表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カラーチャネル 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 あっれー、どのチャンネルを回しても、全然映像が安定しない……電波障害かなあ。近くで電波にかかわる工事があるとか、予告はなかったよね? アンテナとかに影響が出てるとかか?

 そういえばこーちゃん、「チャンネル」のもともとの意味、知ってるかい? 通信機器の発達した現代じゃ、情報事業者に割り当てられた周波数とかを指しているけれど。


 うん、「海峡」とか「経路」とかの意味合いだよね。

 電波に頼れない昔は、これらを使い、通ることで情報を伝えるよりなかった。

 送る側も受け取る側も、届くまでやきもきする。時間がかかるのは承知の上だから、ただ移動中なのか、本当にトラブルがあったのか。すぐに知れる手立てが少ない。

 対する電波なら、秒速30万キロ。あっという間に地球を7周半だ。こうしてテレビの画面を見れば、すぐにトラブルがあったことを悟ることができる。

 そして、そのつながりは、時に僕たちが思う以上の深さを持つ。

 僕の聞いた話なんだけど、耳に入れてみないかい?



 いまでこそ終日で放送するチャンネルは多いが、ひと昔前は夜中の休止時間に、試験電波放送を見ることがたびたびあった。

 僕の住んでいた地域では、カラーバーの画面がよく表示されていた。画面上部の左から

白、黄、シアン……と並んでいくSMPTEのものだ。

 この画面が映されるとともに「ピー」という、聴力検査で耳にするような電子音が伴っていることもあって、僕は「この時だけ、テレビが壊れちゃうんだ」と勝手に思い込んでいた。

 しかし、いとこが話してくれたことには、これらには意味があるらしいとのことだったんだ。



「あの『ピー』という音はな、いわば川のせせらぎの音のようなものなんだ。

 もし、これまで聞こえていたせせらぎが止まってしまうことがあれば、それは川に異状が起きている証拠。注意をしなければならない。

 それがテレビのカラーバーであっても同じことだ」



 いとこはそう友達から聞いたらしいけど、当初はさして気にしていなかった。早めに寝ることの多いいとこは、日付が変わるより早く、布団に入ることがほとんどだ。

 夜更かしの可能性があるとしたら、大晦日か、次の日以降に休みが続く日くらい。それがやがて、ロードショーを見ることにはまり、疲れもあるのか、その場でうとうとしてしまい、はっと目覚めるケースが増えていったんだ。



 その日も、いとこは映画終わりに、眠気に襲われる。

 これまで何度もあったことゆえに、はじめからソファに背中を預けつつ、毛布をひざにひっかけながら鑑賞している。身体を冷やさないようにだ。

 自力で部屋へ戻るまで、意識を保てたことはほとんどない。親に見つかることはあっても注意をされるだけで、連れて行ってくれたりはしなかった。

 エンドクレジット途中で、にわかになくなっていく元気。染み出てくる眠気。

 我慢ならずに屈した意識の中で、やがて耳が「ピー」と甲高い音をとらえはじめた。


 開けた目には、やはりカラーバーの映る画面。しかし、件の音は先ほどに比べればずっと小さいものだった。

「音量下げたっけ」と、画面を見ながら、近くへ置いたはずのリモコンを片手間に探し出すいとこだが、やがて気づいてしまう。

 画面に映っているカラーバーが、動いていたんだ。先にも話したような、左から並ぶ白、黄、シアン。それに続く緑、マゼンタ、赤、青。

 その白をのぞき、隣り合った色たちが互いの場所へ染み入っていくんだ。

 黄とシアン。緑とマゼンタ。赤と青……。

 それらの色は絵の具と違い、いささかも混じり合った姿を見せず、境界線をはみ出すままに互いの位置を入れ替えていく。


 すっかり入れ替わるまで、わずか3秒ほどの時間だった。その間、いとこは寝ぼけたのかと、何度も目をこすってみるも、動き出した色たちは止まらなかったんだ。

 その完了とともに。例の「ピー」音にも変化が現れる。

 聴力検査に使われそうな、機械的で一定の音程じゃなかった。特大の肉をのどの奥へ詰まらせ、それでもなお息をせんとあがく獣の、ありったけのうなり声。

 地平すれすれを飛ぶような低温が重々しく続いたかと思うと、調子っぱずれの高音が、瞬時に飛び出し、また引っ込んでいく。

 急接近と離脱を繰り返す、飛蚊ひぶんのごとき挑発の波。


 たまらず耳を塞いでしまういとこの前で、今度はテレビ画面自身に異変。

 カラーバー全体が瞬きする。その乱れ、消えるバーの向こう、雑なサブリミナルの向こうでちらちら見えるのは、奥にこぶし大ほどの光を浮かばせる、トンネルだったんだ。

 いや、何度も目にするうち、いとこはそのトンネルの壁の上に、下に、左右に、斜めに、正面の光よりは弱い、大小の無数の光が散りばめられているのが分かったんだ。


 その奥へ見える光に向かい、画面の手前から飛んでいくものがあった。しかも、いずれも見覚えのあるものばかり。

 ポテトチップスの袋。脱いで転がしていた上着。そしてリモコンのチャンネル……。

 もしやと思って見回したとき、画面の向こうへ滑っていったものたちは、いずれも手元からなくなっていたんだ。

 ごくりと、固唾を飲んで画面に目を凝らすいとこ。

 サブリミナルの域を越え、画面は今や完全にトンネル内に切り替わっていた。その奥にある光が、やがてかげり始める。

 満ち欠けする月のように、ほんの三日月程度の光を残し、大勢たいせいを占める暗闇。そこから暗闇全体をゆがませながら、こちらへ殺到してくるのは、細長く群れる影、影、影……。


 鳥肌を立てるいとこは、チャンネルに手を伸ばしかけ、それが奪われてしまったことを思い出す。

 いとこはテレビに飛びついた。その主電源スイッチを押し込むのと、画面から出てきた、ぬらりとした触腕がいとこの頬をなでたのは、ほぼ同時だった。

 ぶつん、という音はテレビと、その触腕の根元から響き、わずかに遅れてぽとりと、触腕が畳に落ちたんだ。

 全長およそ80センチ。魚肉ソーセージを思わせる太さのそれには、いずれもピンポン玉ほどの大きい吸盤が、ところ狭しと張り付いていたのだとか。

 しかもそれは、いとこがティッシュにくるもうとする数十秒間で、どんどん煙を吐き出して小さくなっていき、消えてしまったらしいんだよ。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ