chapter5 拘束からの解放
「どうしてそんなに恐れを抱く!契約者はあまりにも無知だし、あの精霊の頭もそれほど良くはない!そんなお前には叶うはずのない相手に何故躊躇する!」
「私は、本当は、戦いたくない、んです!いくら自分の夢を叶えたくとも、かつて仲間と呼んだ、人達を、傷つけたく、ないんです!」
「ふざけるな!俺の願いも叶えてくれるのだろう!だったらさっさと核を取って来い!」
瑠衣は不自然だと感じていた事がようやく分かった。
あのびくびくした性格で何故昨日のように冷酷無慈悲な事が出来たのかと。それは全て契約主のため。自分の望みのためではなかった。
彼女は自らの願いなどこのような形で叶えたくはない純情な精霊なのだと。
そしてそんな彼女を無理やり突き動かしているのが、あの契約主なのだと。
――何て酷い扱い……。まるで下僕のようにこき扱うなんて、許せない!
恐怖など吹っ飛び、今まで震えて力の入らなかった身体が復活した。勢い良く立ち上がり、すかさず叫ぶ。
「ちょっと!嫌がっている事をやらせる権限なんて、あんたにはないんじゃないの!」
「部外者は黙っていろ!」
「いや!私だって同じでしょ!同じく精霊を持っている人間よ!」
説得力のある瑠衣の叫びに契約主はようやく目をこちらへと向けた。
鋭い瞳にはまだ煮えたぎる想いが秘められていたが、それでも怯まず瑠衣は叫ぶ。
「私は自分の願いを叶えたくてこうして契約者になったんじゃない!勝手に訳分かんない事になって、こうなって……正直迷惑してるの!」
「おいこら、すっげ〜ムカつく」
ファイの主張も無視。
「だからこそ、自分の願いを叶えるためにファイは戦おうとしている!それなりの助けはするけど、ついでに自分の願いを叶えるとか、そんな事考えた事ない!私はファイが何処で何をしようとしていても止めないし、拘束もしない!契約者って言ってもただチカラを解放するだけの契約なら、こちらに命令する権限なんて無い!」
瑠衣の声が反響して建物内に響き渡る。
「だから、貴方も従う必要はないでしょ。貴方は、貴方の望みのままにすればいい」
「わ、私は……」
目を泳がせ、しばらく沈黙。が。
「私は、もう、戦わない!」
声高らかに宣言した。
その宣言に契約主は絶叫した。
手にしていた缶切りを持って全速力でこちらへと突っ込んでくる。
精霊は迷う事無く、チカラを使った。コンクリートの壁を出現させ、柔らかくうねらせて契約主を弾き飛ばす。
「ああ、俺も混ざる!」
そう言ってファイまで加わる。
「俺を裏切るとは……もし俺が死ねばお前はチカラを失う事になるぞ……」
「構いません!戦うための、チカラなんて入りません!」
動けない契約主に近づいた精霊は彼の額に手を当てた。
「我、ここに契約を解除することを請う。チカラよ、封印されたし。そして主には我からの解放を……」
契約主は意識を失い、頭を垂れた。
長かった黒髪の長さが胸程に短くなった。そのせいか、後姿が高く見える。
「ね、ねえ……その、契約主さんはどうなるの?」
「大丈夫、です。死には、しません。ただ、記憶を、失くすだけ、ですから」
「記憶が無くなるの?契約を解除すると」
「はい。精霊の、記憶があると、精霊の存在を求める、妖しい輩が、現れるからって、天帝様が」
さすがは天帝、頭がよく回る、と瑠衣は心の中で呟いた。
「んで、核はもらってもいいのか?」
「はい、どうぞ」
あっさりと彼女は承諾した。
「……」
ファイはばつが悪そうに頭を掻いた。
「どうも調子狂うな〜」
「へ?」
「言っておくけど、俺がそんなに残酷な事をわざわざ承諾を得てまでするとでも思ったのか?」
またまたヤーさんオーラが出てきたファイに精霊は肩をすくめ、瑠衣を盾にしがみついた。
「だ、だって、精霊界では一番の、暴れ者だから……」
「あのなあ!俺だって仲間と呼んでいた奴の核取るなんて嫌なんだぞ!それって命の源を奪うって事だからよ!」
怒鳴り口調のファイに精霊は涙を目に浮かべていた。
「だから俺はな……精霊そのものを手に入れるって作戦を思いついたのさ」
今度は妖しい影の商人のような笑みを浮かべ、瑠衣すら顔を引きつらせた。
が、また奇想天外な発言に瑠衣と後ろの精霊は声を揃えた。
「はい!?」
「だ〜か〜ら〜、核を取るんじゃなくて、精霊そのものを俺のものにするんだよ。つまり、天帝には精霊のまま差し出すって事だ!それまでは俺の元でしっかり働いてもらうぞ……」
「ひいっ、嫌ですぅ〜!」
「嫌だろうが何だろうがお前は核を差し出すって言ったんだ!もう拒否する権利は無い!」
「うわあああん!」
追い掛け回される精霊とそれを追うファイ。
精霊が増える。
それって……。
「え、ちょっと待って、まさかその子も住み着いちゃうとか?」
「他に何処へ行けって言うんだよ?」
頭が痛い。
彼にさえ手を焼いていると言うのに、昨日の今日でこんな事になるなんて思いも寄らなかった。
「あ、私、居候するからには、何か、役に立ちます!」
まあこんなに素直な子ならそれほど手はかからないだろう。
「有難う、宜しくね。えっと……」
「マリアナ、です」
黒髪の土を司る精霊、マリアナは初めて笑顔を見せた。
彼女の笑顔に和み、瑠衣も笑みを浮かべた。
「よっしゃ、今日は撤退!おい、移動頼むぜ!」
「えっチカラを封印されたのにそんな事させるの?」
「それくらいのチカラなら残ってる残ってる!」
「戦った後で、チカラを殆ど、残してない仲間に、言う、台詞ですか、それは!」
「下僕の分際で文句を言うな!」
「にゃん!」
上から踏み倒され、じたばた暴れるマリアナ。
――そんな扱いじゃあ、とてもあの契約者と大差ないでしょ……
しかし悪意を持った相手じゃない分、マリアナもそれほど苦痛とは感じていないようだ。
「やります!やりますから、上から、退いて、下さい!」
「おお、それでこそ使える奴だ」
マリアナは精神を集中させた。すると、ファイとは違い、何も描かずとも魔方陣が浮き出た。
周りの景色がグラリと揺れた。と思いきや、突如真っ暗になる。
「ええっ!」
「えっと、確か……」
暗闇に異変が起きる。
次の瞬間、目に映ったのは今日の朝出てきた自分の家の玄関だった。
「わわっもう家に着いちゃったよ」
「あ、帰ってきたの?」
母の声が聞こえて慌てて瑠衣は二人を一応先に二階へと上がらせた。
「朝早くからご苦労様だったわね」
「ま、まあね」
嘘がばれないかドキドキしながら話していた。