、それだけじゃだめ? 八重がずっともやもやしてるのを見てるの、俺はつらい」


 大和がいつもと違ってやたら真剣な目で見つめてくるので、もしかしたら大丈夫なのかもしれないと思えた。


「……今」

「うん、そう。いつも、今が大事だと思ってる。俺たちが今こうやって一緒にいて、二人でちゃんと向き合えてるなら、それが一番いいじゃん」

「うん」

「そんで、八重はもっと俺にいろんなこと言って。ちっちゃいことでも不満があったり、もやもやがあったりしたら、いつでも言ってほしい。俺は頼りない?」

「ううん。……頼るのにがてだけど、がんばる」

「そこだけはよろしく」


 普段生活しているときの大和はおちゃらけていて、「真剣」なんて言葉はあまり似合わない人だけれど、バスケのときか、二人で見つめ合ったときにはこうして眼差しがまっすぐになる。そこも好きだと言ったら、ばかっぽくなってしまうだろうか。


「大和、そんなにわたしのこと、す、すき、なの?」

「え……やえちゃんへの俺の気持ち、伝わってなかったの? 心外なんだけど。これからは態度と言葉で示していこうかな」


 恐ろしい発言をされて戸惑った。でも、こんなことを言っておきながら少しだけ耳が赤いのが彼のかわいいところだ。自分で気づいたら隠そうとするだろうから、一生言わないことに決めた。今。


「あ、いや、だいじょうぶ、伝わってるから」

「へへ、そう、よかったわ。八重はそろそろ帰る? 送ってくよ」

「ありがとう。でも一人で行けるから平気だよ」


 話は一区切りついたし、このへんで帰っておくのが無難だろう。そろそろ大和のおうちの人たちも帰ってきそうだ。



 大和の家の前でお別れをしようと言っても聞かないので、大和の家から最寄り駅までの道のりは送ってもらうと譲歩して、二人で夜道をぷらぷらと歩く。当然のごとく手は繋がれていて、気恥ずかしいけどやっぱり幸せだ。


「あ、俺ん家でへんなことしたかった?」

「へんなこと?」

「うーん、恋人っぽいこと」

「な……なに言ってんの!? しません! お酒とかたばことかそういうことはハタチになってから!」

「ハタチになったらいいんだ。ふーん」

「う、うーん、……大和がはたちになったらね」

「へへっ、そう。ふーん」


 にやにやと笑う顔が、にくたらしくてかわいい。こんなふうに二人で並んで歩く日常は、どこまで変わらないのだろうか。


 もし、もっと先の未来でもわたしたちが一緒に居るなら、それより嬉しいことはない。そのときにはもっとわたしの精神が確立していて、少しのことでは動じないわたしで大好きな彼の隣に在れたらいいなと、強く思う。

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