柊椿 (前編)
椿「見てみて。今日の夜ご飯は豪華だよ」
父親「おう、そうだな」
母親「あら、これ椿が作ったの? えらいわね~」
母が椿の頭を優しく撫でると、椿は気持ちよさそうに頬を緩めて母の手を掴んでいた。両親もその椿の様子を見て、ほほえましそうにしている。椿の住んでいるところは比較的田舎で、電子機器類の物はほとんどない。テレビもなく、インターネットもなく、生活に必要な最低限の道具しか置かれていない。両親の稼ぎもあまり多くなく、日々やり取りを工夫して出費を抑えている毎日を送っているが、椿は楽しく毎日を送っていた。
椿「ねぇ! 早くたべようよ」
椿が机の上をタオルで拭いて、食器を置いていく。質素な食事だが、両親と一緒に食べることがうれしく、とても美味しいと感じる。3人で日常会話をして、笑って、からかいあって、ご飯を食べる。これが続くことが椿にとっての幸せだった。ご飯を食べ終えてお風呂の準備をして、空いた時間に食器を洗っている母の手伝いに向かう
母「ありがとうね」
椿「ううん。私も手伝うよ」
足元に小さな台を置いて、一緒に食器を洗っていると
母「学校はどう?」
椿「毎日楽しいよ」
母「いじめられていない?」
椿「え、なんで?」
母「ほら…うちって…その…貧乏だし。給食費の払いもちゃんと出来ていないからさ…」
椿「…そんなことないよ。みんな私に優しくしてくれているよ」
そんなことはない。小学校に通っている椿はクラスでもいろいろからかわれている。クラスの人が持っているものを持っていない。例えば携帯電話、お洒落な服、お洒落なカバンなど。服は全て母親の古着を着ていて、靴や靴下もそう。ボロボロになっている物を装着して学校に通っている。いちいち小さなことでうるさくいう小学校では当然からかわれる対象になり、男女関係なく椿をからかう毎日だ。椿が話している友達も1人か2人しかいなくて、その数人もからかい8割で椿に話しかけてくる。椿もそれが分かっているが、話しかけるのを無視するのも自分の立場が悪くなってしまう。それを防ぎたいと思って返答はするが、何をいっても気味悪く笑われてしまう。当然そんなことが続けば、嫌になるが、両親が頑張って稼いでくれた学費を自分の我儘で無駄にするわけにはいかないと我慢している。何度も物を盗まれては壊され、それで両親を心配させてしまうこともあった。
椿(…あんなことで2人を心配させるわけにはいかない…)
自分がいじめられていることを知られたくなったので、笑顔で母を見ると
母「…そう…あの…いや、なんでもない」
最後の食器を洗って乾燥機に置くと、丁度湯銭が終わったころだ。玄関をノックする音が聞こえると、父が向かっていく。
母「ほら、早く入っていきなさい」
椿「うん」
着替えを持って脱衣所に向かう。
母「…あらあなた、どうしたの? …え」
風呂を出て居間に出ると、そこには深刻な顔をした両親が向かい合って何かを話していた。何事かと思って近づいてみると、椿に気付いた両親は話をやめて、何事も無かったように笑顔で話している。
母「次私入るね」
父「おう」
母は着替えを持って脱衣所に向かう。父は今に設置してある机を端によせて押し入れから布団を3つ出して床に並べ始める。
椿「私も手伝う」
父「…ありがとう」
父からシーツを渡され布団に付けていると父の手の動きが止まって何かを考えこんでいるようだった。
椿「…お父さん?」
父「…え?」
椿「何か考え事?」
父「そんなことない。椿は何も心配しなくていいんだよ」
椿「…そう」
何かを隠していると思ったが、この反応では何も教えてくれないだろう。いつも父は何か隠した時や誤魔化すときは決まって「何もない」と言っている。それは椿も母と話すときにも同じことを言っているので遺伝なのだろうか…。
父「先に寝なさい」
椿「うん、お休み」
時刻は午後8時。柊家では9時に完全消灯だ。少しでも電気の使用量を少なくするための取り組みで、小学校に入る前からこの生活だ。布団に身を包めて目を瞑る。父も布団に横になったが、父の方から何やらため息のようなものが聞こえる。きっと何かあったのだ。しかしそれは、今の椿には踏み込み辛いものだった。そのまま目を閉じているといつのまにか眠ってしまった。
ポイントが欲しいです…。今後もよろしくお願いします。