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桜少女  作者: 緋龍
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別れ

クリスマスの日。

俺は夜出かけると親に言った。

彼女か、とからかわれたけれど冷静に「そんなんじゃないよ」と返した。

本当にそんなんじゃない。

俺は、約束したから、桜に会いに行くんだよ。

あの日、桜の木を折って、桜の正体を知ってしまったあの日から少し日が経つ。

クリスマスの日だけで良いと言った桜は、あの日から公園から姿を消していた。

俺は馬鹿なことだと思いつつ、公園に毎日足を運び、人が居ないのを確認してから桜の木に話しかけたりしてみたけれど、桜は何も言わなかった。

桜の木が桜なんて、冗談じゃないか。

もともと桜なんて居なかったんじゃないか。

そうも思い始めてきた。

だが、約束を違える気は無かったし、俺はクリスマスの夜、桜の木のある公園に向かった。


公園に入った瞬間。

風が吹いた。

そして風が凪いだとき、桜が目の前で泣きそうな顔で微笑んでいた。

「きて、くれたんだ」

うれしい、と桜は言った。

来ないと思っていた。

遠まわしにそう言われ俺はむっとする。

「俺が約束を破ったことがあったか?」

家族とか、友達ならあるが、桜にはない。

桜は微笑んだままブンブン頭を振った。

「ないよ、ゆきとは、約束やぶったことない」

桜の顔は白かった。

冬だ。

寒い。

桜の顔が白いのはそれだけが原因ではない。

桜の茶色のコートの右手からは、何も出ていない。

左からはちゃんと白い手が出ているのに。

「……桜、その腕、大丈夫なのか?」

俺が折ってしまったから。桜の右手は無い。

俺がそう言うと桜は嬉しそうに「心配してくれてありがとう」と言った。

だが、大丈夫かどうかは、答えなかった。

桜はしばらくの間何も言わなかった。

俺もしばらくは沈黙に耐えていたが、ついに耐えられなくなった。

「……寒いな、桜。雪が今日降るかも。そしたらホワイトクリスマスだけどな」

俺は、沈黙を消そうとそう言った。

すると桜は微笑んで口を開く。

「ゆきとは、雪、好き?」

それは問いだった。

雪人は縦に首を降った。

「俺の名前は雪の人、でユキトだぜ? 俺、綺麗なモノ好きなんだ」

滅多に友達に言ったりはしないけれど。

雪人は綺麗なモノが大好きだった。

だから、今年の春、この桜の木に目が止まった。

「桜が、今年の春、花咲かせるのが楽しみだ。桜綺麗だしなぁ」

大きくないけれど。

樹齢は少ないけれど。

精一杯綺麗な花を咲かせていたこの木が、好きだった。

桜が、ゆっくり雪人に手を伸ばす。

そして微笑んだ。

「ゆきと」

「ん?」

桜の手が雪人の頬に触れる。

その手は、死者の手のように冷たく、白かった。

そのことに気づかないように雪人は明るい声を出す。

自分達が違うものだということを誤魔化すように。

「運命の人のはなし、おぼえてる?」

「……忘れるわけが無いだろ」

忘れるわけが無い。

喋ることがまだ上手くなかった桜が、彼女に振られたことを自棄で言った自分に言ってくれたことだ。

その人は運命の人ではなかった。自分を磨けばきっと良い運命の人が現れる、と。

「そのこと、忘れないで。さくらのことは、忘れて良いから」

「さく、ら?」

忘れて良い。

そんなこと、桜は今までに一度も言わなかった。

忘れないで。

それが桜の口癖で、忘れないで公園に来たときは嬉しそうに手を振って、迎えてくれて……。

「幸せになって、ゆきと」

どうして今日に限ってそういうことを言うのだろう。

また春が来て、夏が来て、秋が来て、冬を迎えるのだと、思っているのに。

春は花を見て楽しんで。

夏は木陰で涼んで。

秋は穏やかな生を感じて。

冬は、生の静けさを知って。

これは全て桜が教えてくれた人生の楽しみ。

これを何年も俺は桜と楽しむのだと、思っているのに。

「さ、くら……?なに、言って……」

はらり。

はらり。

何か美しい色の何かが視界の隅を掠めた。

雪かと思ってそれを見やる。

そこには、世にも美しい風景が広がっていた。

はらりはらりと散っていたのは、薄紅色の美しい花弁。

桜だった。

「ゆき、と」

苦しげな声に雪人ははっとし、桜を見やる。

桜の顔は白いを通り越して、青白かった。

だが、微笑んでいる。

「写真、撮って?ふたりで、撮りたいの……」

今まで、何度言っても撮らせてくれなかった桜が、そう言った。

俺は、苦しそうな桜に何も言うことが出来ず、写真を撮る。

撮った後桜を見ると、桜は今までで一番、幸せそうな顔をしていた。

デジカメで、夜モードにしたからちゃんと映っている。

それを桜に見せながら桜の手をぎゅっと握った。

熱が桜に移るように。

桜に生気が戻らないかと。

「ゆきと、ありがと」

しばらくして、そっとつぶやくかのように桜が言った。

「怖かったわ。独りで、寂しく、誰にも見られないで死ぬことが」

死。それは、暗い響き。

その言葉は駄目だ。死を連れてくる。

「怖くて、たまらなかった。でも、ゆきとが、居てくれたから、幸せ、だったわ」

桜の正体を知った日。

怖いに決まってると、思った。

でも、今はそれよりも怖いものがある。

だって、これじゃ……。

「ゆきとのおかげで、幸せになれた。もう、悔いは、ないの」

遺言みたいだ。

悔いはないなんて、言うもんじゃない。

まだまだ、桜の綺麗さを見てもらわなきゃ。

冬に咲く桜なんて……。

冬に、咲く?

「だから、これは、お礼」

はらり。

はらり。

薄紅色の花弁が舞う。

同時に、空からもまた降ってきたものがあった。

それは白い。

桜がまたシャッターボタンを押した。

「ふゆに、咲くさく、らなんて、ないでしょ、きっとゆきとの好きなニュースに、なるね」

写真には、白い雪と、薄紅色の花弁が舞う美しい風景が写っている。

「桜!」

雪人はたまらなくなって叫んだ。

冬に桜が咲くわけがないのだ。

それなのに咲いている。

それは……。

「どうしても、最後に満開で咲いているところを、見せたかったの」

桜の身体は、透けていた。

後ろの樹が桜を通して見えるほどに。

「満開で、咲けるさいごの、年だったの、ことし」

ひらひら舞う桜の花びら。

それと共に桜が透けていく。

「誰、にも顧みられず長い時間を、かけて枯れるより、全力で、最後、咲こうと、思って」

もう、人型を保てないけれど、と消えながら桜は微笑んだ。

涙が止まらなかった。

「ゆきとの、た、めに、咲くから、み、てて……師走の間、だけ」

消えていく桜に手を伸ばして。

消えていくなと、手を伸ばして。

だが、その手は宙を掻いた。

「勝手なことを言うな」

桜が透けて消えた後も桜の花びらは散っていた。

雪と共に。

そんな中、雪人は静かにそう言った。

頬を伝う涙だけが、熱かった。

独りで此処に居る、という事実がとてつもなく寒く感じた。

桜と居るときは、寒いなんて、感じたことなかったのに。

「俺は、桜が、咲かなくても、ずっと此処に来るつもりだったよ……」

ここに来てたのは桜に会うためだった。

長い時間をかけて枯れて欲しかった。

ずっと桜と一緒に居たかった。

俺達は決して恋人じゃなかったし、お互いの間にある感情も愛じゃなかった。

でもなんでだろう。

涙が、止まらないんだ。

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