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桜少女  作者: 緋龍
2/7

弐;名前

次の日の夜七時くらい。

雪人はまた昨日の公園に立ち寄っていた。

そして公園を見渡す。

すると昨日の少女が桜の樹の陰からひょっこり現れた。

それを見て見て雪人は手を振る。

少女は満面の笑みを雪人に見せ、駆け寄ってきた。

「……約束通り来たからな」

雪人がそう言うとこくこくと少女は嬉しそうに頷く。

ガシャンと左手の袋が音を立てた。

それを不思議そうに少女が覗き込んだのを見て雪人は笑う。

「今日のは酒じゃねーよ」

雪人が笑ったのを見て少女もまた笑った。

それを見て、昨日のが嘘みたいだな、と雪人は思う。

昨日、八時を過ぎたからそろそろ帰る、と言った雪人に少女は悲しそうに泣きながら笑い、公園の入り口まで少女は見送ってくれたのだ。

泣きながらバイバイと手を振る少女を背に向けて帰るほど薄情者ではないつもりの雪人は「明日も来るから泣くな」と言ったのだった。

雪人は少女を連れて公園内に入り昨日と同じブランコに座りビニール袋の中身を漁った。

そして水の入ったペットボトルを取り出す。

それを少女に雪人は差し出した。

少女はきょとんと首をかしげる。

「飲むか? ただの水だけど」

少女はきょとんとしたまま水を受け取り、ペットボトルを不思議そうに見た。

「ペットボトル見たことないわけないだろ?」

雪人は問うが、少女はきょとんと首をかしげたままだ。

仕方が無いので雪人は少女からペットボトルを取り上げ開けてあげる。

そしてそれを少女に手渡した。

少女はペットボトルの匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせ、口に含む。

小動物みたいだ。

水が少女の喉を通ったのが分かった。

その瞬間少女が目を輝かせる。

そして何度も水を口に含んだ。そのたびに目を輝かせる少女を見て雪人は笑った。

「水ごときでそんな喜ぶなよ」

雪人はことごとくコイツは変な奴だ、と思う。

だが、一緒に居るのは心地よいな、と同時に思っていた。

気を使わなくて良い相手、とでも言うのだろうか。

学校でも友達に嫌われないように気を使い、彼女を気にしないように気を使い、親には心配されないように気を使う雪人にとって彼女のようなものは貴重だった。

彼女は喋らない。

だから、寂れた公園に自分の声だけが響くのが少しだけ不満ではあったが。

「お前、喋るんだよな?」

少しでも喋ってくれないかな、と雪人は問う。

少女は困ったように笑った。

昨日は一言だけ、喋ったのだ。「もう少しだけ、此処に居て」と。

その時の消え入るような、しかし綺麗な声がまた聞きたくなり雪人は意地悪を言ってみることにした。

「あー、喋ってくれないのなら帰ろうかなー」

少女が哀しそうな顔をする。

雪人はそれに気づかないふりをして立ち上がった。

少女が雪人の服を掴む。

「喋る……! 喋るから、帰ら……ないで……!」

喋りなれてないのか相変わらずぎこちない。

しかし、喋ってくれたので雪人はブランコに座りなおした。

そして笑う。

「喋れるんじゃん。俺一人だけ喋るのは寂しいんだよ。まだ帰らないから安心しな」

雪人が笑ったのを見て安心したのか、少女もまたブランコに座りなおした。

そして、静かに口を開く。

「喋ったら……また、来てくれる?」

それは問いだった。

雪人は考えるように手を唇に当て空を見上げる。

「まぁ、良いかな。暇だし」

彼女がマネージャーの部活も辞めてしまったし。

もともと好きじゃなかったから良いんだけど。

それを聞いて少女の顔がぱっと明るくなった。

「待ってる……ね。ずっと、来てくれるの、待ってる」

「はいよ」

軽く雪人は返事をする。

そこであることを思い出した。

「そういや、お前名前なんていうの?」

「な……まえ?」

雪人はこくりと頷く。

「名前知らないのに会うのは変だろ? 俺雪人。冬に降る雪と人、で雪人。あんたは?」

少女は困ったように笑って、そして桜の樹を指差した。

雪人は桜の樹を見やる。

「桜。私、桜」

桜の樹を見ていたのであまり分からなかったが、少女の顔が一瞬苦しげに歪んだ気がした。

「良いな、桜って名前。あの樹と同じだろー。あの樹俺好きなんだよね」

雪人はそのとき、何も思わずそう、桜に返したのだ。

その瞬間少女、桜の顔に笑みが広がる。

「有り難う」

その時の桜の顔は印象に残るものだった。

哀しそうだけど、嬉しそうで、儚いけれど、芯があるような笑みだった。


桜のその笑みの意味を知るのは、もっとあとの話だったが。

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