chapter3 誘導作戦
翌日。
ベッドで目を覚ました瑠衣が起き上がる。
そして、夢ではない現実を悟りはあっとまずため息。
ベッドの傍らで胡坐を掻いて間抜け顔をして寝ている赤毛の少年。
家族が見れば得体の知れない男を家に連れ帰っていると大騒ぎするだろう。しかしそんな事はない。何せ彼は人間ではなく、精霊なのだから。
「契約者以外の人間には精霊の姿は普通見えない。よほど綺麗な目をした者でもぼんやりとしかその姿は見えないようになっていると天帝が言ってたからな」
昨日彼が部屋を出た時に言っていた通り、目の前を通り過ぎても祖母も両親も気付かなかった。
それでも見えている側にすればハラハラさせられる。
間抜け顔で相変わらず寝続けるファイの側に近づいてみる。熟睡しているようだ。
――こうしてやる!
悪戯心に駆られ、エルフのように尖った耳を思いっきり引っ張る。
「ぎゃあああああ!?」
案の定耳を塞ぎたくなるような大声を出して炎の精霊は飛び起きた。
「ようやく目を覚ましたか、馬鹿者。そんなに熟睡しててどうやって夜私を守るのよ」
言葉は頼もしかったが、態度では不安がかなり残る。
そんな不安を知るよしもなくファイが言う。
「別に熟睡してても身体が殺気立つから分かるっての」
またもや大きなため息を着く瑠衣。
「ああ、でも襲われてばかりってのも癪に障るな」
「ん?」
「よし、先制攻撃を打って来た奴に今度はこっちから仕返ししようぜ」
「はい?」
「そうと決まれば善は急げだ!早速行くぞ!」
瑠衣の手首を掴んで窓から飛び出そうとしたファイを瑠衣が引き止めた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何で!」
「……こんな格好で行ったら恥ずかしいじゃない」
今の瑠衣は水玉のパジャマ姿。更に髪の毛も少し寝癖が入ってウェーブになっている。とても外へ出るには恥ずかしい姿だ。
「そしてまだ朝御飯も食べてないじゃない!腹が減っては戦は出来ぬ、よ!」
「そっか、んじゃ俺もー」
一階に降りてみたが、まだ家族は寝ているようだ。何せ昨日は土曜日なのに突然仕事が入ったので帰りも遅かったのだ。無理はない。
祖母もそんなに早起きなタイプではない。更に祖母の部屋には一応台所が備え付けてあるので、そちらで朝御飯を済ませる場合が多い。
まさに絶好のチャンスなのだ。
「言っておくけど、明日からは学校だからこんな風にのんびり朝食用意したり出来ないから覚悟してよね」
「へいへい。それも人間の事情ってやつだな」
「あんたのせいだよ全く」
ぶつくさ言いながら台所に入り、冷蔵庫を開けて卵と食パンを取り出す。
フライパンを熱し、卵を二つ割って入れる。
その間にトースターにパンを突っ込んで焼き色を付ける。
トースターから焼けた食パンが出てきたのと目玉焼きを半熟のまま皿に盛り付けたのはほぼ同時だった。
横に並べて盛り付けると、ぶっきらぼうに皿を前に突き出す。
「これならささっと食べられて、なおかついい朝食になるでしょ」
「……いただきます」
「うん」
目玉焼きをトーストの上に載せ、そのまま噛り付く。黄身がトロリと濃厚に流れ出す。
暫く噛んで飲み込んだ後、ファイが呟いた。
「美味しい」
途端に満面の笑顔になって
「美味しいよこれ!」
夢中になってかぶりつく。
まるで少し年下の弟を持った気分だ。
こんな簡単なメニューを絶賛して夢中になるなんて本当に子供っぽい。
裏表のない笑顔に思わず瑠衣にも笑顔がうつった。パンを頬張る。
「あ、飲み物いる?」
冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。
差し出してはみたものの、ファイが手に取る様子はなかった。先程までの笑顔が吹っ飛んで険しい顔をしていた。
「え、得体の知れないものをよく……」
普通に牛乳を飲む瑠衣を見てファイが小さく言った。
それでピンときた。
「へえ、飲めないんだ?牛乳」
「の、飲めなくはない!俺を誰だと思っている!」
ぎゅっと目を瞑り、我慢して飲むファイの姿に瑠衣は笑いを堪え切れなかった。
こうしてちょっと愉快な朝食を終えて、それなりの準備を整えた。
赤のチェックスカートに黒のタートルネックという姿をした瑠衣。家の中なのだが、スニーカーを履いている。髪は二つにくくった。
「ようし、準備は整ったな」
「じゃあ行きましょう!」
「おう!」
そう言うなりファイは瑠衣を担ぐと開けた窓から飛び出した。
家の庭に軽々着地する。
「こうなるとは思ってたけど……」
彼は人一人担いでいるとは思えないほど快調に家の屋根を次々と飛び移る。
――こんな所見られたら言い訳出来ないよね
言い訳を作れない状況に頭を悩ませる瑠衣。そんなの全く考えずに突っ走るファイ。
「ところで、仕掛けるって言ってもどうやって?」
「それなりに広くて、人通りが少ない場所って無いか?」
「それなら」
瑠衣が指差す。その方向には細い路地に面した活気のない建物。
「そこ、立ち入り禁止だけど、工事が延期になっているから誰も居ないよ」
「よし、んじゃそこに決定!」
ガラスが外された窓枠から難なく侵入する。
入るなりファイが炎を生み出し、コンクリートに焦げによって何か書き始める。
それは幾何学的な模様に見えた。円の中に左右対称で模様が入っている。文字も刻まれているが、瑠衣には読めない。
手を払い、満足そうにファイは頷く。
「仕掛け完了!」
「仕掛け?」
「そう、大抵精霊本体が出てくる事が少ないから使いでよこされた奴を使って引きずり出そうと思ってな」
そのためにこれは書かれたようだ。いわゆる、魔方陣と言った様なところか。
「そんな事、可能なの?」
「何処に居るのが分かっても、その場所がどんな場所なのかまでは分からないさ」
ふいに笑みを浮かべ、
「来た」
と舌をぺロリと出した。