壱;出会い
人生に嫌気が差していた。
自分が大嫌いだった。
勢いのまま生きている自分なんて要らないと思っていた。
そう思わなくなったのは、数年前の春。
武田雪人性別男十七歳のときだった。
「やって……らんねぇ……!」
雪人は激昂していた。
二年前から付き合っていた彼女からの突然の別れを告げられたばかりだった。
一年も前から浮気をしていたらしい。
『浮気に気づかないユキトなんて要らない。あたしのこと好きじゃなかったんだよ、ユキトは』
別れたときの彼女の言葉が、胸に刺さっていた。
「浮気なんか、すると思ってなかったんだよ……」
本当に好きだった。
左手にもったビニール袋がガシャンと音を立てる。
中身は、酒缶だった。
飲酒していい歳ではないが、雪人は顔が老けているほうだった。
適当なコンビニだったら何の疑いも無く酒が買えてしまう。
今まで買ったことも飲んだこともなかったが、こういう時は自棄酒だ、と買ってしまったのだ。
しかし、家で飲むのははばかられる。
堂々と飲むのも警察が怖い。
雪人は隠れるように路地裏を歩き、独りになれるところを探した。
見つかったのは、今では人っ子一人来ないような寂れた公園だった。
錆びた鉄棒、錆びたジャングルジム、錆びた滑り台、錆びたブランコ、そして、桜の樹。
あまり大きくない樹だった。
しかし寂れた公園を少しでも明るくしよう、と頑張っているように雪人には見えた。
立派ではないが、好ましく思える樹だった。
「……ここで良いや。花見酒だ。綺麗だなー」
雪人はどかっと桜の樹の下にある錆びたブランコに座る。
そしてプルタブを開けてぐいっと酒をあおった。
苦かった。
だが、雪人は飲み続ける。
喉が鳴った。
そのうち缶の中身が無くなった。
げふっと雪人は身体の中の空気を外に出す。
「苦い」
自棄酒以外で俺は酒なんて飲めないな、と小さく雪人はため息をついた。
その瞬間、風が大きく吹く。
雪人は思わず目を閉じた。
手の中の缶が飛ぶ。
「うわ、なんだこりゃ」
風がやんだあと、雪人は飛んでしまった缶を拾おうと目を開けた。
その瞬間驚く。目の前に長い黒髪の少女が立っていた。
桜色の淡いワンピースを着ている少女だった。
自分より1、2歳年下だろうか、という年齢に見える。
少女は酒缶を拾うとにこっと満面の笑みでこちらに差し出した。
雪人はバツが悪くなったが、缶を受け取る。
「どーも……」
一応礼も言ったが、少女は黙って首を振った。
人が居ないから此処を選んだので、この場所は少女に譲って自分は立ち去ろうと雪人は思い、ブランコから立ち上がる。
その瞬間少女が血相を変えた。
「うわっ」
少女は雪人の服の袖を力いっぱい掴んだのだ。
雪人は驚き、声を上げた。
「なんなんだよ!」
初対面の少女にここまでされる覚えが雪人にはまったく覚えが無い。
ここには自棄酒で来ただけだし、雪人の顔は老けていて子供に好かれる要素がない。
なのに、少女は雪人の服を離そうとしなかった。
仕方が無いので雪人はまたブランコに座りなおした。
それでも少女は服の袖を離そうとしない。
「……お前、なんで俺の服離さねーの?」
少女の顔が必死なので、雪人は出来るだけ穏やかに聞こえるように問う。
問われた少女はしばらく黙っていたが、やがてぎこちなく口を開いた。
「……もう少し、此処に居て」
もう少しだけ、と少女は辛そうに言う。
雪人は少しだけ眉を寄せたが、まぁ良いか、と思い頷いた。
「別に良いぜ。ここの桜好きだし」
酒飲んでるのは見逃せ、と雪人は少女に言う。
少女はその答えにこくこく頷き嬉しそうに笑んだ。
これが、俺と俺を変えてくれたあの子との出会いだった。