私の知っている松田さん
夏の暑い日、暑すぎて松田さんとふたりでこたつでごろごろしていた。
「今日本当暑すぎる!ゆきこ~雨でも雪でも雷でもなんでもいいから降らせて~」こんな無茶なことを言うのが松田さんである。
「無理ですよ。そんな特殊能力私にはないし。それに雷降らせる意味がわかりません。」私、つまり飯田 あいは素っ気ないって言われるけれど、これがわたし。
私は∥∥高校に通う高校2年生である。ドライな性格から友達もあまりいないので、夏休みに入った今の時期は大抵美術部に行くか、夏休みの宿題か、松田さんの家に行くかの3選択しかない。まあ、最近は松田さんが家に来ることが多いので、きっと仕事をまた辞めたのだと思う。
松田さんは、本当に自由人だ。年齢たしか26、、いや27才か。その辺りだったと思う。女性らしい女性である。こんなこと言うのは本当におかしな話だけれども、気づいたら松田さんが家の居間でテレビを見ていた。そして、私も気づいたら松田さんの家でアイスを食べているなんてことは日常茶飯事だ。あれ、今日も私松田さんの家にいる、て気づいたときには本当に自分はどうかしちゃったのかと思う。
松田さんは昔から優しかった。出会いは私が高校1年生の入学式の日。駅のベンチに座っていたとき、松田さんが声をかけてきた。
「ねえねえ、これ食べてみない?」
これが最初の一言だった。知らない人だし、これ食べてみない?って言われたときにはすでに私の手を取ってチョコ3つを渡してきた。聞いた意味ないじゃん、って心の中で思っていたら、顔に出ていたのか「勝手に渡されたわあ~」って思ってるでしょう?と言われた。この時は私の顔に感情が現れていたのかなと思ったけれど、あとで思うことは松田さん自身がそういう人の細かな変化に気づく人だと言うことがわかった。
「ねえ、新入生でしょ、きみ?」松田さんはまた質問してきた。
「ええ、まあ」私は答える。
「いいなあ~高校生、私なんてもう25越えちゃったよ~」と笑いながら松田さんは言った。
正直まだ22、23才くらいに見えたから驚いた。見た目も若く見えるし、お茶目だから、昔も今も私と違って男性にも女性にもモテる。でも、モテるけれど、交遊関係はそんなに広くないことを最近知った。本当に気心知れた相手としか一緒にいないらしい。
私もその気心知れた人の一人だと思うと嬉しくてたまらない。
それから学校帰りに駅のベンチに座っていると度々松田さんに合うことが増えた。最初、警戒心が強かった私も松田さんのその人柄と話し方と見た目に完全にやられてしまい、一緒にいて楽しくなっていた。学校帰りに駅のベンチで松田さんを待つのが日課になっていた。話をしていくうちに最寄り駅が一緒なこと、好きな食べ物、本が好きなこと。共通点が多かったことも私にとっては心を許せた要因であった。学校にいくのは、友達に会いに行くのではなく、帰りに松田さんに会うのが楽しみになっていた。
そのうちに、学校帰りに一緒に喫茶店にいったり互いの家に泊まったりした。松田さんとはガールズトークなどはしたことがないが、好きな趣味の話でいつも夜が明けた。
そんな毎日を過ごし、今夏休みを迎えた。松田さんと一緒にいることが当たり前になっていた。
急に松田さんがこんなことをいいだした。
「ねえ、ゆきこ!暑いから旅行でもいかない?例えばハワイとか!」
(おいおい、まじかよ。この暑い中旅行はいいけれどまさかもっと暑いであろうハワイにいくかよ普通…。)私は心の中で思った。
「暑いのに今より暑いとこになんでいくんですか?」聞いてしまった。
すると松田さんが「暑いからこと暑いところに行って気分転換したい」と言う。
(ははーん、これは暑い日にわざわざ激辛を食べるのと同じ原理だと私は思った。)
「じゃあ、最短でいつ行けるか調べましょ、えっと、、明日の朝9時の便が空いているみたいですよ」
「おっじゃあそれでいっちゃおー」テンション上がりまくりの松田さん。こういう子供っぽいところもみんなに好かれているところ。
翌日、朝9時の便で日本をたち、ハワイに着いた。
「やった~やっと着いたあ~お腹すいたねえ、ゆきこ」
「ええ、ついて安心したせいかお腹減りました。」
「どこか美味しいとこあるかなあ~すぐ入れる店がいいよね」
「そうですねえ、なんでもいいから食べましょう~」
私たちは5分ほど歩き、我慢の限界で店に入った。インド料理店だったが、ハワイに来て最初の食事がインド料理かあと二人とも思ったはずだが、空腹には耐えられず、私はチキンカレーを、松田さんはグリーンカレーをたらふく食べた。
「ふう~もうお腹いっぱい。もう食べれないわ。」松田さんが苦しそうに言う。
「私も食べ過ぎました~美味しかったですね、ハワイのインドカレーもいけるもんですね。」と私はなぞに感心していた。
私たちはお金を払い店を出た。そしてとりあえずホテルにチェックインすることにした。正直急いで決めた安いホテルだったので、海外あるあるの写真と実物が違うということは覚悟していたが、想像以上に最高のホテルであった。眺めは最高ですし、ベッドはふかふかで、洗面所もお風呂もきれいで、お湯がでないってことはあるかなと心配したがそんな必要はなかった。
松田さんも私も満足だった。松田さんが突然旅行にいこうと誘うことは珍しいことではないが、今回は特に行きたそうだった。
チェックインした後私たちはビーチに行き、少し泳ぎ私はジュースを、松田さんはビールを2本飲んでいた。ビールを飲むのが似合う人ではないが、ハワイのビーチが松田さんを「ビールの似合う人」に変貌させていた。相変わらず私たちのような観光客でごった返していたが、日本の仕事に忙しない感じの人混みではなく、楽しい雰囲気があり、観光地の人々を体感した。
私たちは暗くなったビーチを後にし、夕食を取った。お昼がカレーだったので、夕飯はレストランでステーキを食べた。ハワイを感じられる雰囲気とビッグなステーキが私たちを盛り上げた。
夕食後、ちょっと疲れたのでホテルに戻った。
「いやあ~もう楽しすぎるね!やっぱり来てよかったわ~」とビールで酔った赤ら顔の松田さんが言った。
「そうですね、暑いのにハワイ?と思いましたが、案外最高でした。」
「でしょう~?もう日本帰らないでずっといたいわ~」
「完全お気に入りになってますね」
「月一で来ることに決めました!」と終始ご機嫌な松田さんでした。
私は前から気になってたことを聞いた。
「ねえねえ、松田さんって今仕事してるの?」
「うーん、うん、うん?してた、してました。でも、どうして?」
「うん、松田さん仕事が大変で辛くなると旅行にいこうって言うからそうなのかなって思って」
「そうねえ~やっぱりゆきこにはお見通しかあ~(笑)。なんか仕事つまらなくてさ、楽しくなくて、楽しくないのに、毎日行って、頑張ってやってもミスとかいっぱいするし、心が無理だって言ってて、体もちょっと休みたいって思ったんだ。やっぱり私楽しくないこととか、自分にとって意味のないことって仕事でもプライベートでも、無理みたいなの。わがままって言われればそれまでだけどさ。」
「うん、なんだかわかる気がするよ。お金稼ぐんだから、楽しいより義務感押し付けてくる人いるけど、何事も楽しきなきゃやる気起きないものね。」
「だからいま、ちょっとお仕事お休みしているんだ、心の治療をハワイでして治ったらまた始めようと思う。美味しいもの食べて見たことないもの見て、ゆっくり寝たら人間単純だからまたすぐ仕事できると思うんだ。その代わりまた仕事をすれば心の治療期間が必要になってくるときは必ず来るけどね。」
「うん、その時はまたハワイに来ればいいよ。私も誘ってくれたら行くし。」
「ありがとう、ゆきこ」「いいえ~(笑)」
その後二人はシャワーを浴びすぐに寝てしまった。
次の日、松田さんが寄りたいお店があると言うので着いていった。手作りのアクセサリーショップだった。そこではそれぞれに足りていない「気」を組み合わせてアクセサリーにしてくれるらしい。松田さんは精神的にちょっと落ち込みぎみだったので、心が強くなるブレスレットを作ってもらっていた。私はそういうものは関係ないと思う人なので、普通に赤色のブレスレットを購入した。
お店を出て少し歩いていると、ジェラート屋さんを見つけた。私たちは、吸い込まれるように入った。
「ねえ、ゆきこ。あれ美味しそうじゃない?日本にないフルーツ使っているよ」
「ほんとだ、どんな味か試してみましょう~」
「うん、!美味しい~最高の味だ~ハワイの味」松田さんは興奮していた。 「たしかに美味しいですね!」私も興奮していた。
ハワイにいくと決まったとき、ガイドブックは見たが、二人とも方向音痴なので、使わず行き当たりばったりの旅立った。幸いにも美味しい店ばかりで、毎日気分がよかった。
夜はホテルの近くのハンバーガー屋さんに行った。やはり日本のものとは比べ物にならなかった。二人とも顎が外れないか心配で、ひやひやして食べていた。
「ほっぺた落ちそう~」いかにも幸せ!というオーラ全快の松田さんだった。私もこの美味しいハンバーガーには胃が喜んでいた。
シャワーも浴び、いざ寝ようと言うとき、真っ暗な部屋に少しだけ明かりを灯して松田さんが言った。
「ねえねえ、ゆきこ。私この間プロポーズされたんだ!」
「えっいついつ?どんな人?」私は嬉しさと少しの寂しさで感情が渋滞していた。
「うん、会社の上司。すごく優しい人よ。田辺さんって言うの。私よりも10才上なんだ。」
「えってか、付き合っている人いたんだね、松田さん」
「ううん、交際してないのよ、ふふっ」
「えっそんなのあり?交際してないのにプロポーズされたの?」
「うん、交際0日婚ね、私も前からいいなって思っていたし、話すとドキドキしてたからで好きなんだなって思ってたの。相手も私と話すときは、いつも手汗かいてたんだって(笑)付き合おうって言おうと思ったけれど、もう私以外の人と結婚するつもりないから、それならプロポーズして結婚しちゃおうって思ったんだって」
「へえ~愛されてる~。積極的な人なんだねえ~。でも、お互い両思いならよかった。おめでとうございます松田さん」
「ありがとう、ゆきこ。いつ言おうか迷ったけれど、ハワイの居心地のよさに便乗して言っちゃおうって思ったんだ。(笑)」
「そうだったんだね、言ってくれてありがとう。結婚式呼んでね!」
「もちろん!当たり前よ!(笑)」
ゆきこはそんな告白を聞いてその日はドキドキして眠れなかったし、松田さんも松田さんで、やっと言えた安心感と日本でのまた生活の始まりにドキドキしていた。
最終日はバタバタだった。昨日あまり眠れず、チェックアウトギリギリに起きて、急いでお土産を買って、飛行機に乗り込んだ。
「ふう~間に合ったあ~危なかったねゆきこ。」
「いやあ~もうハワイでこんなに走りるとは思いもしませんでした。でも、楽しかった。また来ましょうね。」
「もちろん!とりあえず、日本でのことは日本で決めるね。」
「はい!きっと楽しい人生ですよ、私も松田さんも」
「そうね。」
松田さんとの旅行は本当にあっという間だった。私は日本に戻ってから宿題を終わらせて、また部活と勉強の普通の高校生に戻った。松田さんは、結婚して、専業主婦になり、時間ができると、ライターの仕事をして、夫を支えていた。
あの、ハワイでの数日間で、私たちの中の毒素が抜けていて、本当に夢の場所だなと思った。また、毒素がたまったらいこうと思う。 end