カラーチャネル
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
あっれー、どのチャンネルを回しても、全然映像が安定しない……電波障害かなあ。近くで電波にかかわる工事があるとか、予告はなかったよね? アンテナとかに影響が出てるとかか?
そういえばこーちゃん、「チャンネル」のもともとの意味、知ってるかい? 通信機器の発達した現代じゃ、情報事業者に割り当てられた周波数とかを指しているけれど。
うん、「海峡」とか「経路」とかの意味合いだよね。
電波に頼れない昔は、これらを使い、通ることで情報を伝えるよりなかった。
送る側も受け取る側も、届くまでやきもきする。時間がかかるのは承知の上だから、ただ移動中なのか、本当にトラブルがあったのか。すぐに知れる手立てが少ない。
対する電波なら、秒速30万キロ。あっという間に地球を7周半だ。こうしてテレビの画面を見れば、すぐにトラブルがあったことを悟ることができる。
そして、そのつながりは、時に僕たちが思う以上の深さを持つ。
僕の聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?
いまでこそ終日で放送するチャンネルは多いが、ひと昔前は夜中の休止時間に、試験電波放送を見ることがたびたびあった。
僕の住んでいた地域では、カラーバーの画面がよく表示されていた。画面上部の左から
白、黄、シアン……と並んでいくSMPTEのものだ。
この画面が映されるとともに「ピー」という、聴力検査で耳にするような電子音が伴っていることもあって、僕は「この時だけ、テレビが壊れちゃうんだ」と勝手に思い込んでいた。
しかし、いとこが話してくれたことには、これらには意味があるらしいとのことだったんだ。
「あの『ピー』という音はな、いわば川のせせらぎの音のようなものなんだ。
もし、これまで聞こえていたせせらぎが止まってしまうことがあれば、それは川に異状が起きている証拠。注意をしなければならない。
それがテレビのカラーバーであっても同じことだ」
いとこはそう友達から聞いたらしいけど、当初はさして気にしていなかった。早めに寝ることの多いいとこは、日付が変わるより早く、布団に入ることがほとんどだ。
夜更かしの可能性があるとしたら、大晦日か、次の日以降に休みが続く日くらい。それがやがて、ロードショーを見ることにはまり、疲れもあるのか、その場でうとうとしてしまい、はっと目覚めるケースが増えていったんだ。
その日も、いとこは映画終わりに、眠気に襲われる。
これまで何度もあったことゆえに、はじめからソファに背中を預けつつ、毛布をひざにひっかけながら鑑賞している。身体を冷やさないようにだ。
自力で部屋へ戻るまで、意識を保てたことはほとんどない。親に見つかることはあっても注意をされるだけで、連れて行ってくれたりはしなかった。
エンドクレジット途中で、にわかになくなっていく元気。染み出てくる眠気。
我慢ならずに屈した意識の中で、やがて耳が「ピー」と甲高い音をとらえはじめた。
開けた目には、やはりカラーバーの映る画面。しかし、件の音は先ほどに比べればずっと小さいものだった。
「音量下げたっけ」と、画面を見ながら、近くへ置いたはずのリモコンを片手間に探し出すいとこだが、やがて気づいてしまう。
画面に映っているカラーバーが、動いていたんだ。先にも話したような、左から並ぶ白、黄、シアン。それに続く緑、マゼンタ、赤、青。
その白をのぞき、隣り合った色たちが互いの場所へ染み入っていくんだ。
黄とシアン。緑とマゼンタ。赤と青……。
それらの色は絵の具と違い、いささかも混じり合った姿を見せず、境界線をはみ出すままに互いの位置を入れ替えていく。
すっかり入れ替わるまで、わずか3秒ほどの時間だった。その間、いとこは寝ぼけたのかと、何度も目をこすってみるも、動き出した色たちは止まらなかったんだ。
その完了とともに。例の「ピー」音にも変化が現れる。
聴力検査に使われそうな、機械的で一定の音程じゃなかった。特大の肉をのどの奥へ詰まらせ、それでもなお息をせんとあがく獣の、ありったけのうなり声。
地平すれすれを飛ぶような低温が重々しく続いたかと思うと、調子っぱずれの高音が、瞬時に飛び出し、また引っ込んでいく。
急接近と離脱を繰り返す、飛蚊のごとき挑発の波。
たまらず耳を塞いでしまういとこの前で、今度はテレビ画面自身に異変。
カラーバー全体が瞬きする。その乱れ、消えるバーの向こう、雑なサブリミナルの向こうでちらちら見えるのは、奥にこぶし大ほどの光を浮かばせる、トンネルだったんだ。
いや、何度も目にするうち、いとこはそのトンネルの壁の上に、下に、左右に、斜めに、正面の光よりは弱い、大小の無数の光が散りばめられているのが分かったんだ。
その奥へ見える光に向かい、画面の手前から飛んでいくものがあった。しかも、いずれも見覚えのあるものばかり。
ポテトチップスの袋。脱いで転がしていた上着。そしてリモコンのチャンネル……。
もしやと思って見回したとき、画面の向こうへ滑っていったものたちは、いずれも手元からなくなっていたんだ。
ごくりと、固唾を飲んで画面に目を凝らすいとこ。
サブリミナルの域を越え、画面は今や完全にトンネル内に切り替わっていた。その奥にある光が、やがてかげり始める。
満ち欠けする月のように、ほんの三日月程度の光を残し、大勢を占める暗闇。そこから暗闇全体をゆがませながら、こちらへ殺到してくるのは、細長く群れる影、影、影……。
鳥肌を立てるいとこは、チャンネルに手を伸ばしかけ、それが奪われてしまったことを思い出す。
いとこはテレビに飛びついた。その主電源スイッチを押し込むのと、画面から出てきた、ぬらりとした触腕がいとこの頬をなでたのは、ほぼ同時だった。
ぶつん、という音はテレビと、その触腕の根元から響き、わずかに遅れてぽとりと、触腕が畳に落ちたんだ。
全長およそ80センチ。魚肉ソーセージを思わせる太さのそれには、いずれもピンポン玉ほどの大きい吸盤が、ところ狭しと張り付いていたのだとか。
しかもそれは、いとこがティッシュにくるもうとする数十秒間で、どんどん煙を吐き出して小さくなっていき、消えてしまったらしいんだよ。