四;冬
冬になって桜の体調はどんどん悪くなっていった。
雪人は病院に行こうと言ったが、桜は公園から出ないと言い張った。
そのまま、クリスマスの時期になった。
「桜、お前彼氏いねーの?」
クリスマスが近づいて初めて気づいた。
彼女には、一緒にイベントを過ごす相手が居るのではないかと。
振られた自分とは違って。
「かれ、し?」
桜は青白い肌をそのままに小さく小首をかしげる。
「いねぇの?」
桜は答えない。
まぁ、自分と三百日毎日会っているくらいなんだから居ないのか、と雪人は勝手に解釈した。
「……ゆきとは?」
しばらくして静かに尋ねてきた。
雪人は首を傾げる。
桜の言うことには体言がない。
たいげんってなぁに? と聞き返されるだろうから言わないが。
だって桜に動詞、形容詞、形容動詞が理解出来るわけが無い。
「ゆきとは、いないの?」
また桜は静かに問うた。
ああ、と雪人は納得し答える。
「居たらお前とこんなに会ってねぇだろ」
お前に最初に会った日振られたんだよ、といわなくても良いことまでしゃべってしまった。
桜は笑うかな、と思って覚悟していたが、予想に反して桜は笑わない。
顔を覗きこむと、真剣な目をした桜と目が合った。
「その人は、ゆきとの運命の人ではなかったのね」
雪人は面を食らい押し黙る。
そんな雪人に静かに桜が微笑んだ。
「ゆきとには、もっと良い人が、現れるわ」
それをただ自分を磨いて待って居ればいい。
そう桜は言う。
雪人の心の中を覗くかのように。
そんなこと、誰も言ってくれなかった。
慰めてくれる人はたくさん居た。
でも、そういう人たちは彼女を貶すばかりだった。
それが哀しくて、雪人はこのことを人にいうことが無くなっていた。
「……本当に、そう思う? 桜……」
自分の声はかすれていた。
桜はそんな雪人に笑って頷く。
「あたりまえじゃない。ゆきとは良い人よ。きっと運命の人と出会えるわ」
桜の言うことは小さな夢見る小学生の女の子が言うような言葉だった。
でも、それだからまた心に沁みた。
「……そっか、ありがとな、桜」
俺達は、決して恋人同士じゃなかった。
毎日会ってても決して恋人同士じゃなかったし、なる予定もなかった。
だからこそ、幸せだったのかもしれない。
「武田君」
桜に言われて学校生活の視点が少しだけ変わった。
桜と一緒に居るのも楽しかったが、クラスの奴等とつるむのも悪くは無いと思えるようになっていた。
「……伊佐?」
クリスマスに近いある日クラスの子に話しかけられた。
伊佐咲乃。
茶髪で、大人しいタイプのクラスメイトである。
クラスの副総務だから真面目であるに違いない。
「何か、用?」
桜の所に寄るので帰り道が大分変わった雪人であったが、それを後悔したことはない。
それを指摘されても上手く避けることが出来る自信が雪人にはあった。
「あ、の……」
雪人の冷たい一言に怯んだのか、伊佐はなかなか切り出さない。
もう少しで公園なのにな、と入り口より少し離れた道路に佇んだまま雪人は待つ。
「クリスマス、空いてるかな?」
「は?」
桜待ってるだろうな、と思っていた雪人は切り出されたことにも気づかなかった。
そんな雪人に伊佐は再び言う。
「クリスマスッ空いてる?」
くりすます、クリスマス、クリスマス。
「クリスマス?」
「うんっ」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
問うと伊佐は大きく頷いた。
「クラス会をね、クリスマスにやるの」
「…………」
わざわざクリスマスにクラス会をする意味が在るのだろうか。
うげっ、と思わず思ったのが顔に出たのか、伊佐は慌てるように言った。
「べっ別に独り身の人集めてクリスマス会するわけじゃないよッただ楽しめればって……」
ああ、と雪人は納得した。
納得した上で雪人は首を振る。
「俺、友達と約束してるから行かない」
毎日行かないと桜は寂しがるだろう。
哀しがるだろう。
ただでさえ体調が悪いのに。
「悪いな」
断るとあらかさまに伊佐ががっかりした顔をしたので、そう付け加える。
そしてもう用がないだろうと、その場を立ち去るフリをした。
「伊佐の見ている前で公園に行くわけにはいかねーなぁ」
裏から回れるだろうか……と小さくため息をついて雪人は歩く。
樹の裏から回ろう。
そう思い遠回りに遠回りをして雪人は公園へ急いだ。
どうして樹の裏から回ろうと思ったのだろうか。そうしなければ良かったのに。