17話目「祝女(ヌル)」
4歳児の朝は遅い…はずなんだけれど、今日も普通に起こされた。
「おはよう。クィンツ。」
ティガの背中に揺られて、母屋に着くと、先に起きてたマィンツ叔母様が笑顔で迎えてくれる。
「朝食、早く召し上がって下さいね」
と、チュチュ姐。
ああ、そうだ。
「ウィーギィ爺!」
私が声を上げると、ウィーギィ爺が土間から上がって来た。
「はい。クィンツ様。」
「私も叔母様と同じモノが欲しい。」
「同じモノ?」
食事の時に使う棒をクルクル回すと、「ああ」とウィーギィ爺は察してくれた。
「箸。で、ございますね。では今日中に作りましょう」
「ん」
たかが細い棒二本だ。
ちょろいもんだろうと思ったのだけれど、そうでもないらしい。
よく考えてみれば、ここでは、小刀らしいものを見た事がない。
鉄器は漸く普及しはじめたばかりで、貝を使った包丁的なモノが、メイン刃物なのだ。
こんなんで世界で一番偉くなるなんて出来るのだろうか?
ご飯を食べながら、私は一抹の不安を覚える。
「文明レベルを引き上げないと、話しにならないわ」
ひとりごちる。
「今日は御嶽の清掃です。」
と、朝食後、マィンツに言われる。
「義兄様…あなたのお父様から、少しでも早く御嶽の事を躾けるように言われていますから、しっかり覚えて下さいね。」
うへぇ。なんだかメンドくさそう。
マィンツに手を引かれ、ハヌとニャクチャとウィーギィ爺とで御嶽に繋がるジャングル道を進む。
ハヌとニャクチャはマィンツに付いて来た少女らで「祝子」だと云う。
で、祝子は祝女の助手らしい。
そして、マィンツは祈女ではなく、祝女だった。
何が違うんだ?
昔は一括で祈女と呼んでいたらしいが、最近は祈女と祝女を明確に分けてるようになったのだそうだ。
祈女は個人とか家とかに関わる存在で、祝女は村とか、もっと大きな単位に関わる存在のようだ。
だから、御嶽での祭祀を司るのは、基本、祝女の役割となるらしい。
私的に執り行う祭祀であれば祈女でも構わないんだそうだが。
…ん?
どっちも、御嶽での祭祀に関われるなら、結局何が違うんだ?
「村で行う祭祀は、頭とか主が主催者です。なので祭祀を司るのは、その身内が良いのです。」
と、マィンツは教えてくれた。
この世界では…といっても、どこまでの範囲かわからないが…兄を霊的に守るのは妹の霊力に寄るという信仰がある。
妹の霊力は、兄を守るという意味において、特別に強く働くのだそうだ。
妹がいない場合は、姉とか、嫁とか、娘とか、ともかく身内の女性の霊力を頼りにするらしい。
だから、祭祀の主催者が頭とか主など、それなりの権力者の場合は、身内の女性を祝い清めて聖別し、仮の祝女として任命する。
正式に任命されるかどうかは、神に打たれるか、あるいは祈女か他の祝女の託宣に寄る。
そもそも祈女は縁者と関係なく神に打たれた…つまり神に選ばれた女性が成る。
あるいは他の祈女の託宣に寄る。
私が祈女なのは、叔母様のマィンツの託宣に寄ったらしい。
曰く、私は母様の生まれ変わりで、母様自身が優秀な祈女だったのだそうだ。
う〜ん…確かに生まれ変わりだけれど、母様ではなく、違う世界のおっさんなんだけれど…。
それを聞いた時は、叔母様には申し訳ない気持ちになった。
でもって、もともと祈女であり、身内が祭祀の主催者であるから、マィンツは祝女にジョブチェンジしたらしい。
一方私は祭祀を司る立場ではないから、祈女のままだ。
母様も生前は、ハーティ主催の祭祀を司るに当たり、祝女にジョブチェンジしていたらしいが。
ウォファム村の祭祀はハーティが主催となる。
本来は妹であり妻のクィンツが司るべきなのだが、亡くなってしまったので、クィンツの姉であるマィンツがナーク家から足を運んで司っている。
マィンツはハーティの義妹にもなるからだ。
昨夕母屋ですれ違った主子たちが「よろしくお願いします。」と言ったのはそのためらしい。
一方でハーティとしては、私に一刻も早く祭祀を司ってもらいたいのだそうだ。
それ故に、マィンツに少しでも早く御嶽の事を躾けてほしいと頼んでいるのだ。
…後でウィーギィ爺に聞いたのだが、マィンツが祭祀を司るのも、無料というワケではないらしい。
マィンツはフーズの妹なのだから、フーズが支配する村々の祭祀を司っている。
プラスアルファでハーティ支配の村の祭祀に出向するわけだから、その分負担なのだ。
マィンツはそれでも出来るだけハーティに協力したいらしいが、ナーク家側からすれば、ハーティは身内とは言え血の繋がりはない。
霊的な意味でも、マィンツが祭祀を司るよりは、血の繋がりがある女性が司った方がいいのだ。
しかし、ハーティは母親も妹も死んでしまった上、元々がハーティムル島出身なのでエーシャギーク島には血縁者が居ない。
なので、母親が嫁入りしたナーティ家に頼るしかない。
一方ナーティ家も今代の女性はマィンツだけらしく、マィンツに何かあったら大事となる。
------実際先日の私との稽古中に起こった神垂れには肝を冷やしたらしい。
------慶事だったから、事なきを得たのだが…。
ナーティ家もフーズの代にハーティムル島からエーシャギーク島に出張って来た家なので、エーシャーグ島に血縁が無いのはハーティと同様だったりする。
つまり、ナーティ家としては、ハーティの要請に対して、何の旨味もなければ応じられないのだ。
ちょっと脱線するが、ナーティ家は女性縁者不足を補うため、フーズの弟、二人の相方として、ハヌとニャクチャを祝子として教育真っ最中なのだ。
二人とも今は11歳なので、嫁入りするのはあと2、3年後だ。
ちなみにニャクチャはチュチュ姐の従姉妹で、チュチュ姐の出産手伝いとその後の面倒を見るために、祭りの後もしばらくウォファム村に残るとの事。
色々繋がりがあるんだね。
話しを戻して…。
そんなわけでマィンツに祭祀をお願いするのに当たり、ハーティはナーク家に対して、決して安くない貸出料を払っている。
ハーティとしては節約したいし、霊的な上でも私が祭祀を司るのが本来の形だ。
だから、塩を村人に恵む昨日みたいなイベントでも、私を持ち上げ披露するのだ。
この村の祭祀を司るのは、そもそも私なのだと、村人らにアピールするために。
つまり…。
私の置かれた立場と期待は、結構デカイのだ。
その上にさらにややこしいのは
伯父のフーズが私を相方として求めている事だ。
フーズとしては、本当は、私の母様と番いたかったらしい。
だが、ハーティが掻っ攫ったのだ。
これにはハーティ側にも言い分があって、ハーティとしては唯一の妹を確保したかったというワケだ。
だが、番う必要があったのか?
この辺りの思考がよくわからん。
見合うとか見合わないとかがあるらしいが。
母様をハーティに掻っ攫われたフーズは、ならば、次は自分だと言っているらしい。
一方でハーティは私は妻の生まれ変わりだから「否」だと主張。
全面対決している。
ここで割を食らったのがチュチュ姐で、そもそもチュチュ姐は母様の祝子だった。
フーズは『クィンツが亡くなったのだから、ハーティはその祝子のチュチュと番えばいい』と言い出したらしい。
それに怒ったハーティはチュチュ姐をウィーギィ爺と番わせてしまったのだ。
この当たりの事情はニャクチャが教えてくれた。
さすが従姉妹だけあって詳しい。
いずれにせよわかるのは、やっぱり女性の意思より男というか権力者の意思の方が結婚に影響しているという事だ。
うむ。
一刻も早く、私自身が一番になるしか無いようだ。




