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座敷童  作者: 二階堂
2/14

出会い2

少女が頷いた事実も衝撃だったが、Tの中では自分がこのような質問をしたことにもっと驚いた。いままでのTならば絶対にあんな疑問は持たなかった。どこか自分の根幹の骨組みが曲がってしまったような気がして顔をしかめた。神や妖怪やUMAなんて全部存在しないとそう信じていたはずだし、それが自分の信念とつながっていることも理解していた。そして、そういった者を信じる人間を恍惚の目で見るようなフリをして心底では蔑視していたし、もしこの骨組みが本当に曲がってしまったならばそうならば自分の全てが曲がる事につながる。それだけはどうしても考えたくなくて、まだ完全に落ち着きを取り戻してないからあんなものを座敷童だとか考えてしまったんだと自分に言い聞かせていたが、思考を巡らせても巡らせても眼前に広がる矛盾を解消するためには座敷童という結論以外他になく、絶望してすべてを受け入れた。


受け入れるということはTにとって敗北に他ならなかったが、この状況下で妖怪と結論付けたことは立ち振る舞いの点については大きく支えた。「ベット下に潜む強盗」のようなものが妖怪なんかよりよっぽど恐怖の対称であった。さらに冷静さを支えた要素として、少女に怨や悪意などの感情が一切見られず、それどころか哀の感情が見えたこと。畢竟害がないと判断できたことも大きかった。もし、少女に悪意や怨念、それが原因で起こる自分への害があるとTが判断したならば、Tは躊躇もなく逃げていただろうし、警察も呼んでいただろう。もしかしたらすべてを投げ捨て暴力に走っていたかもしれない。Tはそれを考えると自分の観察眼に感謝し、絶望の中でほんの少しだけ好意的に捉えた。


この少女が()()童ならば、本来名の通り座敷に存在するものだろう。現実、少女がいたのはマンションにあるTの部屋の玄関であったし、そもそも部屋のどこにも座敷などない。ある種これも一つの決定的な矛盾と言えたのだが、この際少女が座敷にいるとかいないとかいう問題は遠い場所で起きている山火事のように微々たるものだった。


彼女が本当に座敷童なら、つまり怪奇の類(彼にとっては既に怪奇ではなかった)ならば最も重要であろう事柄について、Tは質問ではなく尋問だと言わんばかりの気勢で聞いた。「あんたの目的は何だ?」少女に余裕を感じ取っていたTはここで下手に出ることを煙たがり、この質問で相手に俺のほうが上だと印象付ける意図も持っていたが、少女はそれすら見抜いたような様子で「目的はない、が私が何をするのかはいずれわかる。安心しろ私に害はない。」と答えた。Tは自分の想定してた反応以上のものが返ってきたことを受け一つ未来が明るくなったと捉えるとともに、害の有無を一番の評価対象としていたことを即座に見抜かれたことに強い嫌悪感を覚えていたが、大家の注意があったことを思い出し、部屋に入ることを決めた。


決意してからも一分ほど迷っていた。やはり、害がないと判断を下したとはいえ目の前の正体不明な少女に近づくというのは勇気が必要であった。勇気を手に入れるということはつまり自分の中の恐怖心や恥じらい、時には命や人間であることを、行くとこまで行くとなればすべてを捨てることであり、「あとは野となれ山となれ」ということである。この取捨選択こそTが忌み嫌うものであり、これに打克つための一分間だった。


Tが部屋に入り扉を閉めるとき少女を見たまま取っ手を掴もうとした為、それを掴むのに一苦労したが、それを少女に悟られまいとするTの表情は醜く歪んでいた。まるで、彼岸に芽吹くパンジーのように。


まごつきながら靴を脱ぐと少女はTの億劫な心を察したかのように動き出しリビングにあるクローゼットの前で正座した。この気遣いもTにとっては二つの点において不快でしかなかった。一つ目は自分の気持ちを意図もせず推し量られたこと、これは自分のほうが下であるということの証明となり得るからだ。二つ目は、自分そのものであるこの部屋に得体のしれないものが居座ることを物質的に結論づけられたことへの不安感であった。


前者の早期解決は無理だと決め込み後者の解決に取り組んだ。「あんたは()()害がないと言ったが、今じゃなくなれば俺にとって不利益になる存在なのか?」「利益の話をするなら、おそらく私はお前の利益になる」「さっきからおそらくおそらくと保険をかけているのがどうも気になる。可能性の観点からみれば地球上どんなものにおいても100%などというものは存在しないというならば納得はできるが、君はそのような意図でその言葉を使っていないだろ。そうだろ?まぁ、なにを考えそれを使ってるかはいまは置いといて、君は現段階では害がないことを証明するなにかがあるのか?それがなければ君の言葉は形骸化したものとなるし、俺は安心して眠れない。眠りってのは大事なんだよ」とTが打ち負かしたような表情で言うと、少女はほんの少し怪訝な顔して、「明確な証拠など用意できるはずもない、しかし、座敷童は幸運を運ぶそうだ。」「幸運を与える()()()?自分ではわからないのか?」「いや、幸運を与えるものだ。私も幸運を運ぶ。」


Tがポケットからスマートフォンを出し調べると、ネットにも少女の言った同じようなことが書いてあった。


『主に岩手県に存在し、東北にも発見された記録が存在しています。座敷童は両方の性があり、男の子は紺色の着物を着ていて、女の子は赤色のちゃんちゃんこや着物を着るそうです。座敷童は家主に幸せを運んだり、家主に富をもたらすと言われています。逆に座敷童が去った家には不運が訪れるといわれてます。座敷童は家主以外に見えず大人にも見えないとする説もあります。』


Tが住む場所は東北ではなかったが、眼前に広がる超常現象の前でその誤差は全く気にならなかった。


ネットに乗っている内容から見ても彼女は座敷童で間違いないらしい。幸せを呼ぶと書いてあるが真偽はわからない。現実だってわからないもんだぜ。幸せになります!と唄うもので本当に幸せになれるものなんかないんだ。幸せという名の洗脳さ..いや、もしかしたら幸せなんてものはすべて一種の洗脳状態なのかもしれない。ともかく委曲を尽くそうともしない妖怪の言う幸せになれるなんてそれらよりよっぽど訝しいもんだ。だが、ここで少女を追い出すことは出来ないだろうし、追い出そうしてできなかった場合は「家の中に入れてくれ!」だなんてことになるだろう。それに害はないんだから置いといたって問題はない。こうなった時点で避けられない。こうなったら気持ちを切り替えて、いつか幸運を運んでもらえると信じてみるか。Tはそんなことを考える自分が滑稽に映て疲れた微笑を見せる。


「あんたが座敷童なのは分かった。幸運を運ぶってのもちゃんとインターネットに書いてあったよ。」「あぁ。」「あんたはどこから来たんだ?わかってるとは思うけどここは俺の家だし鍵だってかけたはずだ。それに、あんたの私の家だって話も気になる。嘘じゃないらしい。俺はあんたとあんたの周りで起きたいや、起きているこの超常現象をどう理解したらいい?」少女は困ったように眉を顰め答える。「私も分からないことが多いんだ。私に刻まれているのは私が座敷童であるということと幸運を運ぶっていうことだけなんだ。前に住んでいた家から突然ここに飛ばされている中、私はここで生きるというのが神の思し召しらしい。」


この問題は明らかにまだ奥の底まで見えていなかったが、Tは残業で疲れていた。今日の解決は無理どころか、解決しないほうがいいかもしれない可能性もあった。Tは少し考え、この件と長く付き合うことを決めた。「もう寝たいと思うが、君は寝るのか?」「私も寝る、寝るものを用意してくれ。」「座敷童は座敷で寝るものじゃないのか?」と皮肉を言う。「現代版座敷童だからな。」冗談交じりに見せた微笑には、何も知らない無垢で純粋な子供が時折灯す澄んだ光が灯っていた。




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