冬の始まり(1)
冷たい風が吹きつける、十一月の半ば。いつもの花壇のブロックに腰掛けていると、少ししてから彼が現れた。
「やえせんぱい」
「おー、来たか、おつかれ」
お昼休み、わたしはよくここへ来て、花壇に座ってぷちぷち草を抜いてる。いつもいるわけではないし、約束をしているわけでもないが、なぜか彼も決まって顔を出す。
「やえせんぱいって、いつもここにいるんすか?」
「妖精なのでね」
友達と話すのに疲れたときにいる、とは言えなかった。北風がわたしの身体を撫でつける。
「さっぶい」
「ブランケットとか持ってくればいいのに」
「次から気をつけまぁす」
スカートの裾をできるだけ伸ばそうとするも、膝より十センチほど短いので、大して変わらなかった。今度は、セーラー服の上に着ているカーディガンの袖を伸ばす。
「もー、はい」
彼は自分の学ランの上着をもぞもぞ脱いで、わたしに手渡してきた。
「はい?」
「だから、はい」
「何」
「寒いんでしょ」
「え、いいよ、安斎が寒くなるじゃん」
彼はわたしの意見を聞き入れずに、わたしの膝のあたりにぽいっと投げた。要らない、と返そうとしても、「返品不可」と取り合ってもらえない。
「……あー、じゃあ、お言葉に甘えて」
しぶしぶ自分の膝にかけた。学ランには彼のぬくもりがまだ残っていて、あたたかい。ぼつぼつに立った鳥肌もこれで治るだろう。
「ありがとう」
「いっすよ、俺、寒くないんで」
鼻の頭、真っ赤だけど、とからかいたい気持ちになったが黙っておいた。藪から蛇が出そうだ。
安斎は私の一学年下の男の子で、はじめの頃、彼は離れたところにあるベンチに座っていた。しかし、いつからか隣に座って会話する仲になっている。
彼はバスケ部で、身長が高い。立ち上がったら私との差が二〇センチくらいありそうだ。二重がくっきりしていて、唇は薄く、鼻梁が通っている。髪は短く整えられていて、かつふわふわだ。ワックスは好きじゃない、と前に言っていた。
友達と話すのは、けっこう体力が必要だ。好きな人の話、クラスメイトの噂話、先生への不満など、話題がころころ変わってゆく。友達のことは大好きだし、おしゃべりも楽しいけれど、少しだけ疲れる自分がいる。
ここに来ると、自分のタイミングで呼吸できるような気がして落ち着く。友達と喋っているときは、話しについていくのに必死で目まぐるしくて、ブレスさえもままならない気持ちになる。けれどここは裏庭のひっそりした場所だからほとんど誰とも会うことがなくて、会話をする必要もなく、それがたいそうわたしの気持ちを安らげた。
常に日陰でじめっとしているので、カップルの逢瀬にすら利用できないのだ。この場所を見つけたとき、わたしは天才か、と自分でも思ったものだ。
例外は、彼と、数人の先生だけだ。ここを通り過ぎなければ職員玄関から喫煙所へは行けないので、昼休みにはいろんな先生が通る。ただ、声をかけられることはほとんど無い。だから、実質わたしがここでおしゃべりをするのは彼だけということになる。
彼は、おかしな心地よさを持っている。話すときには話すけれど、二人で黙っていてもそんなに気まずくない。安斎がひとりでぺらぺら話しているときもあって、聞き役に徹するのも案外楽しい。
最初はわたし一人だけでここにいて、その孤独感がよかったのに、いつからか彼が来ることが当たり前になった。今となっては彼を待ってしまう自分がいる。
これがどんな気持ちなのか、わざわざ名前をつけなくても、すでに脳のどこかが理解している。