chapter39 旅立ち
旅立ちの朝。
精霊達はメリッサが瑠衣を監禁した場所である幽霊屋敷の丘に集まっていた。
そこには見送りのために悠と蓮斗の姿もあった。
瑠衣の姿は何処にもなかった。当たり前だ。彼女にはこの場所を告げていない。そして、連絡もしないよう頼んだのは自分なのだから。
それでも心の中でまだ希望があるのではないかと思っている自分が居る。何とも未練がましい。
――これで、本当に良かったんだ。これで……
メリッサと蓮斗が別れを惜しんで抱き合っている。
「愛してるわ、蓮斗」
「俺もだよ、メリッサ♪」
さよならのキスをして、メリッサが彼から離れる。既に別れの挨拶を終えたメンバーを見回し、ファイが頷く。
「そろそろ、行くか」
「ちょっと待ったぁ〜!」
ファイの手首を強く掴み、メリッサが声を上げた。
「あんた、あの子に別れを言わないで行くつもり!?」
「……そうだと言ったら?」
「何よそれ!あんだけ想いを寄せておきながら別れも惜しまない訳!?あんたの気持ちなんて、そんな程度だったの!?」
「やめておけ、メリッサ」
「いいや、言わせてもらうわ!」
彼女の人差し指が真っ直ぐにこちらへと向けられた。
「それは現実から逃げ出しているに過ぎないんだから!」
「……っ!お前に何が分かるんだよ!」
思わず怒声を浴びせていた。流石のメリッサも肩をすくめた。
口にはしたくなかった思いが溢れ出す。
「お前には分からないだろう!元々好きだった相手に似ている奴に再び思いを寄せる事になってしまった苦しみが!」
沢山悩んだ。
沢山傷ついた。
そしてまた、抗えぬ運命が想いを引き裂く。
ならば、もうこのまま――。
歯を噛み締め、更に溢れ出しそうな感情を必死に押し殺した。今の心境を理解したらしく、メリッサは身を引いた。
こんな別れ、本心では望んでいない。
でも、最後の別れがあれば更に自分は彼女の事を忘れる事が出来ないだろう。
彼女は本意でなくとも自分の事を忘れてしまう。そんな彼女に会えるはずがない。
自分の気持ちにけじめを付けるためにも、必要だったのだ。
もう迷いはしない。
「行こう」
「……ああ」
四人が手を出し、重ね合わせる。意識を手先へと集中させる。
すると、幽霊屋敷へと続く道に歪みが出来始め、別世界へと繋がる道がぽっかりと出現した。
その入り口にクート、カシオ、後ろめたそうにメリッサも続く。
最後にファイが後ろを振り返った。勿論、彼女の姿はなかった。
そう、それでいい……。
入り口に身を投じた時だった。
「ファイ!」
心の奥で待ち焦がれた声がして、手首を掴まれた。
振り返ると居るはずのない瑠衣が居た。一体何故、どうしてここが分かったのだろう。
「ファイの馬鹿!」
彼女の発した第一声に思わずカチンときてしまった。
「馬鹿とは何だよ!馬鹿とは!」
「馬鹿は馬鹿よ!」
一粒の滴がファイの腕に滴り落ちた。
「最後の最後でこんな突き放し方はないでしょ!私だって、言っておかなきゃならないって思った言葉があるんだから!」
その言葉にちょっぴり期待をしてしまうファイ。勿論、彼女は見事にそれを裏切った。
「ありがとう!ずっと、側に居てくれて、私を護ってくれて……」
お礼が聞けたので、まあよしとしよう。
未練はもうない。
自然と笑みが零れた。ファイの気持ちを悟り、瑠衣は泣くのを止めてはにかんだ。
――と、ふいに彼女の顔が近づいて頬に唇が触れた。
「大好き、ファイ」
本当は抱きしめたかった。
でもそれはもう叶わない。
ファイの手がするりと入り口の中へと入っていった。瑠衣が離そうとした時だった。
突如周りの景色が揺らいだ。異変を感じた精霊達が顔を上げる。
「瑠衣!」
悠が咄嗟に手を伸ばす。だが、悠の手は虚空を掴み、彼女は入り口へと呑み込まれてしまっていた。
何が起こったのか分からず、しばし呆然とした瑠衣だったが、元に戻ろうと悠に向けて手を伸ばそうとした。だが、見えないバリアに阻まれてそれは叶わなかった。
挙句の果てには入り口が閉じ始めてしまった。
「こんな事、今までなかったのに……!」
「瑠衣、来い!」
手を引く。
「俺が何とかしてやる。だから、一緒に来い!」
徐々に歪んでいく悠達の姿を見つめ、意を決して頷いた。
彼ならばきっと自分を導いてくれる。そう確信して。
元居た世界に背中を向けた瞬間、入り口は完全に閉じた。
閉じてしまった入り口をしばし見つめた悠と蓮斗。そして互いに顔を見合わせた。
「あ、あの……」
悠が先に口を開く。
「僕達はここで何をしていたのでしょう?」
「分かんないナ……。それより、俺はお前の事、知らないんですガ?」
「僕も君の事、知らない――」
二人は首を傾げて丘を降りていく。
精霊達と、瑠衣に関する記憶は消えていた。
「えっ……?」
カシオの説明を聞いて、瑠衣は目を見開いた。
「一度異世界へと紛れ込んでしまった存在は元居た世界から消滅した事になる。すなわち、存在そのものが存在していなかった事になり、その記憶は消滅させられる」
「……そんな、そんなの嘘!」
「嘘じゃねえよ。そうなるから俺はお前を――」
辛い宣告だった。
でも、まだ道が完全になくなってしまった訳ではない。
「天帝に、事情を話す必要があるだろう。オレはどうなっても知らないからな」
「流石に保障は出来ないよね」
クートとメリッサが珍しく意気投合している。
へたり込む彼女の姿は行く場所を失ってしまった迷い子に見えた。
「大丈夫だ」
根拠はない。
「俺が、絶対お前を護るから」
何とかしてみせる。
今度こそ、自分の身を滅ぼす事になろうとも――。
不安そうな表情を見せる瑠衣に手を差し伸べた。恐る恐る瑠衣はその手を取り、立ち上がった。
「さあ、天帝の元へと行くぞ!」
一向は異世界の道を歩き出した。