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chapter6 集い場

 「お、おい。何処行くんだよ?」

 いつもよりキチンとした服を着て、支度をする瑠衣にファイが尋ねる。

 蝶ネクタイの曲がりを直しながらきっぱりと告げる。

 「学校に行くんだよ」

 そう言って革のローファーを履き、鞄を手に取った。

 「いってきます!」

 「いってらっしゃい、瑠衣」

 「ちょ、ちょっと待てよ!」

 送り出す家族の声とファイの声が混ざった。

 外で気軽に話しかけていれば誰しもが怪しむだろう。そう思って玄関を出てからはファイやマリアナの問いかけには応じない事を決めた。

 しかし予想以上にファイはしつこく尋ねてくる。

 「学校って何だ?こんなの初めてだよ?」

 「……」

 「あ、何かの集会なのか?それも、重要な」

 「……」

 反応を見せない瑠衣にとうとう苛立ち始めるファイ。

 「迂闊に外には出ない方がいいぞ。マリアナだってここぞとばかりに襲い掛かってきたからな」

 「そ、そうです。今の所、他の精霊の、気配は、ありませんが、あまりにも、無謀、です!」

 「……」

 とうとうぶち切れてファイが背を向けた。マリアナが宥めようと試みたものの、凄い剣幕で怒鳴り散らされ、失敗に終わる。

 ついつい声を出そうとしたが、何とか喉元で止める事が出来た。

 ――訳もいわずに無視するのは良くないよね

 鞄からメモを取り出し、歩きながら字を書く。そして書き終わると二人に突きつけた。

 『外では普通の人間のフリをして生活するので極力話しかけないで』

 「了解、です」

 ファイの方は字だけ見て、返事はしなかった。

 メモを終い、瑠衣は何事も無かったかのように歩き出す。

 気が付けば二人のお喋りが聞こえなくなっていた。二人はどうも気を遣って姿を消してくれたようだ。ほっと胸を撫で下ろす。

 「お早う、瑠衣!」

 「あ、お早う」

 瑠衣に声をかけたのは大の親友である神無織音。艶やかな黒髪の持ち主で、ずば抜けた運動神経の持ち主。体格もほっそりしていて、密かに憧れていたりする。

 「四日ぶりね、瑠衣。辛かったでしょ?」

 「そうだね……」

 精霊達とのドタバタですっかり忘れていた事を思い出せられた。

 そう、祖父が死んだのは今から五日前。眠るようにして息を引き取った祖父を見て、実感は湧かなかった。

 遺品整理の時も、実感は湧かなかった。ただ、自分の好きな伝承の真実を求めて遠い旅に出たような感覚でしかなかった。何故かまた会えると思えていた。

 だが改めてここで言われてみると、寂しさが込み上げてくる。

 「まあ休んだ分は取り返さなきゃ!織音、ノート見せてちょうだいね」

 「勿論!困ったときにはお互い様だよ」

 自然と笑みが零れる。

 こんな風に笑ったのも久しぶりだった。


 始めて見る瑠衣の笑顔を黙ってファイは上空から見つめていた。

 ぶっきらぼうで、怒ってばかりの瑠衣はあまりいい少女と言う印象などこれっぽっちもなかった。喧嘩ばかりしているし。

 ファイの知らない瑠衣の一面が現れた感覚だった。決して見せてはくれない、大切に隠された感情を。

 「もしかして、ちょっと、ときめいている?」

 「誰がときめくか!どうせ愛想笑いに決まってるさ」

 「それとも、嫉妬?」

 「嫉妬、だと?」

 その単語に何故か引っ掛かった。

 「じゃ、ないんですか?今まで、こうして、笑いあえる、集える場所が、なかったから、集い場の、ある、彼女に、嫉妬、してるん、ですよね」

 返事は無かったものの、顔にははっきりと本心が浮き出ていた。大抵ファイは口こそ素直ではないものの顔は素直に気持ちを露にするのだ。

 それは長年時々顔を見合わせたりする精霊同士であるからこそ分かる事。ほんの数日同居しているだけの彼女には分からないだろう。

 他人の特徴、性質を理解するのには時間が必要だ。ましてや、人と精霊とが分かち合うのには。

 「お前は人間が羨ましいとは思わないか?」

 「思う、です」

 「そうだよな……」

 精霊同士だからこそ、同じ苦しみを知っているからこそ理解出来る、人間の自由さを彼らは目に染みるほど思い知らされていた。

 「あいつに人間について教えろとは言ったが、どうも心配だ」

 「身をもって、知るべし!」

 「へ?」

 いつになくマリアナが心を燃やしていた。

 「知るためには自ら体験するべしなのです!」

 「ってかおどおど感が消えているのは何故……」

 「そんなの気にしないでさっさと準備するです!」

 「な、何の」

 「決まっているです!人間の集い場へと入り込むための準備です!」

 マリアナの勢いに圧倒され呆けているファイ。彼女はぐいぐいファイの襟首を掴んで引きずっていった。


 いつもの朝学活。いつものクラス。いつものこの空間が懐かしいように思えるのは、数日ここへ来なかったからだろうか。

 それとも、非日常に踏み出してしまった自分には縁がなくなってしまったように思えていたからなのだろうか。

 担任の話を聞かず、瑠衣はぼうっとしていた。

 「えっと、今日の朝突然校長から転校生がこのクラスに来ると言う伝達を受けまして……」

 「転校生?こんな中途半端な時期にどんな子よ?瑠衣、どう思う?」

 「へ?」

 「話聞いてなかったの?転校生来るんだって!こんな時期に何でって思わない?」

 「……確かに節目でもないのに変だよね」

 不信感を持った。

 もしかすると、精霊の契約者がやって来たのかも知れない。あまり心を許す訳にはいかない。

 「それじゃあ、入って」

 扉から入ってきた人影を見て、瑠衣は顔を引きつらせた。

 何と、入ってきたのはファイだったからだ。しかも何処から入手したのか、しっかりこちらの制服を着用している。

 と、織音が急に襟首を掴んで首を揺らした。

 「な、何あの男!何だかめっちゃタイプなんですけど〜!」

 ――お、織音!何で!?

 「えっと、今日転校してきた……河岸附こうぎふ藍です」

 巧妙に名前を漢字化したものだ。附と藍がファイと読めるなんて到底思えないだろう。に、しても、下の名前が女の子みたいだ。

 「それじゃあ柏木さんの後ろ、空いているからそこに座って」

 その言葉で瑠衣の席の後ろが空席であった事を唐突に思い出した。

 通路を通り、ファイがこちらへとやって来る。

 瑠衣の前で一旦止まり、口を動かした。俺も学校ってものを体験したくてさ、と。

 「……馬鹿者ぉぉお!」

 次の瞬間にはファイの頬を全力で殴り飛ばしていた。


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